263話─それぞれの修行・ファルダの神編
その日から、神と魔の両陣営に別れての修行の日々が始まった。グラン=ファルダでは、新たに任命された千変神を加えてマンツーマンでの修行が行われる。
「では、今日から修行の始まりだ。まずは基礎体力を鍛えてもらうぞ。この園庭を三十周してもらおうか」
「うひー、こりゃ広いな……っつっても、初っぱなから音ぇあげる訳にゃいかねぇ! やってやるぜー!」
「では、これを着けてくれ」
「ロープ? って、何だこの数の岩は!?」
「ざっと二十個はある。これを全部引きずりながら走ってもらうぞ」
バリアスに連れられ、アシュリーは街の西の外れにある大庭園に来ていた。途中で枝分かれしているロープをくくりつけられ、冷や汗を垂らす。
各ロープの先には、両手で抱えないと持てない大きさの岩がくっついているからだ。が、今更やめたは出来ない。
「ちくしょー! やってやる、やってやるぞオラァ! 根性だけなら誰にも負けねぇー!」
「頑張れ、私はここでそっと応援しているぞ」
バリアス監修の元、地獄のランニングが幕を開けるのだった。一方、本島から離れた場所にある、小さな浮遊島では……。
「はっ! やっ! てや……ぁいたっ!」
「踏み込みがあまーい。何度も言ったっしょー? もっと踏み込まないと、威力出ないって。あと千回追加ね、終わんないと晩ご飯抜きだから」
「はあ、はあ……ご指導ご鞭撻、感謝します! やっ、たぁっ!」
ムーテューラの指導を受けながら、ツバキが大木に打ち込み稽古をしていた。全身に総重量五十キロのプロテクターを身に付け、木刀を振る。
至らない点を指摘される度にステッキで身体を打たれ、ツバキは呻き声を漏らす。玉のような汗を大量にかきながら、無我夢中で木刀を打ち込む。
「拙者は、もう、負けない! そのためなら……どんな苦しい修行も、はあっ! 耐えてみせる!」
「おー、よく言ったよく言った。その心意気に免じて、さらに千回追加してしんぜよー」
「え゛っ」
絶句するツバキに向かって、ムーテューラは意地の悪い笑みを浮かべる。その時、森の奥からエステルの悲鳴が聞こえてきた。
「ひええええええ!! こ、こんな数相手取るなんて無茶にもほどがあるで!」
「ダメですよ、そんな甘えては。バリアスさんからミッチリしごくように言われていますからね、手加減はしません」
「せやからって……一気に二十体のトレントを倒せなんて無茶振り過ぎやろがい!?」
ツバキたちのいる森の入り口から、北東に三キロほど離れた場所にて……エステルはフィアロが用意した木の魔物、トレントの群れと戦っていた。
情け容赦のないフィアロのスパルタっぷりに、早くも悲鳴をあげていた……が、鬼教官は一切ブレない。一体倒される度に、トレントが補充される。
日が暮れるまでの間、常に二十体のトレントと戦い続ける。それが、フィアロの課したトレーニングの内容だった。
「いいですか? 戦いにおいて最も大切なのは集中力です。広い視野を持ち、戦場を俯瞰的に見ながら臨機応変な対応を……」
「簡単に出来たら苦労せえへんわぁぁぁあい!!」
トレントをおかわりしつつ、くどくど説教をするフィアロ。木の魔物たちに揉みくちゃにされながら、エステルは絶叫するのだった。
「……そう、いいわ。もっと心を落ち着けて、精巧に作り出すの。あなたの磁力操作の力があれば、必ず出来ることよ」
「く、ふう……中々、難しいものだ。ここまで精密なコントロールなど、したことがないからな……」
グラン=ファルダ北東部、神々の宿舎……ゴッズパートメント。その一室にて、ラインハルトは金属片を磁力で変形させて人型に整えていた。
その様子を見守るのは、かんざしを止めた真っ赤な髪と桜色の和服が特徴的な女性……新たな千変神、ランティリアだ。
「いい? 今の貴方に必要なのは、自分の力を精密に操れるようになること。大雑把なだけじゃダメ、どんなにイイ男でもそんなんじゃオンナは靡かないわ」
「いや、私の能力と女性のことは無関係では……」
「あら、そんなことないわよ? さ、もう一回やってみて? 大丈夫、貴方飲み込みが早いもの。今日中には、第一段階をクリア出来るわ」
「……分かった。新しい鉄片を。必ず、物にしてみせる!」
「ふふ、やる気のあるコは好きよ。さあ、やってみて?」
色気を振り撒きつつレクチャーするランティリアから新しい金属片を受け取り、ラインハルトは机の上に置いてある見本を見つめる。
そっくり同じ形に金属片を歪め、人型に出来れば第一段階クリアとなる。深呼吸をした後、磁力を操りラインハルトは鉄片を曲げていく。
「諦める訳にはいかん。負けたまま終わるなど、リーデンブルク家の名が廃るからな」
そう呟き、課題の達成に挑む。一方……。
「いだだだだだだだだ!!! 折れる、腕が折れるって! タップ、タップだ!」
「ほっほ、これが正式な試合であればギブアップを認めるのじゃがのう。これは修行じゃ、自分で抜け出さん限り離さんぞ?」
ゴッズパートメントの地下にある訓練場では、ドレイクがディトスに締め上げられていた。ガッチリ関節技を極められ、全く抜け出せない。
首には魔法効果を封じるリングを着けられて降り、お得意の水魔法は使えない。何とか振りほどこうとするドレイクに、老神が語りかける。
「おぬしの記憶を見せてもらったがのう。そなた、恵まれた筋肉がありながら防御魔法に頼り過ぎておるぞ。まずは、その甘ったれた性根を直すとしよう」
「分かってる、それはもう何度も聞いたっつの! てかマジで腕折れる、めっちゃミシミシ鳴ってんぞおい!」
「安心せい、ここにはどんな怪我も一瞬で治癒する霊薬がたんとあるでな。腕の一本や二本、折れてもすぐに治せるわい。それに……」
「それに!? それになんだ!?」
「骨というのは、折れる度に強く頑丈になるもんじゃよ。というわけで、ボキッとな!」
「ノォォォォォォォォ!!!!!!!!」
にこやかな笑顔を浮かべながら、ディトスはさらっと恐ろしいことを口にし──容赦無くドレイクの右腕をへし折った。
あまりの痛みに、ドレイクは絶叫する。その頃、隣にある第二訓練場ではフェンルーがアルトメリクに稽古を付けてもらっていた。
「おー、あちこちほぐれるネー。これ、とってもいいヨー。……でも、こんなトコでやる必要はないと思うんだけド」
「あらあら、余裕がありますね。では、おもりを追加しましょうか」
「ヒャー!? や、やめテー!」
細い棒に乗せた板の上で、フェンルーはヨガをやらされていた。周囲の床には、小さなトゲがビッシリと生えている。
バランスを崩して落っこちれば、痛いという言葉では済まないことになるだろう。そんなフェンルーの腕に、女神はリング状のおもりをくっつける。
「あなたの戦闘スタイルを見せてもらった上で、必要だと判断したのはバランス感覚と柔軟性です。拳法というものは、重心の僅かな変化で威力が大きく変わります。それに、身体が硬いと怪我もしやすいんですよ?」
「おっとっト! 危ない、危ないネー! おもりはもう付けないデー!」
ただでさえ重心が不安定なのに、おもりを追加したらすぐ倒れてもおかしくない。ギリギリのバランスを必死に維持しつつ、フェンルーは懇願する。
「分かりました、おもりは一個にしましょう」
「ホッ……」
「その代わり、床を揺らしますね。そーれ、ぐらぐらー!」
「アイヤァァァァァァ!!?!???!?!!」
安心したところに不意打ちをかまされ、フェンルーはあっさりバランスを崩してしまう。お尻からトゲに落下し、絶叫する。
生命の炎でお尻を治療したアルトメリクは、再度板の上に乗るようフェンルーに命じる。ほんわかした雰囲気からのスパルタ指導に、もう泣きそうだ。
「さあ、お夕飯の時間まで頑張ってくださいね。わたしも心を鬼にして指導しますから。それ、二度目のぐらぐらー」
「こんなの聞いてないネーーーーーー!!!!」
「左腕も折られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
地下に広がる訓練場に、ドレイクとフェンルーの悲鳴がこだまするのだった。
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「ようやく合流出来たな、フィニス。それで、今度はどの世界に行くのだ?」
「全ての世界の中で、最も優れた鍛治師のいる世界へ向かう。そこで、破損したアブソリュート・アームの修復と強化をする」
一方その頃、フィニスは暗域から脱出したエイヴィアスと合流を果たし、平行世界への門を開いてもらっていた。
今二人がいるのは、コリンたちが過去に戻った結果改変され、存在しなくなった──『ヴァスラサックに支配された時間軸』だ。
存在を抹消されたことで、無数の欠片として引き裂かれ滅びた世界の破片の一つを拠点にしている。神々ですら干渉出来ない、絶対の安全地帯だ。
「この世界にも、優れた鍛治師はいるが……別の世界でなければダメなのか?」
「ダメだ、この世界の者にはジェムに関する知識も技術も無い。だから、探さねばならん。アブソリュート・ジェムを扱う技術が一般化している平行世界をな」
「そういうことなら、ワレに任せるといい。捜し物は得意だ。望みの世界を見つけ出そう。必ずな」
そう口にし、エイヴィアスは笑う。星騎士たちがリベンジに燃え、修行に打ち込む一方……フィニスたちの計画も、少しずつ進行していた。




