96 修学旅行前日
前夜
「健斗、今日は早く帰れ」
夕飯が終わってから、そう言われて思わず一瞬フリーズしてしまう。これはもしかして・・・
「り、リストラ宣言ですか?」
「じゃなくて、明日から修学旅行だろ?」
「あ、そういうことですか」
ほっとすると隣で聞いてた瑠美さんが笑って言った。
「リストラって、姉さんが健斗くんに愛想つかすわけないじゃん。この人超粘着力強いから」
「嫌な言い方をするな」
「事実でしょ?姉さんはもはや健斗くんなしでは生きられない身体にされてるようなものだし」
「否定はしないが、なんでお前は人聞きの悪いことを平然と言えるんだ」
「んー、性格かな?」
楽しそうな姉妹の会話に水を差したくないが、俺も言わねばならないので言った。
「準備なら出来てます。せめて千鶴ちゃんを寝かしつけるまではいさせてください」
「そうなのか?まあ大丈夫ならいいが・・・」
「私のことも気にしてよ!的なことばがくるよ」
「言わない。それに旅行中でも会えないことはないからな」
「ま、それはそうだね。あ、お土産八ッ橋でいいよ」
「京都じゃないです」
修学旅行=京都という発想に行くのは仕方ないにしろ、中学生じゃないんだから流石に京都というのはないだろう。というか、分かっててボケてるようなので瑠美さんは本当に凄いと思う。
「そうそう、健斗くん。例の件なんだけど・・・修学旅行の後でも大丈夫かな?」
「はい。ありがとうございます」
「例の件?」
おそらく、オタクの友達の件なのだろうがそれを知らない先生に話すわけにはいかないので、少しだけ誤魔化すことにする。
「瑠美さんに昔の遥香さんのことを聞きたいと相談したんです。そしたら、時間を作ってくれるというので」
「そんなことわざわざ聞く必要あるのか?」
「ええ、遥香さんのことは全て知りたいのです」
「ふふ、愛されてるねー。姉さん」
「まあな。しかし私だけ聞かれるのは不公平だな。お前の昔話も聞かせて貰おうか」
と、言われても別段語るほどの過去はなかったりする。そもそも語れそうなことはほとんど母さんや海斗や父さんとの話だけだから俺自身のことは特にないな。
「すみません。遥香さんほど貴重な過去はないです」
「まあ、姉さんはなかなかに凄いよ。本当なら今すぐ語ってもいいくらいだけど・・・」
「流石に私の前ではやめろ」
「と、いうことなので、それはまた後日に」
「はい。お願いします」
そんな風にして修学旅行前日の夜は過ぎていく。千鶴ちゃんを寝かしつけながらこの子と3日間も離れることに少しだけ不安になりつつも瑠美さんを信じるしかないと思うのだった。




