246話─残響のアマガエル
人知れず侵攻が開始された頃、ハウリング・フロッグの降下予定ポイントにある会場ではコンサートが行われていた。
マデリーンの歌姫復帰を祝い、グレイ=ノーザス二重帝国で大規模な催しが開かれているのだ。そこに、ラインハルトの姿もある。
「みんな、最後まで聞いてくれてありがとー! これからもバーウェイ一座をよろしくね!」
「アンコール! アンコール! それ、アンコール! アンコール!」
「だってよ、イザリーちゃん。ここは、シメの一曲でもっとハッピーでエキサイティングな夜にしないといけないわねぇ」
「そうね、ママ。二人のデュエット……」
「けろり~ん! 楽しそうなことしてるねー、私も混ぜてもらおうかなー!」
アンコールを求める観客たちの声がホールに響く中、彼女が現れた。衝撃波を放ってホールの天井を破壊し、降り立ったのだ。
観客たちの歓声が悲鳴に変わり、瓦礫が降り注ぐ。真っ先に動いたのは、ラインハルトだった。磁力を使い、瓦礫の落下を防ぐ。
「みな、逃げろ! 私が瓦礫を支える、今のうちに!」
「ありがとうございます、ラインハルト様! みんな逃げろー!」
「きゃああああ!!」
「けろけろけろ、逃がさないよー? みーんなここで殺しちゃうもんね! デッドショック:オン・エア!!」
「させないわ! 歌魔法、残滅のアリア!」
「これ以上好き放題はさせないわぁぁぁ!!!」
フードの中から両手を突き出し、舞台の上に降り立ったハウリング・フロッグが観客たちを攻撃しようとする。
その直後、イザリーの歌声が響き渡る。謎の侵入者の動きを歌魔法で止め、その隙にマデリーンがタックルを食らわせた。
呪いが解けても、パワフルさは健在なようだ。しかし……。
「なぁにそれ。全然痛くないんだけど。タックルってのはねぇ、こうやるんだよ!」
「きゃあっ!」
「ママ、危ない!」
必殺のタックルを食らっても、侵入者はビクともしない。それどころか、ゼロ距離からのタックルでマデリーンを吹き飛ばしてしまう。
咄嗟にイザリーが飛び込み、母を受け止めたことで重傷を負うのは避けられた。が、状況が好転したわけではない。敵はまだ健在だ。
「そんなに死にたいのか~。そっかそっか、ならそこの二人から」
「させん! マグネット・シュート!」
「おろ、後ろから来ちゃう? ムダだよん、ブレイカーズハウル!」
観客を逃がし終えたラインハルトが、宙に浮かべていた瓦礫をぶつける。が、直撃する寸前、侵入者が背中から放った衝撃波によって粉砕されてしまった。
「けほっ、けほっ。あんた、何者なの? 私たちのコンサートをよくも滅茶苦茶にしてくれたわね!」
「いい加減正体を見せろ! 貴様、もしやヴァスラ教団の残党か?」
「ん~? 知らないよぉ、そんな奴ら。私はレミュエラ! 『レボリューション・アニマ』の一人、元鎧の魔神だよーんだ!」
ラインハルトたちに詰められ、ハウリング・フロッグ──レミュエラはローブを脱いで正体を現した。病的なまでに白い肌と、逆立ったモヒカン……。
そして、スピーカーのようなものが各所に取り付けられた紫色の鎧が特徴的な女が、そこにいた。額には、小さなカエルの刺青が掘られている。
「なに……!?」
「私はねぇ、平行世界から来たんだよ。にーちゃんたちと一緒にね。この基底時間軸世界を滅ぼすためにさぁ! 死にな、デッドショック:オン・エア!」
「させぬ! マグネット・シールド!」
レミュエラは手をラインハルトの方に向け、衝撃波を放つ。瓦礫を集めて盾を作り、攻撃を防ぐラインハルト。
一方、イザリーは負傷したマデリーンを逃がすべく舞台裏に逃れた。裏口を通れば、すぐ外に逃げこるとが出来る。
「もう少しよ、ママ。あの扉から逃げられるわ」
「ありがとう、イザリーちゃん。……ママね、一つお願いがあるの。聞いてくれる?」
「なぁに? あんまり無茶なお願いは無理よ?」
「アタシは、この怪我じゃ戦えない。あなたに頼むのは心苦しいけれど……アタシの代わりに、この国を守ってくれる?」
マデリーンが負った怪我は、決して浅いものではない。無理に戦えば、命を落とすことも考えられる。そうなれば、以前の時間軸と同じことになってしまう。
「……大丈夫よ、ママ。コリンくんが歴史を書き換える前から、私は力を磨き続けてきた。それは、いつかこんな日が来てもいいように。あの日、命を賭けてママが私を救ってくれたように……今度は私がママを、みんなを助ける!」
以前の歴史で味わった、無力感と絶望。愛する母を失った悔しさが、イザリーを成長させた。それは、歴史が変わった今も同じ。
「イザリー……フフ。あなた、強くなったのね。アタシが思ってるより、ずっと」
「バーウェイの名にかけて、必ずあのカエル女を倒すわ。だから、先に逃げてて。全部終わらせて追い付くから!」
「ええ、待ってるわ!」
言葉を交わし、親子は別れた。直後、舞台の表から爆音が響く。慌ててイザリーが戻ると、ラインハルトとレミュエラが消えていた。
ホールの被害拡大を防ぐべく、敵を連れて街の外に向かったようだ。畳んでいた翼を広げ、イザリーはふわりと宙に浮き上がる。
「待っててね、ラインハルトさん! すぐ助けに行くから!」
最初の刺客との激闘が、始まった。
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「ちょっと、離しなさーい! レディの身体に気安く触っちゃダメって教わらなかったのー!?」
「黙れ、悪女め! お前のように広範囲に被害を出す者を、あの場所で暴れさせるわけにはいかぬ。ここでケリを着けてやる!」
一方、ラインハルトは被害の拡大をふせぐため雪原へ向かっていた。磁力でレミュエラを拘束し、街の外へ連れ出す。
街から遠く離れた雪原に、手頃な岩があったのでレミュエラを顔面から叩き付けた。骨が砕ける音が響くが……。
「いったーい! もう怒った! あんたぶっ殺す! オールナイト・ショックウェーブ!」
「くっ、流石にまだ死なないか!」
鎧と融合している全てのスピーカーの出力をマックスにし、全方位に音響攻撃を仕掛ける。ラインハルトは大量の金属板を召喚し、身を守る。
「そんな板っきれじゃ、私のパンクロックなビートは防げないよぉ! ほーら、ベコベコになっちゃえ!」
「ぐ、まずい……! ぐあっ!」
凄まじい衝撃波の嵐に、ラインハルトは耐えられず勢いよく吹き飛ばされる。雪原に落下し、全身を叩き付けられた。
柔らかな雪がクッションになって怪我は負わずに済んだ……が、まばたきをした一瞬でレミュエラが距離を詰めてきた。
「バカな、十メートル近くは距離があっ……がはっ!」
「けろけろけろ、神の身体能力舐めちゃいけませんよ~、え? その程度の距離なんて……」
ラインハルトの腹に蹴りを叩き込みつつ、レミュエラはつま先のスピーカーに魔力を溜める。強烈な一撃を炸裂させるつもりなのだ。
「一瞬だよ! ビートダウン・フェスティバル!」
「が……ぐあっ!」
衝撃波の直撃を食らい、ラインハルトは枯れ葉のように宙を舞う。遙か遠くへ吹き飛び、雪原を転がった後動かなくなった。
一瞬でラインハルトの元に移動したレミュエラは、耳を相手の顔に近付ける。まだ息があることを確認し、トドメを刺そうと手を向けた。
「まだ生きてるなんてタフだねぇ。ま、もうおしまいだけど。さよなら、人間ちゃん。ここで……」
「待ちなさい! そうはさせないわよ!」
その時、街のある方向からイザリーが飛んできた。喉に【バーウェイの大星痕】を浮かび上がらせ、真っ直ぐレミュエラを睨み付ける。
「ラインハルトさんに手出しはさせない! こ子から先は私が相手よ! 星魂顕現・ヴァルゴ!」
そう叫んだ直後、イザリーの身体が白い光に包まれる。時間軸を超えて行ってきた修行の成果を、見せ付ける時がやって来たのだ。




