258話─或る世界の滅亡
かつて、神々が暮らしていた美しい天空の都グラン=ファルダ。栄華を極めた都市は今、見るも無惨な廃墟に成り果てていた。
たった一人の生き残りとなったバリアスは、同胞たちの骸を前に呆然と立ち尽くす。怒りを燃やす気力も湧かず、無力さに打ちひしがれていると……。
「ここにいたか、やはり。お前が来るのはここだろうと思っていたよ、バリアス」
「リオ……か。随分と変わったな。その身体、『創造のエメラルド』で造り出したのか」
「ああ。もちろん、前の身体にも戻れるぞ。こんな風にな」
崩壊した創世神殿の前に佇むバリアスの元に、フィニスがやって来る。四百年の間、直接顔を合わせていなかったためバリアスはフィニスの変化に驚く。
そんなバリアスに対し、フィニスは『境界のオニキス』の力を発動する。すると、現実が塗り替えられ基底時間軸のリオと同じ姿になった。
「リオ、私は」
「何も言うな。全て知っているぞ、バリアス。ムーテューラから言質も取った。お前たちの罪を清算する時が来た。死んでもらおう、最後の神よ」
「……聞く耳持たず、か。なら迎え撃つまでだ! 私が生きてさえいれば、ファルダ神族はやり直せる。何度でもな!」
「実に腹立たしい。その思い上がり、死によって正してくれる!」
「死ぬのはお前だ、リオ! ムーテューラたちの無念を晴らさせてもらうぞ!」
互いに戦闘体勢に入り、二人は構える。先に動いたのはフィニスの方だ。右腕を振りかぶり、バリアス目掛けて飛刃の盾を投げる。
一方、バリアスは両手に装備したツイン・ガントレットの力を発動し、空間の力を宿す。そのまま身構えて、盾を殴り付け跳ね返した。
「来い、リオ。ツイン・ガントレットを備えた私は強いぞ!」
「リオではない、今の私はフィニスだ! シールドランブルシュート!」
跳ね返されて戻ってきた盾をキャッチし、フィニスは再度投げる。さらに勢いを増した盾の動きを正確に見切り、バリアスはまた殴って跳ね返す。
一枚では埒が明かないと判断したフィニスは、さらにもう一枚飛刃の盾を追加した。計二枚のシールドによる、猛攻を加えていく。
「中々やるな、バリアス。神など椅子にふんぞり返っているだけで、弱いものだと思っていたが……そうでもないようだな!」
「私を甘く見るなよ、フィニス。このツイン・ガントレットはアブソリュート・ジェムの力が込められている。本物には及ばないが、こんな芸当も可能なのだ!」
そう口にした後、バリアスは右手を握る。すると、右腕に装備した黄金の篭手……ジャスティス・ガントレットの手の甲にある六つの穴が光り輝く。
空っぽの穴に紫色の光が灯り、破壊の力が宿る。それを確認したバリアスは、腕を引いて力を溜める。飛んできた盾に向かって腕を振り抜き……。
「ブレイカーズ・ナックル!」
「ほう、我が飛刃の盾を砕くか。だが、『創造のエメラルド』で強化された不壊の盾は砕けまい!」
「来い! 何が出てこようと全て破壊してやる!」
盾を二つとも壊されたフィニスは、新たに黒いカイトシールドを作り出す。左手を握り、盾に創造の力を付与してから走り出した。
「死ね、バリアス! 我が故郷の民たちの無念、今ここで晴らす!」
「ムダなことを。ならばこうだ!」
突進してるフィニスを前に、バリアスは再び右手を握る。すると、今度は左腕に装備した白銀の篭手……パラトルフィ・ガントレットが光り出す。
手の甲に空けられた大きな穴に黒い光が宿り、バリアスが分身していく。『境界のオニキス』の力を模倣し、現実を歪めているのだ。
「食らえ! Dバインドウィップ!」
「ぬ……フン、左手を握らせないつもりか。くだらぬ、こんな小細工など無意味だ!」
数百体の分身を生み出したバリアスは、空中に浮き上がりフィニスを包囲する。青い魔力の鞭を呼び出して、相手に飛ばし巻き付ける。
両の手足と左手、首に鞭が巻き付き、少しずつ締め上げていく。だが、この程度はフィニスにとって何の障害にもならない。
何事もないかのように左手を握り締め、黒とオレンジの宝石を輝かせる。『霊魂のトパーズ』によってバリアスの本体が特定され、『境界のオニキス』によって分身が消される。
「ぐうっ!」
「現実を上書きさせてもらった。では……そろそろ反撃させてもらおうか」
「くっ、そうはさせん! 時よ、止まれ!」
バリアリは時を止め、フィニスの攻撃を阻止しようとする。だが、それは出来なかった。何故なら、彼の行動が失敗すると……運命が告げていたから。
「!? バカな、何故時が止まらない!?」
「残念だったな。『運命のダイヤモンド』の力を使わせてもらったよ。お前が時を止めるより、私が運命を変える方が速かったというわけ……だ!」
「ぐはっ!」
運命が変わり、バリアスの行動は失敗に終わった。驚く神の目の前に瞬間移動し、フィニスはみぞおちに膝蹴りを叩き込む。
首根っこを押さえ、何度も何度も。積年の恨みを込めて、執拗に。あばらと内臓に大ダメージを受けながらも、バリアスは反撃を試みる。
「ぐ、がふっ! まだ、だ……。まだ、ガントレットがあれば!」
「本当にそう思うか? バリアス、私は四百年前のあの日からずっと……お前たちに不信感を抱いていた。そんな私が、本物のツイン・ガントレットを返還したと。本当にそう思うか?」
「なに、を……うっ!? ぐあああっ! う、腕がぁぁぁ!!」
一旦膝蹴りを止め、フィニスが問いかける。その直後、バリアスを異変が襲う。ツイン・ガントレットに亀裂が走り、腕ごと砕けていく。
あっという間に亀裂が篭手全体に広がり、バリアスの腕ごと粉々に砕け散ってしまった。それを見届けたフィニスは、満足そうに笑う。
「キュリア=サンクタラムが消滅した後、私は考えた。ファルファレーの自爆は、どこか不自然だったと。大地を巻き込むほどの威力である必要などないのだからな」
「ぐ、うう……」
「そこで私は、一杯食わせてやることにした。ムーテューラにガントレットを返還すると連絡し、あらかじめ造っておいた精巧な贋作を渡した。お前たちはそれを、今の今まで本物だと信じ込んでいたわけだ」
「なら……本物のツイン・ガントレットはどこだ?」
「ここにある。今私が装備している、この『アブソリュート・アーム』こそが……。溶かされて混ざり合い、一つになって生まれ変わったツイン・ガントレットなのだよ!」
そう叫ぶと、フィニスはバリアスを投げ飛ばす。腕を失ったバリアスは抵抗出来ず、地面に叩き付けられ転がっていく。
咳き込む神の元に歩み寄り、フィニスはしゃがむ。バリアスが身に付けていたネックレスを引き千切り、取り付けられていた白いクリスタルを摘まむ。
「感じる。この結晶の中に、最後のアブソリュート・ジェム……『時間のルビー』が封印されているな。これで、全て揃った」
「やめ、ろ……それ、だけは!」
バリアスの制止を無視し、フィニスは指に力を込める。白い結晶がヒビ割れていき、完全に砕け散る。その中から、真っ赤な宝石が現れた。
これこそが、超越者たちが長年探し求めてきた最後のアブソリュート・ジェム。時間を司る力を持った、原初の特異点の結晶。
フィニスはゆっくりと手を鎧の胸元に近付け、ジェムを嵌め込もうとする。穴に嵌めていたレプリカを消し去り──最後の宝石がセットされた。
「むうううう……! オオオオオオオオ!!! 力が溢れる……! これが、絶対なる宝石の真の力か!」
空間、時間、創造、破壊、運命、境界、霊魂。七つ全ての特異点の力を手中に収め……名実共に、フィニスは神を超えた存在となった。
それと同時に、世界の崩壊が始まる。七つの宝石が共鳴し、持ち主たるフィニスの願いを叶えるため作動したのだ。
「これで終わりだ、バリアス。この世界と共に滅び、虚無の中で永遠に鎮魂歌を歌え。キュリア=サンクタラムの民のために」
「なんという、ことを。これでは、私だけでなくお前も滅びるぞ、フィニス。世界がなくなれば、お前も存在出来なくなるのだぞ!」
「心配はない。すでに、楔を打ち込んである。基底時間軸世界にな。この世界の終わりを見届けてから、我が友の元へ飛ぶ。それだけでいい」
そう言った後、フィニスは仰向けに倒れたバリアスの胸に足を乗せる。少しずつ力を込め、憎悪を燃やしながら踏みつける。
苦しそうに呻くバリアスを真っ直ぐ見ながら、フィニスは最後の言葉をかける。『境界のオニキス』の力を使い、青年の姿に戻りながら。
「死ね、バリアス。神の傲慢さ、その代償を支払うがいい!」
「ぐ、う……ごはっ!」
力を込め、フィニスは一気にバリアスの身体を踏み抜いた。最後の神が死んだことで、ファルダ神族の根絶という願いは成った。
消滅していく空を見上げ、フィニスは涙を流す。仇を討てた、喜びの涙を。そして、次なる決意を呟く。
「これで、この世界は終わった。さあ、次だ。基底時間軸世界も滅ぼし……全てを終わらせる」




