107話―ヤサカの宴
コリンたちの手により、ヤサカに巣食っていた悪は討たれた。キョウヨウに帰還してから三日間、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが行われている。
御門の住まう宮に招待され、コリン一行は歓待を受ける。広い宴会場にて、海や山の幸をこれでもかと堪能することとなった。
「うーむ、この『すし』なる料理は美味しいのう。かような美味がまだまだあるとは……ヤサカ恐るべし、じゃな」
「アタイはこの『てんぷら』が気に入ったぜ。衣がサクサクしてていやー、うめぇのなんの!」
コリンやアシュリーはヤサカの料理に舌鼓を打っていた、が……ドレイクの方はというと、いつもと変わらず女官たちの尻を目で追っかけていた。
「おっほほー、こりゃーいい眺めだ。お、あの女なかなかいいチチしてるな……今夜辺りお誘いして」
「ごめーん、湯飲みがだいなみっくふらいんぐしちゃったー」
「おあちゃあああああ!!!」
鼻の下を伸ばす養父に、ジャスミンの容赦ない制裁が下される。あっつあつのお茶が並々と注がれた湯飲みを、ドレイクの顔にぶちまけた。
突然の制裁に、ドレイクは悶絶しながら畳の上を転がり回る。それを見て、宴に参加している大名たちはみな笑い転げている。
「……のう、ジャスミン殿。流石にそれはちとむごいのではないかのう?」
「へーきよ、へーき。お義父さんは液体なら種類を問わず操れるもの。今だって、お茶がかかる寸前に水の膜で顔を防御してたから問題ないわ」
「さ、左様か」
ケロッとした様子でそうのたまうジャスミンに、コリンは顔をひきつらせながら答える。もし結婚したなら、間違いなく鬼嫁になるだろう。
そう考えさせるには十分な暴挙であった。しばらく皆が騒いでいると、宴会の間に複数の人が現れる。部下を伴い現れたのは、ヤサカを統べる存在。
幾重にも重なった、美しい色合いの着物を身に付けた女性……御門と呼ばれる者、ヒミコだった。ヒミコは空いていた上座の席に座り、全員を見る。
「み、御門様! みな、頭を」
「よいよい、みな楽にせい。今宵は無礼講じゃ、わらわも楽しませてたもれ。む、そこにおったか。童よ、ちこう寄れ」
「わ、わしでございますか。では、失礼しまする」
神々しいオーラを放つヒミコに呼ばれ、コリンは緊張しながらとてとて歩いていく。すぐ側まで来て、コリンは気付いた。
ヒミコもまた、非常に薄いものではあるがファルダ神族の血を引く半神であると。居ずまいを直し、コリンはヒミコと対面する。
「えー、本日はこのような」
「これこれ、そのようにかしこまる必要はないと言ったであろ。それに、聞くところによればそなたも高貴な身分のお子というではないか。なれば、わらわとそなたは対等の関係。かしこまる必要はない」
「……御門様がそうおっしゃられるのであれば、そうさせてもらおうかの。じゃが、改めてお礼は言わせてほしいのじゃ。今宵はこのような宴に招いていただき、感謝しておりますじゃ」
「ほっほ、良き宴であろ。ヤサカの民はみな、宴や祭りが好きでな。わらわも、こうした催しをするのも見るのも好きなのじゃよ」
ニッコリと柔らかい笑みを浮かべながら、ヒミコはそう語る。そして、コリンに向かって頭を下げた。
「此度の顛末、トキチカより聞いた。そなたたちの多大な協力のおかげで、罪無き者たちを傷付け苦しめた悪は滅びたと。本当に、ありがとう。ヤサカに住まう者全てを代表して、感謝の意を表する」
「いえ、わしらは当然のことをしたまで。今を生きる星騎士として、弱きを助け悪しきを挫くのが務めじゃからのう」
「ほほほ、実に良き言葉じゃ。わらわの部下たちにも、そなたの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」
口元を着物の袖で隠し、お上品に笑うヒミコ。そんな彼女は、懐から一つのお守りを取り出した。それをコリンに手渡し、そっと握らせる。
「急ごしらえではあるが、お礼の品を用意させてもろうた。このお守りには、強い縁結びの法力が込められておる」
「縁結び?」
「そう。とは言っても、人と人とではない。そなたとこの大地とのじゃ。そなたが悪しき者の陰謀に呑まれ、ここではない時空に飛ばされたとしても。そのお守りがあれば、必ずや戻ってこられる。例え、どれだけの年月がかかろうともな」
コリンが受け取ったお守りの表面には『不断良縁』と達筆で記されている。恐らく、ヒミコが自身の持つ神の魔力を込めて作ったのだろう。
ありがたくお守りを頂戴したコリンは、丁寧に頭を下げお礼の言葉を述べた。
「ありがとうございます、ヒミコ殿。このお守り、大切にさせていただきます」
「ほほほ、そう言うてもらえると嬉しいぞよ。うむ、とてもいい気分じゃ。誰ぞ、鼓と笛を持て。久しぶりに一曲舞いとうなってきたわ」
ヒミコも加わり、宴はより賑やかに、そして華やかなものになる。ヤサカの人々による心からのもてなしを、コリンたちは夜が明けるまで楽しんだのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「報告致します、オラクル・カディル。つい先ほど、ヤサカからの使者が到着しました。……オラクル・トラッドが敗れ、殉教した模様です」
「……そうか。これでついに、残るオラクルは私だけになってしまったな。信徒たちを聖堂に集めよ。死せる同志に祈りを捧げるのだ」
「ハッ、かしこまりました」
真夜中……草木も眠る丑三つ時。ヴァスラ教団の総本山にて、最後の最高幹部――オラクル・カディルが仲間の死を悼んでいた。
彼の前にそびえ立つのは、女神ヴァスラサックの姿を象った立像だ。足元の台座には、円形に並んだ八つの穴がある。
八つある穴のうち六つに、六個の宝玉が嵌め込まれていた。これまで、彼らオラクルが集めた女神復活の鍵となるモノ……神魂玉だ。
「……瑠璃、翡翠、銀陽、紫電、薄紅、そして琥珀。これで、裏切り者たちが持つ【黒曜色の神魂玉】と【白潔色の神魂玉】以外の全てが集まった。これでいい、これで……同志たちも報われる」
空いている二つの穴に、あるべきモノが嵌め込まれることは永遠にない。女神の子にして裏切り者の二人は、もう大地を去った。
彼らの力がなくとも、女神復活は成せる。代用出来る品を用意しているのだ。女神復活の策を実行に移すための準備は――すでに、最終段階に到達している。
「六つの神魂玉は揃った。欠けた二つを補うための『血の器』もすでに完成済み。後は……復活に相応しき時を待つのみだ。奴ら星騎士どもに、真なる絶望を与えられる時を」
そう呟きながら、オラクル・カディルは礼拝の間を後にする。彼は待っているのだ。全ての星騎士の末裔が集う、三年に一度の一大イベント。
スター・サミットが開幕するその時を。女神ヴァスラサックの復活を大々的に知らしめ、イゼア=ネデールに住まう全ての者に。
宿敵たる十二星騎士の末裔たちに、そして……忌まわしき存在、『落とし子の魔術師』たるコリンに最大の絶望を味わわせるために。
「ベイル、ロルヴァ、アムラ、メイラー、ゼライツ、そしてトラッド。お前たちの仇は私が討とう。そして、我らの悲願を今こそ達成してみせよう」
何かに取り憑かれたかのようにブツブツ呟きながら、カディルは笑みを浮かべる。狂気と狂喜に満ちた、おぞましい笑みを。
「もう一度、女神の楽園をこの地上によみがえらせるのだ。何があっても、必ず! フフ、フフフ。フフハハハハハハハハ!!!」
女神の復活と大地の存亡を賭けた最後の決戦へのカウントダウンが、誰にも知られることなく――ひっそりと、刻まれはじめた。




