217話─何故星は堕ちたのか
ニルケルを手土産に、コリンとマリアベルはラインハルトの元に帰還する。だが、何か様子がおかしい。みな、焦ったように移動速度を上げていた。
「これは……? ラインハルト殿、一体何があったのじゃ?」
「戻ってきたか。君たちがいなくなった後、少しして伝書鳩が来た。南北ランザーム領を隔てる国境線の要塞が、ダルクレア聖王国軍に落とされたとな」
「何と……! ではちょうどいい、先ほど敵軍の刺客を捕らえて来ましたでな。情報を吐いてもらおうかの」
ラインハルトから話を聞き、コリンは真剣な表情になる。ラガラモン連峰での出来事を簡潔に説明し、ニルケルを引き渡す。
敵の内情を引き出せる者は、多いほどよい。特に、ソールとニルケルは立場も役割も違う。異なった視点から、多くの情報が得られるだろう。
「感謝する、コーネリアス。だが、これからは勝手な単独行動は謹んでいただきたい。これから先、何が起こるか予測不可能。あらゆる事態に備えねばならないからな」
「うむ、わしもそこは心得る。幸い、火急の用事は片付いたからの、もう勝手にどこかに行ったりはせぬよ。約束する」
一連の行動に釘を刺されたコリンは、ラインハルトに謝りそう答える。約定に関する不安材料は、もう一つもない。
これからは、レジスタンスのメンバーと共にダルクレア軍の侵攻から北ランザームを守ることになる。連行されていくニルケルの背中を、コリンはじっと見つめていた。
◇─────────────────────◇
「何をしていたんだ、このグズどもが! 何故誰もソールがいなくなったことに気付かないんだ、ゴミクズめ!」
「も、申し訳ございません! ディルス様、おゆる……ぐぎゃあ!」
その頃、占領したシャルジール要塞ではディルスが部下たちを殺していた。ソールが行方知れずになったことに気付かなかった罰として、粛正しているのだ。
「ああ、ソール……俺の側に置くべきだった。今頃、レジスタンスどもに捕まって拷問されてるに違いない。迂闊な俺を許してくれ、ソール」
弟への謝罪の言葉をブツブツ呟きながら、ディルスはすでに息絶えた部下の死体を何度も何度も短剣で突き刺す。
狂気に満ちた光景に、その場にいた者たちは恐怖で身体が竦んでしまう。……もっとも、逃げようにも足首を魚鱗で貫かれているせいで動けないのだが。
「必ず助けるぞ……。ソール、俺がお前を助けに行くからな。いつだって、兄貴は弟を助けるもんだからよ。待っててくれよ……なァ!」
「ぎゃあっ!」
「ぐあああっ!」
ディルスは腕を振り、手首から魚鱗を発射する。床に倒れていた部下たちの首をはねてフラストレーションを解消し、ようやく落ち着いたようだ。
「ふう……。お前たち、まだ生きてるな? ちょうどいい、ソールを取り戻して汚名を返上しろ。失敗したら殺す。行け、北ランザームの隅から隅まで探せ!」
「は、はいぃぃぃ!!!」
運良く殺されずに済んだ者たちは、必死に魚鱗を足首から引き抜き、走って逃げていく。目的を達成出来なければ、ディルスの言葉通り殺される。
それも、より長く苦しみながら死んでいく方法で。故に、ダルクレア兵たちはみな必死だ。ディルスを怒らせれば、もう命はないのだから。
「さて、俺も情報収集を兼ねて近隣の町を潰してくるか。ソールを隠しているかも……ん、この気配……!」
『ディルス……ディルスよ。あまり、私の部下を殺してくれるな。彼らも無限にいるわけではない、無闇に殺せば勝てる戦も勝てなくなる。いいな?』
「ハッ、心得ました。これからは自重します、ラディウス様」
ディルスの目の前に、青色の霧が現れる。うごめく霧は集合と離散を繰り返し、やがて人の姿になった。そして、忠実なしもべに語りかける。
霧の正体は、最後の邪神の子──覇翼神将ラディウス。遠く離れたダルクレア聖王国首都、神都アル=ラジールから、ディルスに呼びかけているのだ。
ソール以外の者に激しい憎悪と敵意をぶつけるディルスが、唯一忠誠を誓っている相手……それがラディウスなのである。
「あなた様には多大な恩があります。四年前、あなた様のおかげで……叔父たちを殺して、ソールを守れたのですから」
ラディウスの影とも呼ぶべき霧の前でかしずき、ディルスは過去を思い返す。四年前……スター・サミットが終わって一月が経った頃。
その日も、兄弟はいつものようにグリルゴと彼の妻、イニスから暴行を受けていた。心ない罵声を浴びせられながら、殴られ蹴られる。
ヴァスラ教団に味方した事で、グリルゴたちは逆賊として指名手配されていた。本宅を離れ、山奥の別荘にて僅かな使用人と共に身を潜めているのだ。
「全く、苛立たしい! オラクル・カディルめ、あれたけ豪語したクセに負けおって! 星騎士どもを裏切って味方してやったというのに!」
「あんた、あんまり殴ると手がイカれちまうよ。どうだい、今度はソールの顔に熱湯でもかけてやったら? 鬱憤晴らしにはいいだろうよ」
「やめろ、やめろ! 何でだ、何でそんなに俺たちを憎むんだ、傷付けるんだ! どこかで野垂れ死ねって言うならそうする、だからソールだけはこれ以上傷付けないでくれ!」
散々に殴られ、全身に青アザを作ったディルスはグリルゴに土下座をする。そんな彼の顔面を容赦なく蹴り飛ばし、グリルゴは鼻で笑う。
「はん、今更お前たちを手放せるものか。ここから追い出したら、他の星騎士どもにワシらの居場所を告げ口するに決まっておる」
「そうだよ、ここであたしらのおもちゃとして死ねるんだ、泣いて喜んでもらわないとね!」
「やだ、やだぁ! 助けて、助けてお兄ちゃん!」
ひしゃくに煮えたぎる熱湯を入れ、イニスは部屋の隅で震えているソールの方を見る。ディルスを散々踏みつけにした後、グリルゴはソールの髪を掴み引きずり出す。
「フン! お前の顔が、昔から気に入らなかったんだ。兄貴のように整ったツラを見てると、はらわたが煮えくり返るんだ! だが、それももう終わりだ。今から、二目と見られぬ醜い火傷を負わせてやる!」
「やだ、やだぁぁぁ!!!」
グリルゴに殴られ、泣きじゃくる弟をディルスは倒れたまま見つめる。何故自分たちが、こんな目に合わなければならないのか。
心の中に、激しい憎悪と無念の感情が呼び覚まされる。命より大切な弟を守ることすら出来ない自分への嫌悪感が、腹の底からこみ上げる。
(俺に、力があれば……どんな理不尽も跳ね返せる強さがあれば! ソールをこんな目に会わせなくて済むのに。ちくしょう、ちくしょう!)
ディルスは呪う。自分たちに救いの手を差し伸べてくれない星騎士たちを、世界の全てを。その時──彼の脳裏に、声が響いた。
『少年よ。お前が抱く苦しみ……それを打ち払う力が欲しくはないか?』
(!? 誰だ、俺に語りかけてくるのは!)
『今はそんなことを問答している場合ではあるまい? 望んでいるんだろう? 力を。ならば、私が与えようではないか』
(本当か!? 頼む、力をくれ! 俺はソールを守りたい! もう二度と、誰からも虐げられずに済むように。たった一人の弟を守れる力を!)
頭の中に響く声に、ディルスは藁にもすがる思いでそう答える。僅かに沈黙した後、声の主は取り引きをもちかけてきた。
『よかろう。だが、対価は払ってもらう。力を与える代わりに、私に永遠の忠誠を誓え。そうすれば、何者にも負けぬ最強の力を授けよう』
(分かった、誓う! あんたの言うことは何でも従う、だから! ソールを守れる力をくれ!)
『その言葉、決意。確かに受け取った。では、授けようではないか。お前の内に眠る力に、私の魔力を織り交ぜ……より強く邪悪になった星の力を!』
次の瞬間、ディルスの身体に力がみなぎる。声の主の干渉により、眠っていた星の力が目覚めたのだ。邪悪な魔力に染まった、悪しき星の力が。
「イニス、やれ! まぶたを閉じられないようにかっぴらかせておく、目を煮潰してやるがいい!」
「もちろんだとも。さあ、最後に見る景色をよーく拝んでお……え? な、なんで……あたしの腕、どこいったんだい?」
暴行を加えられ、抵抗することも出来なくなったソールの顔に、イニスが熱湯をかけようと両腕を振りかぶる。
だが、その直後。彼女の両腕が、肘から先が消し飛んだのだ。何が起きたのか分からず、グリルゴたちは固まってしまう。
「そこまでだぜ、ゴミクズども。もう、お前たちの好きにはさせない。ソールに指一本触れさせるもんか。二人とも……ここで死ね!」
「!? お、お前……その姿は! あり得ない、お前の歳じゃまだ星の力を」
「黙れ! よくもソールを傷付けたな! 俺だけならともかく……ソールまでも!」
星の力が目覚めたことで、ディルスは半魚人のような姿に変貌していた。怒りと憎悪に染まった瞳でグリルゴたちを睨み付ける。
一瞬でもぎ取ったイニスの両腕を握り潰し、ゆっくりと距離を縮める。事ここに至って、ようやくグリルゴたちは理解した。
自分たちは、決してやってはいけなかった行いをしてしまったことを。
「ま、待て! 頼む、許してくれ! もう虐待なんてしない、これからは何でも好きなものを買ってやる!だから」
「黙れ! 死ね、ソールに詫びながら俺に惨殺されろ! クズどもが!」
「ヒッ……ぎゃあああああああ!!!」
怒りの叫びをあげ、ディルスはグリルゴとイニスを襲う。ソールは兄が操る魚鱗によって部屋の隅に運ばれて、守られる。
しばらくして……全てが終わった。憎き叔父夫婦を八つ裂きにして殺したディルスは、泣きじゃくるソールの元に向かい抱き締める。
「怖かったな、ソール。でも、もう大丈夫だ。これからは兄ちゃんが守ってやる。ずっとずっと、いつまでも。誰にも、お前を傷付けさせやしないからな」
「にい、ちゃ……う、うぁぁぁぁぁぁん!!」
血にまみれたまま、ディルスは号泣するソールの頭を撫でる。そして……。
「あの日のこと、感謝しています。ラディウス様が俺の力を目覚めさせてくれたから、ソールを守れた。今、改めて誓います。あなた様への永遠の忠誠を」
意識を過去から今へ戻し、ディルスはそう口にする。その瞳には、鋭い狂気と妄信の光が宿っていた。




