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84.5 申し入れ

「ふふ、随分と健斗と仲良くなったみたいで良かったわ」


健斗と千鶴が風呂に向かってからそう笑う恵。そんな恵の笑みに遥香は当然という風に頷いて言った。


「私と健斗は深く愛し合っておりますから」

「そう・・・なら丁度いいタイミングかしら」

「何がですか?」


そう聞くと恵は少しだけ考えてから遥香に聞いた。


「その前にひとつ質問。あなたのその名字は前の旦那さんのものなの?それとも元から自分のもの?」

「自分のものです」

「健斗はあなたに婿入りするという認識でいいのね?」

「少しだけ違います。頂くには頂きますが、私もそしてちーちゃんも巽の姓を名乗らせていただきたいです」


真っ直ぐに見つめてくる瞳に少しだけ驚いたような表情をしてからくすりと笑って恵は言った。


「そう、あなたが嫁入りするのね。なんだか似合わないわね」

「ええ、ですから嫁入りはしても、私は私で勝手に健斗を幸せにしてみせます」

「なるほど、よくわかったわ。もうひとつ質問いいかしら?」

「ええ、答えられることなら」

「あなたのご両親はあなたと健斗の結婚を前提としてこの付き合いに関してはなんと仰ってるの?」


そう聞かれてから遥香は少しだけ気まずそうな表情で答えた。


「理解と賛同は頂いております。健斗にもそのうち挨拶してもらいたいですが、何分うるさい家族なので心の準備が必要かと」

「あら、賑やかなのはいいじゃない」

「ええ、それくらいしか取り柄のない家族ですので」


思い出してかため息をつく遥香。そんな遥香の珍しい様子に笑ってから恵は言った。


「なら、あなたに健斗を全面的に任せても問題なさそうね」

「・・・それはどういうことですか?」

「端的に言えばね、あなたに健斗を預かって欲しいのよ」

「預かるというのは文字通りの意味でしょうか?」

「ええ、この家で預かって欲しいのよ」


その言葉に遥香は驚くが、そんな遥香に構わずに恵は言った。


「実はね、私近いうちに別の店に移ることになったのよ」

「スカウトか何かですか?」

「そこまで大きなことじゃないわよ。友人が新しく店を開くからその手伝い。ただ場所がね遠いのよ」


遥香の聞かされた地名は確かに現在の場所から遠く、とてもじゃないが気軽に行ける距離ではなかった。交通費に目を瞑れば行けなくはないが、その数字はあまり見たくないものだろう。そこまで聞かされて遥香は少しだけ眉を寄せてから聞いた。


「その話健斗には?」

「まだよ。まずはあなたの了承を貰ってからと思ってね」

「・・・お義父さん。あなたは家族に対してストイック過ぎると健斗から言われませんでしたか?」

「ええ、自覚はしてるわ。でもね、今さら変えられないのよ。あなたも同じでしょう?」

「はい、ですがあえて言わせてください。もう少し健斗のことを考えてやってください」


力強いその瞳に恵は頼もしそうに微笑んで言った。


「そうね、そんなあなただからこそ健斗は惹かれたのかもね。でもね、私は結局そういう気持ちを全部見ないふりしながらしか生きていけないの。だからお願い。健斗をあなたの側にいさせてあげてくれない?」

「そんなの当たり前じゃないですか」


言われるまでもないと断言する遥香に恵は言った。


「知り合いの店がオープンするのは9月からになるわ。だから夏休み期間のうちには引っ越しを終えたいの」

「健斗を預けるなら、今の家はどうするのですか?」

「売りに出すわ。もともと持ってく荷物も多くないしね。健斗も海斗も誰に似たのか物欲が皆無でね。それに私達は家には何の執着もないしね」

「・・・わかりました。ならそのことはきちんとご自分の言葉で健斗に伝えてください。最低限それが責任というものです」


教師然としたその言葉にくすりと笑ってから恵は言った。


「一足先に同棲生活になるわね」

「ええ、手を出さないようにするのは大変ですが健斗の負担が減るのは良いかもしれません」


これまで遥香の家と自宅と学校を行き来していた健斗の生活にも少しは余裕ができるだろう。幸い部屋は余っているので特に問題はない。とはいえ、一つ屋根の下というのはなかなかどうして遥香の理性が持つかわからないという気持ちはある。


「まあ、文化祭とか行事には戻ってくるわ。宿代も健斗に渡すから受け取ってね」

「いえ、健斗がここに住むのは私達にとってメリットしかないので結構ですよ」

「それでもよ。まだあなたに完全に息子を渡してない証明になるでしょ?」


その言葉に遥香は少しだけ笑ってから言った。


「もうすでに私のものですよ」

「あらあら、頼もしい嫁ですこと」


そんな風にして健斗の意向を無視した大人の話は終わったのだった。



一方その頃大人組は


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