159話―安住の地で反乱を
マリアベルが怒りの脱獄を果たしたことなど露知らず、コリンたちは新たな安住の地を求めて数日ほど旧ロタモカ公国領を移動していた。
北東部の方はまだデオノーラの侵略の手が伸びていないようで、少しではあるが森が残っていた。周辺に町はないが、腰を落ち着けるのにはピッタリだ。
「はー、久しぶりに森を見たよ。ここはまだデオノーラに枯らされてないし、拠点を置くのにはピッタリだね」
「ええ、そうですねアニエス様。砦を降ろし次第、周辺の調査を行います。安全を確認しなければなりませんからね」
「うん、頼んだよユミル」
ようやく腰を落ち着けられる土地が見つかり、みなホッとしていた。食料や水の問題も、救援隊が砦に設置したワープマーカーで解決した。
調査の結果が良ければ……いよいよ、デオノーラへの逆襲が始まる。
「おお、アニエス。ここにおったか、探したぞよ」
「あ、ししょー。どうしたの?」
「うむ、デオノーラとの決戦に備えて久しぶりに稽古をつけようと思うてな。調査結果が出るまで、そなたも暇じゃろ?」
「そうだね、それじゃあやろっか!」
ユミルたち調査隊が戻るまでの間、アニエスとコリンは四年ぶりに手合わせをすることにした。砦の二階にある鍛練場に向かい、準備をする。
「では、始めようかの。どこからでもかかって」
「せいやー!」
「ふっ、四年前とやり口が変わっておらぬのうそなたは。じゃが……剣の腕は格段に上がっておるな!」
お互いに向かい合い、修行開始を告げるコリン。その途中、アニエスは星遺物を呼び出し不意打ちの突きを放つ。
四年前に比べて、突きの威力も踏み込みの速さも、全てがレベルアップしていた。コリンに誉められ、アニエスは嬉しそうに笑う。
「えへっ、嬉しいな! じゃあ、これなんてどうかな? ムーンシンドローム・スラッシャー!」
「むっ、残像か!」
アニエスは半身になって剣を構え、左右にステップを踏む。少しずつ加速していくとともに、残像が現れコリンを惑わす。
「さーあ、見かけだけでも五対一だよ! 本物のボクが分かるかな、ししょー! それっ、こうげきー!」
「ふっ、まだまだ甘いのう。本物だけ、僅かに影が濃くなっておるぞよ」
「えっ、ホント!?」
「残念、嘘じゃよ。ていっ!」
四体の残像と共に襲いかかってくるアニエスに、コリンはそう声をかける。相手が動揺した隙を突き、杖を呼び出して頭をポコンと叩く。
騙されたことに気付いたアニエスは、ぷうっと頬を膨らませ拗ねる。駄々っ子のようにコリンの肩をポコポコ叩き、抗議の声をあげた。
「むう~、酷いよししょー! 騙すなんてひきょーだぞぉ!」
「なぁにを言うか、こうやって相手を騙して隙を作るのも一つの戦術じゃよ。さ、続けるぞ。陽が落ちるまでに、わしから一本取ってみせい!」
「うー、やってやるー!」
その後、二人は日没まで鍛練に明け暮れた。結局、コリンに一撃を当てることが叶わなかったアニエスだが、充実感に満ちた顔をしていた。
「はぁー、いつになったらししょーに一杯食わせてやれるのかなー」
「ほっほっ、焦ることはない。そなたは着実に強くなっておるよ。……ところで、一つ聞いていいかのう」
「なぁに? ししょー」
「……ベルナック殿はどこにおられるのじゃ? ここに来てから、一度も会うておらぬが」
鍛練を終えた後、ふと疑問を抱いたコリンはアニエスに質問を投げ掛ける。すると、途端にアニエスの顔が曇った。
「……お父様はね、去年の今ごろに亡くなったよ。慣れない環境と、心労がたたって……」
「なんと……済まぬ、知らなかったとはいえ辛いことを聞いてしもうたな」
「大丈夫だよ、ししょー。お父様はもうこの世にはいない。でも、ボクの中にお父様の遺志が宿ってる。まだ目覚めないお姉ちゃんと一緒に、ボクを支えてくれてるんだ」
ベルナックが亡くなったことを知り、コリンは沈痛な面持ちになる。対して、アニエスは毅然とした態度でそう口にした。
迷える民を導く、新たな女王としての風格をこの一年で身に付けたようだ。アニアスは自らの胸に手を当て、拳を握る。
「それに、今はししょーやアシュリーちゃんたちがいるし……って、ししょー!?」
「そなたは偉いのう、強いのう。この四年で、心身共に見違えるほど成長したのじゃな……。わしはそれが嬉しくて嬉しくて……」
気丈に振る舞うアニエスに、コリンが抱き着く。人として一皮剥けた弟子の姿に、いたく感動しているらしい。
そんな師を優しく抱き締め返して、アニエスは微笑む。頭を撫でながら、心の中で想いを馳せる。いまだ目覚めない、姉へと。
(お姉ちゃん、いつ目覚めるのかな。あれから四年……早く、会いたいなぁ)
いつか来る、姉との再会の日を夢見るのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
その日の夜、周辺の土地の調査を終えたユミルたちが戻ってきた。くまなく調べた結果、問題なく拠点に出来ることが分かったらしい。
さらに運のいいことに、清らかな湧き水が出ている場所を発見出来たという。これなら問題はないと、報告を受けたアニエスは満足そうに頷く。
「みんな、夜遅くまでありがとう。晩ごはんたくさん用意してあるから、お腹いっぱい食べてね!」
「お心遣い感謝致します、アニエス様。では、私たちはこれにて失礼します」
報告を終えたユミルたちは、食堂へと向かう。それを見送った後、アニエスとコリンはアシュリーやフェンルーを呼び、作戦会議を始める。
「すぐにビルディングアントを使って、トンネルの拡張工事をするよ。既存のトンネルとの接続が完了したら、いよいよ反撃だ!」
「へへ、やっとか。で? 工事はいつ終わるンだ?」
「そうだねー、ビルディングアントが今二十匹はいるから……だいたい、十日かかるかかからないかってくらいかな?」
アシュリーの問いに、アニエスは少し考え込んだ後そう答える。トンネルは、すでに旧首都ヘミリンガの真下にまで及んでいる。
接続さえ完了させてしまえば、一気に地下から侵攻出来る。トンネルの構造を把握出来ていないデオノーラ側に、強烈な奇襲をお見舞いしてやれるだろう。
「じゃあ、ワタシも手伝うヨー。こう見えて、チカラ仕事は大得意なんだヨ?」
「アタイもやるぜ。アリンこは苦手だけどよ、今はそう言ってもいられねえからな」
「二人とも、ありがとう! じゃあ、ししょーはトンネルが完成するまでの間、砦の防備を固めるお手伝いをしてもらってもいいかな? いつデオノーラに見つかるか分からないしね」
「うむ、よいぞ。もし連中が来たら、その場で返り討ちにしてやるわい」
シュッ、シュッと軽いジャブを打ちながら、コリンは得意気に答える。ヘミリンガ奪還とデオノーラ討伐に向け、それぞれのやるべきことは決まった。
「そうと決まれば、今日はいっぱいごはん食べてぐっすり寝よう! 体力使うからね、元気いっぱいになっとかないと!」
「うむ、そうじゃな。ここからが正念場じゃ、頑張るぞい!」
「おーーー!!」
やる気をみなぎらせ、天高く拳を突き上げるコリンたち。だが、彼らは知らなかった。はるか上空に、分厚い雲に紛れて砦を探すモノがいることを。
「なぁーんだ、こんな奥の僻地にいたんだ。そりゃ見つかるわけないよなー、集団で移動してんだもん。でも、ま……見つけたからには、デオノーラ様にお知らせしないとね」
暗い雲に潜むように、一羽の鳥が空に浮いていた。その背には、異様にまでに大きいギョロッとした目を持つ男が乗っている。
男は背負っていた袋から、目玉のような模様が無数についた拳大の塊を取り出す。デオノーラが監視に用いる、ビボルダルツリーの種だ。
「ヒッヒヒ、こいつをひょいと撒いてやりゃ、エルフどもの動向は丸分かり。改良されて戦闘も可能になった、ビボルダルツリー・ネオの恐ろしさを知るがいい! ヒッヒヒヒヒヒ!!」
「キュイー?」
「おっと、いつまでも笑ってる場合じゃないな。種を撒く者の仕事はこなした、さっさと帰るとするか!」
「キュー!」
種を地上に落とした後、男は鳥を駆りヘミリンガへ戻っていく。砦から十数メートルほど離れた場所に落ちた種は、落下の勢いで地中に埋まる。
誰にも気付かれることなく、種はひっそりと根を伸ばす。デオノーラの悪意が込められた邪悪な樹が、育とうとしていた。




