166話―怒れるメイド、復活!
その日、盛大な宴が行われた。公国のあちこちで、怯えながら隠れ潜み暮らしていたエルフたちが続々と集まってくる。
森がよみがえり、彼らもまた気付いたのだ。ようやく、この国に平和が戻ってきたのだと。新たな始まりを祝うべく、みな大騒ぎしていた。
「いやー、宴っていいものだね! 見てよししょー、みんな楽しそうだよ」
「そうじゃのう、みな実に嬉しそうに笑っておる。せっかくじゃし、わしも楽しませてもらおうかの」
『それがいいよ。こんなにもいい日なんだもの、喜びは分かち合わないとね』
解放されたワルダラ城のバルコニーに、コリンとアニエスの姿があった。賑わう城下町を見ながら、二人は笑い合う。
……だが、そこに一人の乱入者の影が。
「随分とお楽しみなようですね、雌虫さん?」
「ピッ!? そ、その声はまさか……」
「マリアベル!? おぬし、自力で脱出出来たのか!」
「はい、お坊っちゃま。不祥マリアベル、ダルクレア聖王国より……走って戻ってまいりました!」
城の屋根の上から、マリアベルが降ってきた。スカートの裾を摘まみ、恭しくお辞儀をする。そんな彼女に、コリンは抱き着いた。
「よく戻ってこられたのう! 神将どもを全滅させるまでは会えぬものと思うておったが……本当によかったわい」
「多大なご心配をおかけして、申し訳ありません。ですが、これからはもう大丈夫です。わたくしはもう、貴方様のお側を離れませんから」
目尻に涙を浮かべるコリンを、マリアベルが優しく撫でる。デオノーラが死んだことで封印が解け、右腕が元に戻っていた。
生身の温もりが、コリンに安心感をもたらす。そんな暖かな光景を、感動しながら見ていたアニエスだったが……?
「ああ、忘れるところでした。お坊っちゃま、少しだけここでお待ちくださいませ。わたくし、お仲間の方々と大事なお話がありますので」
「えっ」
「おお、そうか。では、わしは町に降りて待つ故、終わったら呼んでおくれ」
「かしこまりました、お坊っちゃま」
アニエスの方を見ながら、マリアベルはそう口にする。獲物を見つけた蛇のような、恐ろしい眼差しを受けアニエスは動けなくなる。
そんな彼女に気付かず、コリンはバルコニーを去っていった。主を見送った後、マリアベルは一歩ずつアニエスへ近寄っていく。
「さて、ようやく二人に……いえ、三人になれましたね?」
「ひいー!? な、なに!? ボク何かした!? なんでそんな怒ってるのさ!?」
『そうだぞ。妹が何か非礼を働いたのかい?』
怒りのオーラを纏うマリアベルに、テレジアが問いかける。ニッコリ笑顔のまま、マリアベルは答えた。
「数日前……お風呂でお坊っちゃまに【ピー】なことをしようとしましたね? わたくしはずっと、見ていましたよ?」
『うん、それは有罪だね』
「おねーちゃーん!?」
「安心なさい、雌虫。罪状アリは貴女だけではありません。全員連行します♥️」
「ま、待って! やめて、こな……アアアアアアアーーーー!!!」
姉にさえも咎められたアニエスの顔に、マリアベルの手が伸びる。恐怖におののき、絶叫した。
◇―――――――――――――――――――――◇
「うーん……あれ? ここは……」
「よお、アニエス。お前も……マリアベルに連行されてきたか」
気絶したアニエスが目を覚ますと、豪勢な装飾が施された部屋に移動させられていた。部屋にはアニエスだけでなく、アシュリーやカトリーヌ、エステルにフェンルーもいる。
全員もれなくロープで縛られており、ミノムシのように天井から吊り下げられていた。カトリーヌとエステルは、何がなんだか分からず混乱している。
「あら~、何でわたしたちも縛られているのかしら~?」
「ちゅーか、どこやねんここ。いきなり後ろから襲われたせいで、何が起きたんか分からへんわ」
「起きたようですね、皆様。では、これよりお仕置きを始めましょうか」
少しして、部屋の扉が開く。入ってきたのは……真っ黒なボンテージとドミノマスクを身に付け、ムチを持ったマリアベルだった。
頭と右腕以外が半透明になっており、格好と合わさって不気味な気配を醸し出している。普段とのギャップに、思わずみな吹き出してしまう。
「ぶふっ! 何だそのカッコ! ……って、笑ってる場合じゃねえ。おいコラ、どういうことだよこれは! ええ、マリアベル!」
「決まっているでしょう? わたくしが不在なのをいいことに、お坊っちゃまをたらしこんだ雌たちに天誅を下すのですよ」
ムチで床をペシペシしながら、マリアベルはそう口にする。一方のアシュリーたちは、ギクッと身体を震わせた。
「シラを切ろうとしてもムダですよ? お坊っちゃまと抱擁した時、記憶を見ましたから。皆様がお坊っちゃまと口付けを交わしたり、お風呂で【ピー】なことをしようとしていたのはすでに知っています」
「ぜ、全部バレてる……」
何もかも全て、マリアベルに知られてしまっているようだ。全員で協力してシラを切ればワンチャン……という望みは、呆気なく絶たれた。
ハイヒールを鳴らしながら、マリアベルはアシュリーの方へ歩いていく。顔はニッコリ笑っているが、目は笑っていない。
「ま、待て! 待ってくれ! せめて弁明くらいはさせてくれてもいいだろ!?」
「いいでしょう、ただし聞くだけです。これからするお仕置きの内容は変わりません」
「鬼かお前! でもよ、記憶見たンなら分かるだろ!? こう、女には退けない瞬間があるっつーか、唇を奪うなら今だってタイミングが」
「有罪」
「アオオオーーーーーッッッ!!!!」
マリアベルはアシュリーを後ろに向け、魔法で服を消す。尻に向かって、電撃を纏ったムチを容赦なく叩き付けた。
凄まじい絶叫に、他の者たちは顔を青ざめさせる。苦悶の叫びが響く中、マリアベルはサディズム全開な笑顔を浮かべていた。
「悪いことをしたら、鞭打ちをしなければなりませんからね。みな、お尻百叩きの刑に処します。数日は座れませんので、覚悟してくださいね♥️」
「いやあああああああああああ!!!」
『これは……むごい……。あ、言っておくけど、私との交代はダメだよアニエス。これは君への罰だからね、とばっちりはゴメンだ』
「お姉ちゃんのいじわるううううううう!!!」
その後、アニエスたちは順番にお尻百叩きの刑を味わうことになった。復活したアルソブラ城の一角から、いつまでも乙女たちの悲鳴がこだましていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「メルーレ様、緊急の報告です! つい先ほど、デオノーラ様の生命反応が途絶えました!」
「あら、そう。エルフたちを根絶するって息巻いてたのに、負けちゃったんだ。お姉様」
ゼビオン帝国の北、雪と氷に閉ざされた国グレイ=ノーザス。かつて、皇帝が住んでいたオルダートライン城の玉座の間に、一人の女官が駆け込む。
玉座に座り、空中に浮かぶ鏡を使って化粧をしている女に報告を行う。腰まで伸びた美しい紅の髪をなびかせ、女は気だるげに答える。
「援軍の要請が来てるなら、断ってちょうだい。こっちはこっちで忙しいもの。憎きバーウェイ家の奴らを探し出すのにね」
「いえ、要請は来ていません。ロタモカ公国に常駐していた聖王国軍も、全滅しておりまして……」
「あら、本当にダメねぇ。ま、いいわ。こっちの用が終わったら、ゼビオン共々再侵略するだけよ。私の魅力に惹かれた、仲間たちが大勢いるものねぇ。うふ、うふふふふふ」
アイラインを引きながら、女――艶眼神将メルーレは笑う。左の眼窩に埋め込まれた【薄紅色の神魂玉】が、妖しく輝いていた。




