第43話 飽きましたわ
鉄パイプが地を叩く。
アーデルハイトの眼前には3つ分の蜥蜴人だったものが転がっている。最初に屠った一体は既に黒い粒子となって霧散し始め、彼の持っていた粗悪な曲刀と真っ二つに断たれた盾だけが残されていた。
「先を急ぎますわよー!」
まるで何事も無かったかのようにカメラの方へと呼びかけるアーデルハイト。
中級探索者の壁と言われる蜥蜴人だが、彼等との戦いなど彼女にとっては些事も些事。これまでの敵と同様、所詮は剣を抜くまでもない相手でしかなかった。
『は?』
『うーん、ぶっ壊れ!』
『キャラパワー高すぎるよぉ……』
『乳と尻にしか目が行かないよぉ……』
『こっちの配信初見だけどヤバいわコレ』
『おっ、異世界入門者か?』
『ようこそ異世界へ』
『当たり前みたいな顔しているな……』
『君ら何でコレ見て平然としてられるの』
『鉄パイプでどうして敵が斬れるんだい?』
『木の棒よりは鋭利だろ(白目』
そんなアーデルハイトの姿に、こちらの配信を見に来ていた魔女と水精ファンたちは驚きを隠せずにいた。否、彼等でなくともアーデルハイトの戦いを初めて見た者達は皆、似たような反応になってしまうだろう。今となってはすっかり慣れてきた異世界方面軍ファン達でさえも、初配信の時は皆驚愕で開いた口が塞がらなかったのだから。ファン曰くの『異世界殺法』を目の当たりにした魔女と水精ファン達が困惑するのも無理はない。
そんな視聴者達の困惑を他所に、アーデルハイトは既に歩き始めていた。その手にはいつの間に拾ったのか、蜥蜴人が持っていた曲刀が握られていた。曲刀の刃はいくつかの欠けが見られ、お世辞にも質が良いとは言い難い。しかしそれでも、先日使用した東海林の手入れされていない短刀よりはよほどマシだった。
右手には先程宝箱から入手した鉄パイプ、左手には今しがた没収した曲刀を。その後姿は誰がどう見てもただのチンピラでしかなかった。田舎のヤンキーを締め上げたより格上のヤンキーといったところだろうか。だが彼女の目も覚めるような美貌が、百合の花のように歩く姿から漂う気品が、辛うじてそれを公爵令嬢として成立させている。
『この容姿でこの強さなんだよな』
『このギャップがたまらんのよ』
『もういっそ逆に怖いわw』
『たった二回の戦闘でファンになったわ』
『俺達が聖剣を使うアデ公を見る日は来るのだろうか』
『最近は剣っぽいものを使うことも増えてきた気がする』
『パイプって言うほど剣っぽいか?』
『最初は拳聖だったしなぁ』
『武器遍歴もそうだけどジョブもちょいちょい変わるんだよな』
分断されてからこちら、現在地もわからず向かう先も分からない。そんな決して良いとは言えない状況の中でも、視聴者達の軽口が止むことはなかった。
通常のダンジョン配信者であれば、魔物との戦闘が終わった後は大抵の場合は振り返りを行う。『今の戦いはどうだった』等と倒した敵や戦いの感想を視聴者と述べ合ったり、自らの戦いぶりを自慢してみたり。
それが悪い行為だというわけではない。それはダンジョン配信者としてある意味正しい姿といえる。戦いや成果を視聴者達と共有し褒め称え合うことは、ダンジョン配信の醍醐味といっても過言ではないだろう。スリルと興奮、そして喜び。むしろそれこそがダンジョン配信の本質、視聴者達が求めているものである。
しかしアーデルハイトがそういった振り返りを行うことはほとんどない。彼女はそういった自己顕示欲や承認欲求とは無縁の、生粋の剣士である。自らを磨き高めることに邁進してきた彼女は、あちらの世界での振る舞いを見ても分かるように他人からの評価をいちいち気にしたりはしない。そうでなければもう少し社交界にも顔を出していた事だろう。
もちろんそんな彼女とて配信者として活動している以上、現在はそういったことにも気を使う必要があることは理解している。しかし蚊を叩いて喜び誇る者がいるだろうか?赤子を泣かせて自慢気に笑う者が居るだろうか?彼女にとって、蜥蜴人を倒したという事は何の自慢にもならない、その程度の出来事でしかなかった。
行き先など理解らないまま、ただ適当に歩いているだけのアーデルハイト。先の戦いのことになど微塵も触れず、戦果を誇ることなど当然しない。しかし彼女の後ろ姿をカメラ越しに見ている視聴者達は、そんなアーデルハイトにすっかり魅了されていた。
ふらふらとダンジョン内を散歩し、いざ戦いとなれば正に無双とも呼べる圧倒的な勝利を。わざとらしく喜ぶこともなければ、不自然に大きなリアクションを取ることもない。かと思えば下らないことで大喜びしたり、こちらの世界では常識とも言えるような事で驚いて見せたりする。突飛な行動は数しれず、時に見ている者をヒヤヒヤさせることもある。ダンジョン探索でのスリルという点で言えば、ベクトルは違えど似たようなものなのかも知れない。
そんな飾ることのない彼女の気ままなダンジョン探索を誰もが楽しみにしていた。初回からのファンはもちろん、途中からファンになった者も益々彼女を応援したくなってしまう。魔女と水精のファンでさえも、彼女の持つ不思議な魅力に抗う事が出来なかった。たった二度の戦闘を見せられただけで、一体次は何をしでかすのかとその一挙手一投足から目が離せない。見た目は可憐、けれどその戦いぶりは苛烈にして流麗。そしてどこか抜けている。
敵を倒した喜びを共に喜ぶ事がなくとも、彼女のダンジョン配信には他に無い魅力があるのだ。それは彼女の飛び抜けた容姿と圧倒的な実力、二つが合わさることによって生まれた新たなダンジョン配信の形と言えるのかも知れない。
ともあれ、今はただ合流を急ぐのみだ。
危機的状況にあってなお、いつもと変わらぬようにお散歩を行うアーデルハイト。『なんとなくこっちっぽいですわ』などという酷く曖昧な感覚だけで歩を進める彼女だが、実はその感覚は正しかった。剣士としての勘か、それともただ運が良いだけなのか。アーデルハイト本人も従者のクリスも、勿論視聴者さえも知らぬ事ではあったが、彼女は確実に魔女と水精達の元へと近づく正しい道を進んでいた。
道中何度か現れた蜥蜴人達を先程と同じように蹴散らし、鉄パイプを赤く染めてゆく。如何にアーデルハイトが言い繕おうともただのゴミであるそれは、徐々に摩耗していった。所詮は何の変哲もない鉄パイプ。鍛錬もされていない、謂わばただ棒状の鉄でしかない。おまけに内部は空洞であり耐久力など言わずもがなである。故にアーデルハイトは鉄パイプをクリスに預け、敵から奪った曲刀で戦っていた。
勿論それも上等な武器では断じて無い。そもそも最初から欠けている上に、持ち主であった蜥蜴人達が手入れなど行っているはずもない。故にアーデルハイトは一戦につき一本を使い潰し、そうして倒した敵から新たな曲刀を没収するというわらしべ作戦を行っていた。残念ながら武器がランクアップすることは無かったのだが。
「……飽きてきましたわ」
転移トラップによる分断から既に数時間。
ただ矮小なヤンキーを処理していただけのアーデルハイトは、疲労など微塵も感じてはいなかった。彼女に気がかりがあるとすれば撮れ高の事くらいである。先の階層主戦以降、彼女にとっては行きがけの駄賃にもならない小さな戦いしか行っていないのだ。手を抜いている訳では無いが、同じ相手とばかり戦っているのだから彼女が飽きてくるのも仕方のない事なのかも知れない。
『草』
『つまんなそうで草』
『撮れ高モンスターには物足りんか』
『見てる側からしたら十分楽しいんだけどなw』
『毎回訳分からん倒し方するから飽きないんだよなぁ』
『わらしべ作戦でずっと同じ武器なのほんと草』
『鉄パイプ君瀕死で草』
『言うてもゴミなんで……』
「いいえ!面白くありませんわ!!魔物は弱いし景色も同じ!このままでは折角のコラボが台無しですわ!!もっとこう……撮れ高が欲しいですわ!!」
『怒ってるw』
『まぁ言わんとしてることは分かるけども』
『そもそも分断されてるこの状況が撮れ高だけどな』
『出たな、撮れ高欲が』
『ワイ一生お散歩でも見てられるけど?』
『そろそろ味変が必要か?』
『リザードマン戦の勉強になるかと思ったけど強すぎて参考にならんわw』
何時までも変わらぬ状況にアーデルハイトが憤慨した時だった。後方を歩いていたクリスが何かに気づいた。ちなみに伊豆ダンジョンでは無言に徹していた彼女だったが、状況が状況だということで今回は普通に喋っている。おかげで異世界方面軍ファン達は大いに沸き上がり、未だにクリスファンがやいのやいのと騒いでいたりする。
「お嬢様!あれを!」
ふすふすと鼻息荒く地団駄を踏んでいたアーデルハイトが、クリスが指した方へと視線を送った。現在地から少し離れた一際高く聳え立つ岩の影、そこにあったのはこれまでと明らかに違う、ダンジョンの変化が見て取れるような岩壁だった。転移トラップによって二人が飛ばされて以降、もはや飽きる程に見てきた柱状節理によって形成されたダンジョンの壁。それがクリスの指した場所を起点としてぷっつりと、元いた京都ダンジョン特有のごつごつとした不揃いな岩壁へと戻っていたのだ。
『お!!』
『っしゃあああああ!』
『ついに戻ってきたか!?』
『親の顔より見た岩壁』
『もうちょい親と会えよw』
『長かったなぁ!』
『漸く合流出来るぜ……』
『そういやあっちどうなってんだろうか』
「や、やっと戻って来ましたわ……よくやりましたわクリス!!」
「まだ戻ってきたかは分かりませんけどね。一先ずはあちらに向かいましょう」
クリスがそう言い切る前に、アーデルハイトは既にそちらの方へと駆け出していた。どうやら余程退屈していたらしく、この状況から抜け出せることが大層嬉しい様子である。そうして数分もしない内に、アーデルハイトと追従するクリスはその地点に辿り着いた。そこには彼女達の予想通り、岩壁にぽっかりと口を開けた横穴が待っていた。アーデルハイトが顔を出して覗き込めば、そこには見慣れた京都ダンジョンの広場が姿を現した。どうやら大岩の影になっているらしく、つまりはここが誰も見つけることの出来なかった未踏破エリアへの出入り口らしい。
「これならなんとか合流出来そうですわ……誰かこの場所が分かる方は居ませんの?」
勿論アーデルハイトは京都ダンジョンに詳しいわけではない。下調べを行ったとはいえ、クリスもまた同様だ。故にアーデルハイトは素直に視聴者の力を借りることにした。そもそも魔女と水精側のファン達は、アーデルハイトを導く為にこちらの配信チャンネルにまでやってきているのだ。これまでは未踏破地域故に道案内としての役目を果たせずに居たが、ここまで来れば誰かしら道が分かるのではないかと考えた訳だ。仮にここが25階層以降であればやはり道案内は出来ないのだが────
『うーん、分からん!!』
『わかんねぇんなら黙ってんだよォ!!』
『道案内頼んだぞ!!』
『でもここが25階層より先なら誰も知らんよね』
『多分23階層』
『23階層』
『見覚えあるわ』
『道分かります』
幸いにも、何人かの魔女と水精ファン達が道を知っていた。知っているのが一人だけであったならその信憑性も薄いかも知れないが、しかしコメント欄ではいくつもの同じ内容が飛び交っていた。これほどの数が同じ意見を述べるのであれば、道案内として信じるに足るだろう。
「漸く運が向いてきましたわ!!」
意気揚々と踏み出したアーデルハイトだったが、しかし数瞬後にコメント欄の様子は大きく変わっていた。すっかり見慣れた異世界方面軍の軽口とは違う、恐らくは魔女と水精ファン達のものであろうそれは、酷く焦っているような印象を受けるものだった。
『ヤバいかも』
『あっちヤバいです』
『コレ間に合うか?』
『25階層にリーパーが出てる』
『撤退してるけど敵が多くて逃げ切れるか怪しい』
『穴から出たら右に曲がって』
『お前らとにかく案内しろ!』
「……あら?なにか異常事態が起こっている感じですわよ?」
「そのようですね……」
「リーパーというと……もしかして死神ですの?」
「恐らくは。この世界でも現れる様ですね……どうやら思っている以上に事態は逼迫しているかもしれませんよ」
「……巫山戯て居られる相手ではありませんわね。クリス、急ぎますわよ」
「はい。それにしても京都ダンジョンは呪われているのでしょうか。異常事態ばかり起こっているような気がします」
「わたくしとしては大歓迎ですわ!撮れ高ですわ!!」
互いにのみ聞こえるような小さな声で言葉を交わし、アーデルハイトとクリスが駆け出した。他のパーティーのピンチに出くわすことはダンジョン内ではそれほど頻繁に起こる事ではない。以前にも『砂猫』を助けたことがあったが、あれも京都ダンジョンでの出来事だ。まだ二度しか探索に訪れていないここ京都で、まさか再びピンチに遭遇するなどとは夢にも思っていなかった。クリスが呪いなどという怪しげな力を疑うのも無理はない。
しかし、巫山戯て居られないなどと言いながらもアーデルハイトの表情は随分と楽しそうであった。不謹慎なのかもしれないが、しかしこの数時間ずっと同じ相手と戦っていた彼女だけに、ようやく現れた骨のある相手と撮れ高に喜びが抑えられないのだろう。そうして駆け出したアーデルハイトはそっと、何もない腰元に手をやった。あちらの世界に於いて、戦場では常にそこにあった自らの愛剣を撫でるように。
同じフロアに長居すると出てくる例のアレです




