236話─千変の邪神ヴァスラサック
白亜の城の内部を、コリンは一人突き進む。その果てにたどり着いた最上階、大扉前。部屋の中から漂う妖気が、雄弁に語っている。
この先に、ヴァスラサックがいるのだと。コリンは深呼吸をした後、扉に触れる。力を込めて押し開け、玉座の間へと足を踏み入れた。
「ヴァスラサック! 貴様が中々来ないから、こちらから出向いてやったぞ! さあ、姿を現し……むあっ!?」
「姿を現す? その必要はない。お前はここで一人、老いて朽ち果てる。わらわの力でな! エイジネス・イリュージョン!」
広い玉座の間は無人だった。コリンが叫ぶと、どこからともなく邪神の声が響く。その直後、部屋の中に赤い霧が立ちこめる。
「ククク、この霧を浴びた者はみな急速に歳を取る。わざわざわらわが手を出すまでもない。勝手に死ぬがよい!」
「フン、残念じゃったなヴァスラサック。わしの身体には、特別な呪いが刻まれておる。成長も老いも、わしには無縁。こんな霧など効かぬわ!」
『コリン、コリン。霧、邪魔、なる。マリス、吹き飛ばす!』
「うむ、では力を貸してもらうぞよ、マリス。この霧を取っ払ってくれる!」
コリンの身体には、呪いがかかっている。四年前、身体が成熟していないにも関わらず、星の力を無理矢理覚醒させた代償。
『時滅の呪い』をその身に受けているのだ。故に、老化の霧が効力を発揮することはない。その時、呆れるコリンの元に、マリスの声が響く。
邪悪な霧を払い、幻術によって姿を隠しているヴァスラサックを暴くのだ。ネックレスが輝き、コリンの身体に人馬星の力が宿る。
『マリス、やる! スターコンバート……』
「サジタリアス! さあ、受けてみよヴァスラサック! 怒りの一矢を! ゲイルレイジ・アロー!」
コリンは自身の星遺物たる杖を呼び出し、魔力を束ね弓へと変える。霧に中を漂う僅かな気配を頼りに、闇と風と纏う矢を放つ。
放たれた矢は天井に向け、まっすぐ飛んでいく。旋風が巻き起こり、霧が飛散する中……矢の直撃を受けた邪神の悲鳴がこだまする。
「ぐうああっ! おのれ、わらわの居場所を見破るとは……半神半魔の出来損ない風情が、舐めた真似を!」
『コリン、出来損ない違う! 大地救う、みんなの希望! お前、勝てない!』
「そういうことじゃ、ヴァスラサック。わしらはみな怒り狂っておるのじゃよ。貴様の所業にな! ディザスター・スライム【分裂】!」
右肩に刺さった矢を引き抜き、怒りをあらわにするヴァスラサックにマリスとコリンが叫ぶ。杖を元の形状に戻し、スライムが放たれる。
邪神の身体に付着するのと同時に、肉体を貪り食らう。生きたまま食い殺させることで、絶大な苦痛を与えるつもりなのだ。
「なんだ? このぶよぶよは。こんなものでわらわを倒すつもりか?」
「簡単には殺さぬぞ、貴様には死んでいった者たちの痛みをたっぷり味わわせてやる!」
「フン、くだらぬ。そのこだわりがお前の命取りだ、コリン。神はそんなことにはこだわらない。殺すべき相手は──即座に殺す! ネイキッドベール!」
肉体を食われているのにも関わらず、ヴァスラサックは平然としていた。憎しみを剥き出しにするコリンを嘲笑い、魔力を放出する。
すると、邪神の身体にくっついていたスライムたちが灰色に変化し、ポトリと床に落ちていく。何が起きたのか分からず驚くコリンに、邪神は笑う。
「わらわは元千変神。ありとあらゆる生命の変化を司る者。魔法で創られた存在であっても、命があるのなら……我が力より逃れることは叶わぬ」
「なるほどのう、ならばわし自身の手で殺すまで! ディザスター・ランス【雨】!」
「やれるものならやってみるがよい。完全な力を取り戻したわらわを、そう簡単に倒せると思うな! ハートフル・メティオ!」
ヴァスラサックはヒビだらけの赤いオーブを呼び出し、右手に持つ。そして、空中に魔法陣を描きその中から隕石を呼び寄せる。
隕石は無数の闇の槍を粉砕しながら、コリン目掛けて落下していく。それを見たコリンは、さらに闇魔法を発動し対抗した。
「なればこうするまで! ディザスター・クロウ【手刀】!」
「ほう、我が隕石を砕いたか。では、これならどうだ? アステロイド・レイン!」
闇の手を作り出し、チョップで隕石を真っ二つにして消滅させたコリン。それを見ていたヴァスラサックは、小さな隕石を大量に呼び出す。
「むうっ、何という数……全部打ち落とすのは骨が折れるわい」
『せやったら、ウチの力を貸したるわ! コリンはん、遠慮なく使ったってや!』
「おお、エステル! 分かった、力を借りるぞよ!」
『よっしゃ、いくで! スターコンバート』
「スコーピオ!」
闇魔法でも防ぎきれるか怪しい数の暴力を前に、エステルが語りかけてくる。彼女の力を借り、コリンは砂の力を操る。
『ウチの取っておきの技を見せたるわ、いくで! 蠍忍法、呼び砂牢獄の術!』
「!? なんだ、アステロイドが砂に吸われて……」
「おお、これは凄い! 一つも漏らさず全部吸われていくぞよ!」
空中に砂の塊が出現し、降り注ぐ小隕石を吸引していく。隕石がくっつく度に、砂の塊がどんどん大きくなる。
全てのアステロイドを吸引し終えた後、エステルはコリンに促す。砂の塊を爆散させろ、と。
「よし、分かった! そなたの力を使う! 裏蠍忍法、毒片散華の術!」
『いっけー!』
「チッ、小癪な! パワーシール!」
砂の塊が弾け、エステルの持つ天蠍星の魔力によって猛毒を帯びた小隕石がヴァスラサックへ飛んでいく。攻撃を跳ね返されたことに舌打ちしつつ、邪神は障壁を張り隕石を防いだ。
「ありがとうエステル、助かったぞい」
『ウチの助力はこれでおしまいや。頑張ってや、コリンはん!』
「む……? あのネックレス……なるほど、あれを用いて仲間の力を使っているのか。なら!」
コリンとエステルのやり取りを見て、ヴァスラサックはネックレスの秘密に気が付いたようだ。もう二度と力を使わせんと、奪取にかかる。
「そのネックレス、奪わせてもらうわ! シードクレイション!」
「むうっ、植物のつるが! そうはさせぬ! ディザスター・サイス【収穫者】!」
邪神は魔力で作った八つの種をバラ撒き、千変の力で急成長させる。つるを操り、ネックレスを奪うつもりなのだ。
そうはさせまいと、コリンは死神を呼び出しつるを刈り取らせる。が、刈っても刈っても伸びてきて始末におえない。
しばらく悪戦苦闘していたが、五分が過ぎた頃ネックレスから声が響く。
『ししょー! 今度はボクたちが手伝うよ!』
『目には目を、歯には歯を、植物には植物を! さあ、私たちの力を受け取って!』
「うむ、助かった! ゆくぞ二人とも! ディザスター・ユグドラシル!」
「!? な、何よあの巨大な木は!」
アニエスとテレジア、双児星の力がコリンの闇の魔力と混ざり合う。漆黒の葉を茂らせた大樹が床を突き破り、広い玉座の間に現れる。
闇の世界樹が養分となる邪神の魔力を根こそぎ奪い取り、つるを枯らしてみせた。コリンは木の幹に手を触れ、大声で叫ぶ。
「切り刻んでくれるわ! リーフストリーム!」
「まずい、防ぎきれ……ぐうあああ!!」
世界樹の葉が全て枝から離れ、木の葉の濁流となってヴァスラサックへ押し寄せる。流石に防ぎきることは出来ず、邪神は葉っぱの濁流に吞まれた。
『やった! 邪神に大ダメージを与えられたよ! ふっふーん、ざまーみろ!』
『私たちが力を合わせれば、邪神とだって渡り合えるのさ。そうだろう? コリンくん』
「そうじゃとも。どんなに強い力があろうと、一人で出来ることには限界がある。じゃが、十三人の絆があるわしらに限界などない!」
邪神に渾身の一撃を叩き込めたことに、アニエスとテレジアは大喜びだ。コリンはそんな彼女らの言葉に、誇りをもって答える。
だが、これで決着がつくほどヴァスラサックは弱くない。クールタイムを少しでも早く消化するべく、コリンは早々に能力を解除した。
「ぐ、おの、れ……。たかがゴミの分際で……わらわの顔に、身体に! よくも傷を付けてくれたなぁぁぁぁぁ!!」
「おお、裂傷まみれじゃな。その方が迫力があっていいんでないかのう? ヴァスラサックや」
「黙れ! 二度と生意気な口を利けないようにしてやる! ワンダーボディ・イリュージョン!」
怒りに燃えるヴァスラサックは、魔力を放って世界樹を枯らしてしまう。そして、千変の力を用いて自身の身体を『成長』させる。
「貴様だけでなく、そのネックレスに潜むクズどもも皆殺しにしてやるわ。女神の名にかけて必ず!」
「やれるものならやってみよ! そう簡単に敗れるほど、わしらはヤワではないぞ!」
コリンとヴァスラサックは、互いを睨みながら啖呵を切る。最後の戦いは、まだ終わらない。




