58 弟との約束
兄弟の会話
「海斗、やっぱりここにいたか」
「兄さん・・・」
寝てしまった千鶴ちゃんを別室に移動してから俺は海斗の元へと来ていた。
「よくここがわかったね」
「当たり前だ。何年お前の兄をやってると思うんだ」
「死んだ母さんよりも長い時間だよね」
そう軽く笑ってから空を見上げて言った。
「ねえ、兄さんはあの人と結婚するの?」
「高校を卒業したらな」
「そっか・・・そうなったら、俺は兄さんの弟じゃなくなるのかな?」
そんなことを聞いてくる海斗に俺は目を丸くしてから笑って言った。
「何を言ってるんだか。何年経とうが、例え俺が死んでもお前が弟なのは変わらないだろ」
「そっか・・・そうなんだ」
「海斗は遥香さんが苦手なのか?」
「苦手・・・というより僕はあの人が嫌いだ。なんとなく父さん、あいつに似た感じがするから」
「父さんと?」
似てるか?
「あの人も仕事人間なんでしょ?だからまた兄さんに負担をかけるかと思うと嫌なんだ」
「負担か・・・お前は俺が嫌々お前の面倒を見ていたと思ってるのか?」
「そうじゃないけど・・・でも、僕は父さんを許せそうにない。多分一生。だから僕はあの人を認められない」
そう言ってから海斗は俺に視線を向けて言った。
「ねえ、兄さん。兄さんは本当にあの人のことが好きなの?」
「当たり前だろ」
「僕はわからないんだ。兄さんがあの人のどこに魅力を感じたのか。確かに教師としてはあの人は尊敬出来そうな気配はある。でも、生徒の兄さんに手を出すなんて危ないことする人を僕は信用できない」
まあ、そういう風に取られても仕方ないか。でも・・・
「海斗。あの人は強い・・・けど、本当は凄く弱い人なんだ」
「強いのに弱い?」
「いつも頑張ってる凄い人なんだけど、自分の本心は滅多に人に見せないんだ。そんなあの人を俺は支えたいんだ」
「それで家族のことを蔑ろにする人でも?」
「そんな人だから俺は支えたいんだ。だって、楽しくてやってることを誰にも理解されないのは嫌なことだから。だから俺は自分の子供が寂しくないように支えるんだ」
仕事が趣味なら、たまにこちらに意識を向けてくれればいい。俺は都合のいい存在でいい。ただ、子供にも少なからず愛情を分けて欲しい。それだけでいいんだ。俺の言葉にしばらく黙ってから海斗はポツリと呟いた。
「本当に兄さんはどこまでもお人好しだよね」
「そうか?俺はお前の優しさが嬉しいがな」
「そっか・・・そうだよね。兄さんはそういう人だ。だから僕は兄さんのことが好きなんだ」
「海斗?」
「兄さん、僕は兄さんの弟で幸せだよ。だから・・・あの人が兄さんに悲しい想いをさせるならすぐに別れさせる。それまでは見守っているよ」
「そっか、ありがとう」
そう言って頭を撫でると海斗は少しだけ嬉しそうに笑ったのだった。




