131話―山羊とハヤブサ、相打つ
「私を倒す、か。面白い、ならばやってみせろ! ムーンサルト・レッグネイル!」
「甘いわ、フン!」
「むっ! なるほど、膂力も上昇しているわけか!」
オルコフは身体を縦に回転させ、猛烈な勢いでコリンに迫り足の爪で斬りかかる。対するコリンは杖で攻撃を受け止め、そのまま押し返す。
空中で素早く姿勢を整えたオルコフは、再度急接近して今度は回し蹴りをコリンに放つ。コリンはしゃがんで蹴りを避け、相手の足首を掴む。
「ぬぅん、てやぁっ!」
「いいぞ、コリンくん! そのまま追撃だ!」
身体を捻り、オルコフを後方経投げ飛ばした。スコットが声援を送るも、コリンは追撃せず動きを止めてしまった。
その様子を不可解そうに見つめるウィンター親子だったが、少ししてその理由に気が付いた。コリンの足元に、羽根が埋まっているのだ。
「危ない危ない。追撃するために一歩踏み出せば、この羽根を踏むことになる。かようなものは……」
そう言いながら、コリンは指先からスライムを垂らす。羽根に触れた途端、スライムが真っ二つに切れてしまった。
「踏むわけにはいかぬのう。まだ足を失くしたくはないのでな」
「投げられた時にこっそり設置しておいたが、すぐに見抜かれるとは。一筋縄ではいかないな、実に心が躍る」
「嬉しそうに笑いよるわ。なら、これなどどうじゃる ディザスター・クロウ!」
コリンが叫ぶと、彼の背後に巨大な右腕が生成される。鋭い爪を備えた手が、オルコフを狙って振り上げられていく。
「切り裂け、闇の爪よ!」
「威力はありそうだ。だが……私を捉えきれるほど速くはあるまい! ファルコンエスケープ!」
逃れられぬように大きく手を広げて振り下ろすが、相手の方が一枚上手だったようだ。指の隙間から脱出したオルコフは、コリン目掛けて急降下する。
自慢のクチバシを用いた突きを放ち、コリンの頭を穿とうとしているのだ。狙いを定めた後、身体を縦に回転させて勢いをつけ、必殺の一撃を放つ。
「食らうがいい! ファルコンビーク!」
「待っておったぞ、貴様が接近してくるのを。羽根を飛ばすか、直接攻めて来るか……今回は後者だったようじゃな!」
「貴様、何を――!? これはスライムか!?」
「そうじゃ、だがただのスライムではない。濃い闇の瘴気を織り込んで作った、凄まじい粘着性のあるスライムじゃ!」
しっかりと大地を踏みしめ、コリンは杖を一旦手放し両手でオルコフを受け止めた。すると、すかさず両手からスライムが染み出してくる。
コリンの右手で喉を、左手で右肩を掴まれたオルコフは中途半端な態勢のまま動きを封じられてしまう。スライムが全身に広がるのも、時間の問題だ。
「くっ、しまった! だが、まだ足は自由に動かせる! このまま蹴りを」
「させぬわ。ほれ、パラライズドサークル!」
「ぐううう!」
膝蹴りを放とうとするオルコフだったが、それよりも早くコリンが身体を前に倒す。その結果、オルコフの片足が地面に触れる。
そこにすかさず魔法陣が地面に浮かび、身体を痺れさせて完璧に動きを封じた。後は翼をスライムで覆ってしまえば、勝ったも同然だ。
「くっ、とんだ選択ミスだ。ここまでしてやられるとは……ところで、私を殺さなくていいのかい? いつまでもこうしていると、ふとしたきっかけで反撃に出られるかもしれないよ?」
「言われずとも殺すわい。一つ質問をした後でな。捕虜たちの記憶を見た時に、ある場面を見たのじゃがのう……お前たち、バーラム殿に何をした?」
動けないオルコフに対し、コリンはそう質問する。魔力探知機を作るため、改めて捕虜の記憶を覗いた時にコリンは見た。
エステルの父、バーラムがダルクレア兵に囲まれ降伏している場面を。一度は目的のためにあえてスルーしたが、今回聞いてみることにしたのだ。
「ああ、彼か。私の風の力が好相性だったのでね、二月ほど前に彼らの隠れ里へ攻撃を仕掛けたのさ」
「なるほどのう。して……殺したのか、彼を」
「いいや、殺してはいない。いや、ある意味では死んだのと同じ……ぐっ!」
「言え! バーラム殿に何をしたのじゃ! 事と次第によってはただでは済まさぬぞ!」
コリンは大声を出し、オルコフを恫喝する。右手に力を込め、首の骨をへし折ろうと圧をかけた。流石に首の骨を折られるのは嫌なようで、オルコフは話し出す。
「劣勢に追い込まれたバーラムが、降伏を申し出てきたんだ。自分の両足と引き換えに、娘と部下たちを逃がしてほしいとね」
「なんと……」
「なっ!?」
「そんな、まさか! あのバーラム殿が……」
オルコフの衝撃的な発言に、コリンだけでなくスコットやヌーマンも驚きをあらわにする。そんな彼らに、オルコフは話を続けた。
「私の風で砂を散らしてしまえば、彼らに出来ることはそう多くない。降伏の申し出を、私は承諾した。バーラムを無力化出来れば、脅威が一つ減るからね」
「ああ、そうじゃろうな。それで……約束は守ったのじゃろうな」
「もちろんさ。私は約束を破るのも破られるのも嫌いなんだ。里を捨てた忍びたちがいなくなるまで、部下に手出しはさせなかった」
「そうか。たった今話を聞きながら記憶を盗み見させてもろうたが、嘘は言っておらぬようじゃな。なら、安らかに死なせてや」
「そうはいかない。ほぅら、隙が出来た! ファルコンエスケープ!」
「ぬうっ!」
コリンがそう口にした、次の瞬間。僅かに魔法陣から足が離れた隙を突き、翼を羽ばたかせる。突風を巻き起こし、スライムごとコリンを無理やり引き剥がして上空へ逃れた。
「危なかったよ、あのまま首をへし折られたらたまったものじゃない。もう直接攻撃はしない、ここで君を切り刻ませてもらおう! 烈風カマイタチ!」
「危ない、逃げるんだコリンくん!」
反撃も防御もさせまいとばかりに、オルコフは大量のカマイタチを放つ。スコットの叫びも虚しく、コリンはその全てを全身に浴びてしまい、無惨に切り刻まれる……。
「いい技じゃった。だが、星の力を宿したわしは身軽さに自信があってのう。ここまで余裕で跳べるんじゃよ」
「!? いつの間に後ろ……がはっ!」
――ことはなかった。身に付けていた軽鎧やマントは切り裂かれてしまったが、コリン自身は無傷だった。素早く地面を駆け抜けて攻撃を避け、跳躍したのだ。
振り向いたオルコフの頭にかかと落としを叩き込んで墜落させた後、空中に留まったまま魔力を練り上げる。今度こそ、トドメを刺すつもりなのだ。
「もう質問は何もない。このままトドメを刺してくれよう!」
「くっ、そうはいかな……! まずい、スライムの破片が広がって……!」
「これで終わりじゃ! 磨羯星奥義! ディザスター・フォトン・イレイザー!」
「やられ……う、あっ……」
運悪く、墜落した場所に引き剥がしたスライムの一部が付着していたようだ。背中から落ちたため、翼にスライムがくっつき羽ばたけない。
飛翔による回避も出来なくなったところに、コリンの奥義が放たれる。闇の波動がオルコフを呑み込み、意識と命を奪う。
「眠りの魔力を混ぜておいた。痛みを感じることなく、眠りに着いたまま逝けたじゃろうて」
地に降りたコリンは、杖を手元に呼び戻しつつオルコフの死体に近付く。破滅的な一撃を受けて葬り去られたのにも関わらず、苦悶の表情は浮かんでいなかった。
「やった、勝ったんだねコリンくん! よかった、もしかしたら負けるかもって心配したよ」
「問題はありませぬ、スコット殿。星の力を宿したやしは普段の数倍は強いですゆえ、負けることはありませぬ。わあっはっはっはっはっ!」
強敵、オルコフを退けコリンは勝利の高笑いをする。そんな彼の身体に、ある異変が起きていることを……ヌーマンたちは、この直後に知ることになる。
禁じられていた奥義を使ったことで、コリンがどんな代償を支払ったのか。その全貌を。




