271話─流魂転生の儀
エイヴィアスとの戦いから、一ヶ月が経過した。それぞれの修行を経て、全員が大きな成長を遂げる中……ある日、フェルメアに呼び出される。
「お忙しいところを呼んでしまって、ごめんなさいね。今日はとても大事なお話があるの。フィニスとの戦いについて、ね」
「そういうことであれば、お話を拝聴させていただきます。我々全員で、ね」
フェルメアの城の応接室に、コリン姉弟とマリアベルを除く星騎士たち……そして、リオとアーシアが集まっていた。
星騎士を代表してラインハルトが挨拶をすると、フェルメアとリオが互いに目配せをする。そして、星騎士たちを呼んだ理由を明かす。
「今日皆さんをお呼びしたのは……あなた方に、とある儀式を受けていただきたいからです」
「儀式~? それはどんなものなのかしら~?」
「簡単に言えば、あなたたちには──闇の眷属へ転生してもらうことになります。フィニスとの戦いで生き残るために」
カトリーヌの問いに、フェルメアはそう答える。ラインハルトたちは目を見開き、驚きをあらわにする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 闇の眷属に転生するって、そんなこと可能なのか!?」
「普通は無理だ。闇の力に大地の民は耐えられないからな。だが、君たちは別だ。コーネリアス殿下と共に歩み、闇の力への適性を得た君たちならばね」
「甘い匂い。中、何入ってる?」
ディルスの言葉に、今度はアーシアが答える。抱えていた壺を机の上に置き、蓋を外す。すると、中からなんとも言い難い甘い匂いが漂う。
中身が気になるようで、マリスが覗き込もうとするが……リオとアーシアに制止された。とんでもなく不穏な言葉と共に。
「見ない方がいいよ、壺の中は。見たら廃人になっちゃうよ?」
「だな。良くて廃人、悪ければこの場で灰になって死ぬだろうよ」
「何入ってんだよそのその壺!?」
「お前たちを闇の眷属に生まれ変わらせるための……まあ、アレだ、うん」
言い淀むアーシアを見て、アシュリーたちは途端に不安に駈られる。帰っちゃおうかな……などと考えていると、フェルメアがクスクス笑う。
「こらこら、そんなに脅しちゃダメよ二人とも。物騒な嘘言っちゃ、みんな尻込みしちゃうわよ?」
『あ、なんだ。タチの悪い冗談だったんだね! もー、ボクたちをからかってー!』
「済まん済まん。だが、これで緊張もほぐれただろう? リオ、ここからは君が説明を」
「うん、任せて!」
アーシアたちの脅しが嘘だったと分かり、場の空気が和らぐ。テレジアの体内に引っ込んでいるアニエスの言葉に、星騎士たちはみな頷いていた。
そんなこんなで、フェルメアたちから引き継いだリオが壺の中身についての説明を始める。壺を持ち上げて、中身をアシュリーたちに見せる。
「この壺の中にはね、特別な液体が入ってるんだよ」
「特別な液体?」
「魔神である僕の血と、魔戒王であるフェルメアさんの血……そこに、穢れの無い暗域の水をブレンドしたありがたーい霊液だよ!」
「なぁ、まさかとは思うんやけど……ウチら、それ飲まへんとアカンってパターンか?」
「うん、そうだよ?」
リオの説明を受け、恐る恐るエステルが質問を投げかける。案の定、無慈悲な答えが返ってきた。露骨に嫌そうな顔をする彼女らに、リオは頬を膨らませる。
「むっ、別に汚くなんてないよ! 大丈夫、ほんの一口飲むだけだから。それだけで身体能力が劇的に強化されて、おまけに欠損も治る再生能力まで身に付くんだよ!」
「怪しいセールスみたいなこと言うなや! 余計胡散臭く感じるわ!」
「大丈夫大丈夫! さ、まずは飲んでみよー!」
「ちょ、ま……ヴォエ!」
一瞬でエステルの前に移動し、どこからともなく取り出したスプーンで霊液を掬い、相手の口に突っ込むリオ。
ここまでで、約十四秒。星騎士が誰一人として見切れない、早業であった。思わず飲み込んでしまったエステルに、変化が起こる。
「げほっげほっ! こら坊主、いきなり何すん……あら? なんや、ホンマに力が沸いてきおったで」
「だから言ったでしょ? あ、みんなちょっと離れといて。エステルちゃん、ちょっとこっち来て?」
「なんや、またくだらへんことやったのわーっ!」
リオに手招き去れ、エステルが歩き出すと……突如、頭上から大量の闇の瘴気が降ってくる。大地の民にとっての致死量を遙かに超える量だ。
仕掛け人であるフェルメアとアーシアは、百点満点なエステルのリアクションに思わず笑ってしまっている。リオに至っては、床を転げ回って爆笑していた。
「あっははははは! のわーっ、のわーだって! おっかし」
「くぉらこのガキャァァァァァ!!! 大人舐め腐るのもええ加減にせえやー!」
「わー、ごめんなさーい!」
が、リオの天下も長くは続かない。復活したエステルが立ち上がり、羅刹のような表情で追いかけ回し始めた。
リオは壺をアーシアにパスし、部屋の中を走り回ってしぶとく逃げる。その途中、エステルは気付く。
「あれ? ウチ生きとるやん!」
「いや、今さらかーい!」
リオをとっ捕まえて、こめかみをグリグリし始めた時。ようやく、致死量の闇の瘴気を浴びてなお自分が生きていることに気付き、叫ぶエステル。
星騎士たちもフェルメア・アーシアの主従コンビも、あまりの気付きの遅さに思わずずっこけてしまった。
「ぐぬぬぬ、今日一日だけで赤っ恥のバーゲンセールやで! この落とし前、どうつけさせてくれたろか!」
「いててて! でも、これで判明したでしょ? 霊液の凄さと、転生が完了してることにさ」
こめかみをグリグリされながら、リオは自信満々にそう告げる。その言葉に、星騎士たちはハッとする。
「た、確かに。言われてみりゃあそうだな」
「あんなに禍々しいものを受けて生きていられるのを見た時点で、これはもう信用する他はないかと」
「うーん……そうねぇ、ツバキちゃんの言う通りかも」
ドレイクやイザリーたちが話している中、フェルメアが咳払いをする。一瞬にして彼女に注目が集まり、女王は話し出す。
「フィニスは強大な力を秘めています。人の身では、ジェムを用いた苛烈な攻撃には耐えられません。闇の眷属の頑強さと、魔神の再生能力。この二つがなければ、いかに鍛えようとも……戦いの場に立つことすらも出来ないでしょう」
「故に、フェルメア様は考案なされた。君たちを闇の眷属に生まれ変わらせることで、フィニスに対抗出来る存在にしようとね」
「……分かった。そこまでの理由があるのなら、私たちとしても文句は無い。コーネリアスの足を引っぱりたくはないからな。あの時のように」
フェルメアとアーシアの話を聞き、真っ先にラインハルトが動く。フィニスに手も足も出ず、殺害されてしまった屈辱を思い出し……アーシアの元に歩み寄る。
「二度とあの屈辱を味わうつもりはない。これが私たちに必要な最後のピースだと言うのなら……受け取ろう。例え種族が変わるのだとしても! その先に勝利と平和を掴み取れるのならば悔いはない!」
そう叫び、ラインハルトは壺に突っ込まれたスプーンを使って霊液を掬い取る。意を決して飲むも……表面上は何も起こらない。
フィクションによくある、苦しみながらの変貌や、気絶している間に変化が終わっていた……ということは全くないのだ。
飲んだ瞬間、即座に身体が細胞レベルで再構築される。大地の民から、闇の眷属へと。
「……見たところ、ほとんど変化がないようだが。肌の色もそのままだしな」
「肌の色までは変わらないさ、血と水の濃さを一対一ずつにしてあるからな。何なら、君も闇の瘴気を浴びてみるかい?」
「いや、遠慮しておく。ああいうコメディアンみたいな扱いをされるのは、ドレイクやエステルの役目どうわぁぁぁ!!」
「いや、悪いねぇ。余はそういうセリフを聞かされると……逆にやりたくなるんだ」
一度は拒否するも、『フリ』と解釈したアーシアによって闇の瘴気を浴びせられるラインハルト。それを見たドレイクとエステルは、満足そうに笑う。
「へへへ、ざまぁねえぜ! たまにはそうやってやり返されてオレたちの気分を味わえ! わっはっはっはっはっ!」
「せやせや! ウチらかて、いつもオチを担当するわけやないで! そこんとこ覚えときや!」
「あうー、そろそろ離してほしーなー。ダメ?」
「ダメや。お仕置きはまだ続行させてもらうで!」
最初の頃とはすっかり空気が変わり、みんな気楽なおふざけモードになっていた。一人ずつ順番に霊液を飲み、洗礼とばかりに闇の瘴気を浴びせられる。
そんな和やかなムードの裏で、フィニスも行動していることを……彼らはまだ、知らない。




