265話─星騎士たちの舞台裏
「ぐあ、が……」
「ほう、よく耐え抜いたものだ。やはり、アブソリュート・ジェムの力が普遍的なものとなった世界の民は力の使い方を心得ている」
星騎士たちが修行に打ち込み始めてから、三日が経過した。その間に、フィニスとエイヴィアスは目的の平行世界を見つけ出していた。
神々がアブソリュート・ジェムを完全に制御する方法を編み出し、神も魔も人も……等しく全ての民が、その恩恵に与れる世界を。
「なに、ものだ……お前らは、一体……」
「平行世界から来た神と魔戒王。それだけ知っていればいい。工房に連れて行ってもらおう。そこでこの篭手を修理してもらいたい」
「舐めるんじゃ、ねえぞ。ぐっ……げほっ。誰が、おめぇなんかの言うこと」
「聞かないか? なら、聞かせてやる」
ジェムの力で破壊された都の片隅に、フィニスたちがいた。傷だらけになり、倒れ伏す巨人を前に邪悪な笑みを浮かべる。
そっと右手を伸ばし、指先で巨人の額に触れ……左手を握る。『霊魂のトパーズ』が発動し、巨人の瞳がオレンジに染まった。
「……はい、案内します。どうぞ、こちらへ……」
「便利なものだな、ジェムの力は。あれだけ頑なだった巨人が、すっかり洗脳されている」
「君の力も凄いものさ、エイヴィアス。私やジェムにすら出来ない、平行世界の移動を容易く為しているのだから。隣の芝生は青い、とはよく言ったものだ」
都の惨状とは裏腹に、フィニスとエイヴィアスは和やかな会話をしながら巨人の後をついて行く。少しして、街の奥にある秘密の工房に着いた。
「ここか。なるほど、『空間のサファイア』と『境界のオニキス』を用いた結界で守られているのか。実に素晴らしい技術だ。滅ぼすのが惜しいくらいだよ。まあ、滅ぼすがね」
「相変わらず、慈悲の欠片も……む?」
「どうした、エイヴィアス」
「小賢しい虫がワレにくっついているようだ。掃除をしてくる、先に戻っているぞ。門は開いたままにしてある、ワレが死んでも消えることはない」
「死ぬなどと。縁起でもないな。まあ、死んだところでジェムの力があればいつでも復活出来る。気楽に行ってくるといい」
「ああ。そうさせてもらう」
工房に入ろうとしたその時、エイヴィアスは自分を監視しているアゼルたちの存在に感付いた。一旦フィニスと別れ、基底時間軸世界に戻る。
無二の親友の障害となる者たちを排除しようとしていたが……ふと、とある『案』を閃く。監視者たるアゼルにとって、最悪の案を。
「ああ、そうだ。確か奴は……クク、なら奴らを連れて行ってやるか。平行世界は無数の可能性に満ちている。これだから、策を巡らせるのは楽しくて止められん。フフ、ハハハハハ!!」
基底時間軸世界に戻る前に、エイヴィアスは寄り道をする。向かう先は……アゼルにとってのアキレス腱になる人物と、宿敵のいる平行世界だ。
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「珍しいわね、ヴァルツァイト。あなたが私のところに連続で来るなんて。三日前にも来たけど、今日は何の用かしら」
「つれナい事を言うナ、フェルメア。お前ハ我が社の最重要顧客ノ一人。最優先で取引ヲさせてモらう」
その頃、フェルメアは城の応接室にて客人と相対していた。対面のソファーに座るのは、全身がキカイで出来た、スーツを着た人物。
序列第四位の魔戒王にして、暗域最大の商社『ヴァルツァイト・テック・カンパニー』の社長。ヴァルツァイト・ボーグその人だ。
顔の中央にある、大きな黒い単眼のモノアイを拡大したり縮小したりしながら、ヴァルツァイトは机の上に商談用のトランクを置く。
「三日前に話しタ通り、約束のモノを取り寄せたゾ。お望みノ品……ウルの陰陽鉄ダ」
ヴァルツァイトがトランクを開け、向きを反転させて中をフェルメアが見れるようにする。トランクの中にはフットボールサイズの金属が二つあった。
どちらも長方形をしており、片方は白、もう片方は黒い輝きを放っていた。暗域でも希少な、強力な魔力を秘めたレアメタル。
ウルの陰陽鉄。コリンの杖を復活させるための素材として、フェルメアがヴァルツァイトにオーダーしたのである。
「たった三日で持ってくるなんて……! 流石の私も驚いたわ。もっとかかると思ってたから」
「クク、面白いコトを言う。我が社の社訓は『日用品から新創大地まで、望む日時にすぐにお届け』ダ。このくらいハ朝飯前なのダよ」
早くて十日、遅くて一月はかかると思っていたフェルメアは、予想外の早さに舌を巻く。誇らしげに胸を張った後、ヴァルツァイトはトランクを閉める。
「さて、ここからハ代金の話をしよウか」
「ええ、そうね。時価なんでしょう? ウルの陰陽鉄は」
「当然、希少な金属だからナ。陽鉄と陰鉄、二つ合わせて……お買い上げ金額、八億ジェイナになル」
懐からソロバンを取り出し、恐ろしい速度で弾いていくヴァルツァイト。一分も経たずに、金額を弾き出した。
その法外な金額に、フェルメアは飲んでいた紅茶を吹き出してしまう。その動きを予測していたヴァルツァイトは、サッと避けた。
「いやいやいやいや、待ってちょうだい! いくらなんでも、国家予算の五分の一をポンと出せるわけないじゃない!」
「だろうナ。だが、こちらモ商売だからネ。ビジネスを最優先にさせテもらってイるのだヨ」
「ぐぬぬぬぬ……こっちの足下見てくれちゃって! あんたのそーいうとこ、ホント嫌いよ!」
「……ダガ、私も鬼ではなイ。世界ノ存亡がかかっているのでアれば、利益ノ追求だけヲするわけにいかヌ」
歯ぎしりしながら、フェルメアは目の前の男を睨み付ける。へそくりを全額出しても、請求金額の半分にすら満たないのだ。
そんな彼女に、ヴァルツァイトは紅茶を口として使っている構造部品の中に流し込んだ後、そんなことを口にする。
「出セ、フェルメア」
「へ? 何をよ」
「ポイントカードだ、我が社ノ。お前もお得意様なンだ、持ってルだろウ?」
そう言われ、そういえばそんなものがあったと呟きつつフェルメアは指を鳴らす。すると、机の上に銀色に光るカードが現れた。
商社の略称、WTCの文字が刻まれたソレを拾い上げ、ヴァルツァイトはモノアイをせわしなく動かす。そして……。
「フム、かなりポイントが貯まってイるな。全部デ七億ジェイナ分あル。とくべつにまけてやろウ」
「本当!? 一億ジェイナくらいなら、私のへそくりで何とか出来るわ。いやー、本当に助かったわ!」
本当は七億もポイントが貯まっているわけがないのだが、ヴァルツァイトが保有する『個人的な』ポイントをこっそり加算してくれたのだ。
世界が滅びては、商売が成り立たない。ヴァルツァイトなりの協力に、大喜びするフェルメア。が、世の中甘くはない。
「これで貸し一つダ、フェルメア。クク、私ヲ相手に借りを作るト、後で大変だということを覚えておくノだな」
「げ……しまった、あんた最初からそれが狙いで!」
「今後とも我が社ヲご贔屓二。終末を乗り越えたラ、またご利用ヨロシク……。ククク、ハハハハハハ!!」
してやったりといった笑い声を出しながら、ヴァルツァイトは指を鳴らす。すると、どこからともなく大きな袋が現れた。
中には、今回の代金……一億ジェイナ分の金貨が詰まっている。それを小脇に抱え、ヴァルツァイトは立ち上がる。
「代金ハ確かにいただいタ。では、これにて失礼。私モ忙しいのでネ、さらばダ」
「……はあ、これでまたへそくり貯め直しね。でも、こーちゃんのためならいくらでも身銭を切るわよ。さ、急いでグラキシオスのところに行かないと。……うう、出費がかさむわぁ」
机の上に置かれたトランクを持ち、フェルメアは城を出る。星騎士たちの頑張りの裏で、王たちもまた……世界の存続のため、忙しなく動いているのだ。




