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219話─相食らう双魚

 二人が宿す【ファンダバルの大星痕】の持つ力のおかげで、水中でも問題無く話が出来る。が、口か出る言葉は説得ではない。


 互いを倒すための、技の名を叫ぶだけ。ディルスとソールの、悲しい戦いが続く。広い水路の中で、二人は爪を振るう。


「食らえ! スケイルネイル・ストライク!」


「悪いけど、当たらないよ! スケイルガード!」


 水の抵抗など微塵も感じさせない素早い動きで、ディルスは爪を振り下ろす。ソールは左腕を覆う魚鱗の一部を巨大化し、盾にする。


 爪による一撃を受け止め、空いている手でディルスの顔を掴む。そのまま何度も、力を込めて水路の床に叩き付けた。


「鱗で覆われてない顔を狙おうってか? そうはいかねぇ、ストロームシーク!」


「しまった、逃げられた! でも……態勢の立て直しはさせない! スケイルランブル!」


「乱反射による全方位からの攻撃か、やるな。だが無意味だ! ストロームシーク!」


 激しい渦を発生させてソールを弾き飛ばし、一旦遠くに離れて態勢の立て直しを図るディルス。そうはさせまいと、ソールは大量の魚鱗を放つ。


 水路の壁や床に鱗を反射させ、軌道を読ませず一気に仕留めようとする。だが、再び渦が発生し、鱗が全て跳ね返されてしまう。


 いくつかの鱗は水面から飛び出し、あっという間に見えなくなる。無事態勢を立て直したディルスは、反撃を始めた。


「今度は俺の番だ! フィン・カッティンソード!」


「まずい……! ストロームバインド!」


 右腕のヒレを変形させ、剣のような形にしたディルス。それを見たソールは、兄が本気を出したことを悟り妨害に動く。


「動きを止めようってか? そんなのはムダってことくらい、お前なら分かるはずだ。……いや、無理か。洗脳されて正常な判断も出来ないだろうしな!」


 大渦を作り出して動きを止めようとするソールを見つめ、ディルスはそう口にする。その言葉には、哀れみと悲しみの感情が宿っていた。


 弟が洗脳されていると思い込んでいるディルスにとっては、そういう考えしか浮かんでこないのだ。すでに、ソールが策を仕込んでいるとも知らずに。


「確かに、普通に使えば……ね。でも、僕には策があるんだ! 魚鱗よ、戻れ!」


「……? 何を──!?」


 ソールが叫ぶと、水路に落ちていた魚鱗が集まりディルスの手首を拘束する。鱗はディルスの腕を無理矢理横に伸ばし、渦の中に入れた。


「ソール、何をするつもりだ!?」


「……やっぱり、僕は兄さんを殺せない。だから、せめて──もう誰も殺せないように、両腕を奪う! 降り注げ、魚鱗の刃よ!」


 悲しそうに顔を歪め、ソールは右手の人差し指を立て……下に向ける。直後、先ほど水路の外に弾き飛ばされた鱗が戻ってきた。


 名刀のように、フチが研ぎ澄まされた刃になったソレが狙うのは──ディルスの腕の付け根。命まで奪うのは、心情的に無理だったのだ。


「これで終わりだよ、兄さん! スケイル・ギロチン!」


「ぐっ……があああああ!!!」


 水路の中に戻ってきた二つの鱗が、ディルスの両腕を根元から切断した。これでもう、ディルスは戦闘不能に陥った。


 そう判断したソールだったが……。


「……よく考えたな。だけどな、ソール。もし正気に戻ったのなら思い出してみろ。この四年、お前を守るためにたくさん傷付いたが……すぐに傷が治ったろ?」


「それが一体……まさか!?」


「アレはな、ラディウス様から貰った力を使ったんだよ。お前を守るのが俺の役目なのに、手足を無くすわけにはいかないから……な!」


 ディルスが叫んだ後、信じられない事態が起こる。ソールに切り落とされたはずの腕が、あっという間に再生したのだ。


「この力があれば、どんなに傷付いたってへっちゃらだ。いつまでもずっと、命ある限りお前を守れる。そのために貰った力だよ」


「にい、さん……」


「でも、残念だ。洗脳を解くためとはいえ、お前を傷付けないといけないなんて。……なるべく、優しく気絶させてやるからな。フィッシャーマンズ・ナックル!」


 そう言うと、ディルスは凄まじいスピードで水路の中を泳ぎ渦から脱出する。そのまま距離を詰め、ソールのみぞおちに拳を叩き込んだ。


「かはっ……」


「ごめんな、ソール。目が覚めた時に……洗脳が解けてることを、祈ってるぞ」


 そのささやきを聞きながら、ソールの意識は闇の中に吞まれていった。



◇─────────────────────◇



『おにいちゃん、さむいよう。おなかすいたよう』


『だいじょうぶだ、ソール。きのうのよる、だいどころでチーズとパンとくすねてきたから。さ、これたべてあったかくしてよう』


(これは……僕と兄さんが、子どもだった頃の記憶…… )


 闇の中、ソールは過去の幻影を見ていた。ある冬の日、二人は寝床としてあてがわれた粗末な物置の中にいた。


 寒さと空腹を訴える弟に、幼き日のディルスは優しく声をかける。夜中に台所に忍び込み、盗ってきた細長いパンとチーズを部屋の隅のかごから取り出す。


『わあ、おいしそう……』


『ちょっとかたくなっちゃったけど、まだたべられるぞ。まってな、いまはんぶんこ……あっ』


 パンを二つに割ろうとしたディルスだったが、力加減を間違えて変な形に割ってしまった。均等に半分にするつもりが、七対三ほどに割れてしまう。


『あーあ、やっちゃった。ほら、ソールはこっちのおおきいほうたべな。おれはちっちゃいのにするから』


『いいの? でも、おにいちゃんおなかいっぱいになれないよ』


『いいんだ、おれはおまえのはらがふくれればそれだけでうれしいんだ。ほら、食べよう。おじさんたちにみつかったらおしおきされちゃうし』


 ディルスは迷うことなく、大きい方のパンをソールに譲る。遠慮する弟に、ほがらかな笑みで答えた。本当は、自分もお腹が空いているのに。


『うん、そうだね。……ねえ、おにいちゃん』


『ん? なんだ?』


『いつも、ぼくのことまもってくれてありがとう。おにいちゃん、だいすきだよ!』


『おう! おれもソールがだいすきだ。だって、たったふたりしかいないきょうだいだもん。どんなにひもじくたって、さむくたって。ふたりいっしょならへっちゃらさ!』


『うん!』


 お互いに笑い合い、二人はパンとチーズを食べる。虐げられる日々の中で、僅かにあった穏やかな時間。それを思い出し、ソールは涙を流す。


(兄さん……。そうだ、子どもの頃からずっと……兄さんは、僕を守ってくれた。どんなに暴力を振るわれても、僕に八つ当たりすることもなく)


 グリルゴやイニスに暴力を振るわれた時も、使用人たちに嫌がらせをされた時も。いつだって、兄が自分を守ってくれていた。


 そんな兄が、今は邪神の子の手先に成り果て悪行の限りを尽くしている。その事実を改めて痛感した、次の瞬間。


『なあ、ソール。聞こえてるか? 俺の言葉、分かるか?』


『!? に、兄さん!? どうして僕を認識出来てるの? 幻のはずなのに』


『正確には、俺はディルスの良心だ。さっき攻撃した時に、魔力と一緒にお前の中に入り込んだんだよ。そうだな、俺のことは化身と呼んでくれ』


 突然、幻影のディルスが話しかけてきたのだ。驚くソールに、幻影……もとい、化身はそう説明する。


『俺の心はもう、ラディウスの力に呑まれちまった。このままじゃ、意識まで完全に乗っ取られるのも時間の問題だ。そうなる前に……』


『そうなる前に?』


『俺を殺してくれ。俺を止めるには、それ以外に方法はない。お前にしか出来ないんだ……頼む!』


 化身の言葉に、ソールはゆっくりと……力強く頷いた。両腕を切り落としての無力化が失敗した時点で、ソールも改めて覚悟を決めていた。


 やはり、兄を止めるためには……息の根を止める以外にはないのだ、と。化身を抱き締め、ソールはとめどなく涙を流す。


『分かったよ。僕が、止める。兄さんを、必ず』


『ありがとう、ソール。辛い役目を押し付けてごめんな。でも……お前ならやり遂げてくれるって、信じてるから』


 そのやり取りの後、再びソールの意識が薄らいでいく。目覚めの時が来たのだ。今度こそ、ディルスを倒し……別れを告げるために。


(待ってて、兄さん。絶対に、あなたを止めてみせるからね)


 強い決意を固め、ソールは涙を拭いた。



◇─────────────────────◇



「う、げほっ……」


「お、目覚めたか。どうだ、意識はしっかりしてるか? 洗脳は……解けてなさそうだな、残念だよ」


 ソールが目を覚ますと、水のリングで手足を拘束されていた。水路に留まったままなのは、魔力を周囲の水から補給するためだろう。


「最初から、僕は正気だよ。兄さんを止めるために……戦っているんだから! ハァッ!」


「拘束用のリングを破壊しただと!?」


「さあ、ここからが正念場だよ! 僕は負けない。そう誓ったから!」


 兄弟の戦いは、最終局面に突入しようとしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこまで蝕まれていたか(ʘᗩʘ’)ならその悪夢、終わらせてやるのも務めか(-_-;) 今だに姿を見せない外道も首洗ってまっちょれ!(⑉⊙ȏ⊙)
[一言] >『俺を殺してくれ。俺を止めるには、それ以外に方法はない。お前にしか出来ないんだ……頼む!』 ディルス……済まない……。 ……ディルスゥゥゥ!! 往生しろォォォォ!!!
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