140話―見出だされた希望
次の日から、コリンたちによる本格的なアシュリー捜索が始まった。ハインケルのところに、コリンとカトリーヌ、エステルとフェンルーが集う。
「揃ったようだね。では、今からみんなに僕の嗅覚とアシュリーさんの匂いを付与する。匂いをたどって、アシュリーさんを見つけるんだ」
「まるで猟犬じゃな。しかし、本当にそんなことが可能なのかえ?」
「ふふん、舐めてもらっては困るね。僕の祖先はオオカミの化身たる槍の魔神。例え強力な認識阻害で身を隠していても、匂いを追跡するのはわけないことさ」
コリンの疑問に対して、ハインケルは得意気にそう語る。半神なだけあって、絶対の自信を持っているようだ。
……が、そんな彼にエステルがツッコミを入れる。
「ほんなら何で自分で追わへんのや? この四年、時間はいくらでもあったやろ?」
「無茶を言わないでくれたまえ! この身体で広大な帝国領を探し回るのは、体力的に無理なのだよ。ウィンター領に逃れるのにも、二年かかったんだから」
匂いをたどれるのなら、自分の足で探せばよかったのではないか。そんなもっともな疑問に、ハインケルはそう答えた。
か弱い子犬になってしまっては、自分の安全を確保するのも一苦労する。とてもではないが、アシュリーの捜索をする余裕はなかったのだろう。
「ほーん。アンタさんも、色々と大変だったんやなぁ」
「そういうことさ。……っと、ムダ話はもういいだろう。さあ、キミたちに僕の嗅覚とアシュリーさんの匂いを付与するよ。ハァッ!」
ハインケルは目を閉じ、魔力を練り上げながら集中力を高める。少しして、目を見開き魔力をコリンたちに流し込む。
「おー、鼻がムズムズするヨ。いつもより、匂いに敏感になっタ!」
「確か、犬の嗅覚はヒトの数千倍から一億倍はあると昔本で読んだのう。……わしら、変な匂いを嗅いでぶっ倒れたりせんか心配じゃわい」
大はしゃぎするフェンルーとは対照的に、コリンは鼻をこすりながらそう呟く。とはいえ、今さらやめるつもりなどハナからない。鼻だけに。
ハインケルの嗅覚とアシュリーの匂いを与えられた一同は、バラバラに別れ捜索に乗り出す。無事見つけられることを願い、コリンたちは動き出す。
「さあ、行こうぞ。必ずアシュリーを見つけ出すのじゃ!」
「おおーーー!!」
拳を突き上げ、コリンたちは叫びをあげた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……? 何だ、この町……闇の結界で覆われてやがるな。誰がこンなことを?」
旧ゼビオン帝国領中部にある町、ゼパ。かつてコリンが立ち寄り、蛮行を働こうとしたダルクレア聖王国の兵士たちを滅殺した場所だ。
その町の入り口に、アシュリーがいた。所有していた壊れかけの転移石を使い、ランダム転送で飛ばされてきたのだ。
長年着続けてボロボロになったマントを風になびかせ、結界を見上げる。
「……まさか、な。コリンがやったのかとも思ったが、ンなわけねぇか。……とりあえず、入ってみよう」
しばしの間、町を覆う闇の結界の前に佇んでいたアシュリーは、一歩踏み出し中に入る。一旦身体を休めようと思ったのだ。
右耳に付けたピアスによる認識阻害のおかげで、町の住民は誰もアシュリーに気付かない。逆に、アシュリーは違和感を抱いていた。
(何だ? この町、いやに活気があるな。他ンところは、皆暗い顔してるってのに)
ゼディオに支配されて以来、帝国の人々は笑顔を忘れ恐怖と苦しみに満ちた日々を送っていた。だが、この町は違う。人々が明るく、楽しそうにしているのだ。
(……それに、この町にはダルクレアのゴミどもが一人もいねぇ。何がどうなってるンだ? ……よし、聞き込みしてみるか)
おまけに、どの町でもそこらじゅうで見かけた聖王国の兵士が一人も見当たらない。どこかに隠れて監視しているのかと思いきや、そうでもないらしい。
これは住民に話を聞いた方がいいと判断したアシュリーは、ピアスを摘まんでゆっくりと回す。認識阻害の魔法は強さが三段階あり、現在は最大。
要するに、完全に存在を消し、自分が何をしているのかをも隠蔽することが出来る。アシュリーはレベルを一つ下げ、存在だけを認知出来るようにした。
「これでよしっと。これなら、誰もアタイがアシュリー・カーティスだとは気付かねえ。さて、誰に声をかけようか……」
広場にやって来たアシュリーは、キョロキョロ周囲を見渡す。すると、赤ん坊を連れた夫婦がやって来るのが見えた。
「ちょうどいいや、他に人もいねえしあいつらに聞いてみよう。……なあ、ちょっといいかな?」
「こんにちは。……ずいぶんボロボロですね、どうしたんです?」
「……ダルクレア軍に故郷を追われて、ずっと放浪生活をしてるんだ。たまたま、この町に食料を買いに来たンだよ」
「そうだったんですか……可哀想に。よければ、うちに来ませんか? たいしたもてなしは出来ませんが、せめてお腹を膨らませてください」
夫婦のうち、物腰柔らかな態度で男の方が話しかけてくる。しばし考えた後、詳しく話が聞けるかもしれないと思いアシュリーは頷いた。
「そっか、じゃあありがたく世話になるぜ」
「いいのよ、困った時はお互い様だもの。私たちも、少し前に助けられたから。今度は、私たちが困っている人を助ける番よ。ねー、マクル?」
「あぶぅあ!」
夫婦――リゼルとレシャは、目の前の旅人がアシュリーだとは夢にも思わず自宅へ招く。レシャが料理をしている間、アシュリーは町の状況をリゼルに尋ねる。
「どうぞ、おかけください。何もない家ですが、ゆっくり疲れを取ってくださいな」
「悪いな、リゼル。……ところで、一つ聞いていいか? この町に闇の結界が張られてたが……ありゃ誰の仕業なんだ?」
「ああ、あれですか! あれはですね、半月ほど前にいらっしゃったコーネリアス様が設置してくれたのです。もう二度と、聖王国の」
「! コリン!? コリンが来たのか!? おっさん、もっと詳しく教えてくれ!」
リゼルの言葉に、アシュリーは驚愕する。息を呑んだ後、畳み掛けるように質問を浴びせた。突然のことに驚くリゼルだが、こころよく教える。
ある日、行方不明になっていたコリンがやって来たこと。追加の徴税に現れ、蛮行を働いた聖王国の兵士たちを殲滅したこと。
その後、彼に帝国の現状を教え、ウィンター領へ旅立つための準備を手伝ったこと。お礼として闇の結界で町を包み、コリンが北へ向かったことを。
「……はは。なンだよ……あいつ、生きてやがったのかよ。こっちが、どれだけ……心配したと、思って……」
「旅人さん? 大丈夫ですか!? 今、ハンカチ持ってきますから」
話を聞き終えたアシュリーは、大粒の涙を流す。あの惨劇の日から、何一ついいことがなかった。全てを失い、復讐の日々を送ってきた。
そんな彼女の元に、一筋の希望の光……いや、闇が差し込んだ。コリンが、生きている。しかも、ウィンター領へと向かった。
その話を聞いたアシュリーの心に、三年と半年ぶりに……暖かな喜びが溢れる。憎しみと喪失感で乾いた心が、潤っていくのを感じた。
「いや、平気だ。わりぃな、変なトコ見せて。……そうか、コリンがウィンター領に……」
「風の噂では、レジスタンスと合流してあちこちの地域を解放して回っているそうです。きっと、もうすぐこの町も……」
「ありがとよ、有意義な話を聞かせてくれて。久しぶりに、元気が出てきたよ。メシを食ったら、北に行ってみるぜ。……もしかしたら、会えるかもしれねえし」
あの惨劇以来、復讐鬼となったアシュリーは一切ウィンター領に近寄らなかった。変貌を遂げた自分を、カトリーヌに見られたくなかったから。
憎しみのままにダルクレア兵を殺して回る自分を、拒絶されるのが怖かったのだ。だが、今はもうそんなことを気にしている暇はない。
コリンに会いたい。その気持ちが、アシュリーに決意を固めさせた。例え拒絶されることになったとしても、もう一度だけ……かつての仲間との再会を願ったのだ。
(コリン。今のアタイをお前が見たら、きっと軽蔑するだろうな。でも、それでもいい。アタイは、もう一度お前に会いたい。待っててくれ、もうすぐ……ウィンター領に行くから)
運ばれてきた料理をがっつきながら、心の中でアシュリーは呟く。だが、彼女は知らなかった。再会の時が、もうすぐそこまで迫ってきていることを。




