第360話 ノーブル・センセイション
黒白の刀を手に、アーデルハイトは珍しく不安そうな顔をしていた。
「前にも言いましたけれど、この刀という武器はわたくし使い慣れておりませんわよ!?」
「なーに、言うても剣と変わらんじゃろ」
「あーあー出ましたわ。これだから素人は…………」
剣聖と呼ばれるだけあって、彼女は刃物状の武器であれば凡そ何でも使いこなせてしまう。その気になれば槍や戦斧すらであっても、そこらの凡百とは比べ物にならないレベルでだ。しかし当然ながら練度には差がある。彼女が最も得意としているのは長剣で、それに形が近ければ近いほど馴染むまでが早い。そういう意味では、この天楼都牟刈も難なく使いこなしてくれそうな気もするのだが。
「駄ウサギちゃんよろしくて? そもそもこの刀という武器は、恐らく用途が剣とは違って――――」
「いや前、前。敵来とるぞー」
慣れ親しんだ剣とは違い、刀の知識には疎いアーデルハイト。
だがそれでも、彼女ほど刃物に精通している者も他に居ない。そんな彼女が見た剣と刀の違い、その所感を駄ウサギに垂れようとして――――しかし当たり前のように邪魔が入った。アーデルハイトと運営さんに影が落ちる。はっと視線を上げれば、そこにはもう目と鼻の先にまで迫ったズラトロクの巨腕。
「もう、無粋ですわねっ!」
「いや、アレもう自意識ないじゃろ。我が妹ながらやることがあくどいのぅ」
「やったのは貴女の妹ではなく、その使い走りの聖女ですわ」
「教唆は同罪かそれ以上じゃろ」
咄嗟に飛び退り攻撃を回避するアーデルハイト。
猛る灼熱が逆巻き、凄まじい熱量とともに地面へと叩きつけられる。強固な筈のダンジョン床が、まるで飴細工のように爆ぜ砕けていた。
戦闘が長引くことで弱体化するどころか、むしろズラトロクは強化されているようにも見える。女神と聖女の力はこれほどの変化を齎すのかと、さしものアーデルハイトも驚愕を禁じ得ない様子であった。このまま戦闘が長引くようであれば、もしもがあり得るかもしれない、と。
とはいえ運営さんの言が確かなのであれば、まだ手はある。
舞い上がる熱気に金の髪を揺らしながら、アーデルハイトは舐めプの代償を精算するべく『いもバス』の柄を握りしめた。
不幸中の幸いというべきか、『いもバス』には刀特有の反りがほとんど無い。
使い慣れない得物には違いないが、一般的な刀よりも使用感が剣に近い。であれば剣として振るっても不足はないと、アーデルハイトはそう判断する。そうしてどこから攻めようかと考え始めたところで、胸元の駄ウサギから思わぬアドバイスが飛んできた。
「ちなみになんじゃが、実はその刀には『神気断絶』の他にもうひとつ、隠し機能があるんじゃ」
「…………とっても嫌な予感がしますわね。でもまぁ、一応聞いておきますわ」
「うむ。その名も『神気変換』じゃ!」
見せ場だとでも思ったのか、挟まれ身動きがとれない状態のままで突然荒ぶり始める駄ウサギ。
一方のアーデルハイトはといえば、胡散臭いものをみるような目で荒ぶるウサギを眺めていた。しかし一応最後まで聞くべきだと考えたらしく、むすりと黙したまま顎で先を促した。
「なんとなんと! 特定の言霊を呟くことにより、斬った『神気』を使用者の力に変えることが出来るのじゃ!」
「あら、意外とおもしろそうな事を言い出しましたわね?」
「言うたらアレよ、対象が神気限定の『魔力吸収』みたいなヤツじゃ。どうじゃ、ワクワクしてきたじゃろ?」
「悪くありませんわよー!」
そんな会話を交わしながらも、ローエングリーフの能力によって敵の炎と冷気を吸収するアーデルハイト。
アーデルハイトの持つ聖剣・ローエングリーフは、魔力を吸収して己が力に変える能力を持っている。そうして溜まった魔力を利用し、ローエングランツへの変形を果たすのだ。運営さんが言っているのは、つまりコレの神気版だ。ローエングリーフの能力と異なるのは、剣ではなく使用者本人の力に変換するという点。つまりは神気を切り裂くことで、使用者であるアーデルハイトに強化効果を齎すということである。
成程確かに、悪くない。
悪くないどころか、むしろ対神気に関してのみ言えば切り札たり得る能力だった。
「ちなみに文言はこうじゃ。ごにょごにょ」
「ふむふむ……分かりましたわ! では、早速試してみますわよ!」
言うが早いか、今度はアーデルハイトの方からズラトロクへと肉薄する。これまで防戦に甘んじていた為か、いつになく元気いっぱいな様子である。
相手が知性ある魔物であったなら、今のアーデルハイトからは得も言われぬ不気味な気配を感じていたことだろう。しかしズラトロクには知性など残っておらず、ただ本能のまま目前の敵へと攻撃を繰り返すのみ。そんな馬鹿げた隠し玉があろうとは露ほども想定していない。
もう幾度目になるかも分からぬ衝突。
ズラトロクが異様に肥大した腕を振り下ろし、アーデルハイトを床のシミに変えんとする。無論、そのように単調な攻撃が通用するアーデルハイトではない。転移を絡めた多角攻撃ならいざ知らず、ただ力任せに振り下ろすだけの攻撃などは怖くない。というよりもむしろ、彼女は敵の転移を封じるために肉薄したのだが。
そうしてズラトロクの拳と、いもバスの刃が交差する。
ここまでは既に何度も見ている光景だ。しかし結果はこれまでと同じにはならなかった。
鳴り響いたのは金属音ではなく、ガラスが割れるような小気味良い音だった。
そんな異変などまるで意に介すことなく、連続して振るわれるズラトロクの攻撃。
それをアーデルハイトがいなす度、繰り返しガラスの割れる音がする。
「それ今じゃー!」
それを認めた運営さんがすかさず叫び、アーデルハイトが頷いてみせる。
聞かされた文言の意味が、アーデルハイトには理解出来ない。しかしこれが、アーデルハイト向けに調整されたものだということには気がついた。
「天つ菅麻を本刈り断ち 末刈り切りて 八針に取り辟きて――――」
そうでなければ、こうはならないであろうから。
「”天つ祝詞の太祝詞事を宣れ”」
瞬間、アーデルハイトの身体が燐光を纏う。
激しい光ではなく、優しく温かな光だ。それと同時に、身体の奥底から力が湧き上がるのをアーデルハイトは感じていた。対象が神気限定という汎用性の低さもあってか、強化の効果量は回天の剣を遥かに上回るものであった。
眼前のズラトロクを睥睨する。
これまで随分と苦戦を強いられた相手であったが――――アーデルハイトの目には最早、そこらの魔物と何ら変わらないように見えた。
ごく自然に、流れる水のような動きで刀を構えるアーデルハイト。
刀身の反りが少ないということは、『斬る』よりも『突く』方に適正があるということ。それが意味するところは、つまり。
「”真・高貴――――」
ありったけの力を足に込め、アーデルハイトが瞬発する。
淡く光を纏ったその姿は、まるで小さな流星のようであった。
「スラーーーッシュ!!」
神気による絶対防御を失ったズラトロクへと、アーデルハイト渾身の一撃が突き刺さる。
あれほど頑丈であった筈のズラトロクは遂に膝をつき、そうして腹に穿たれた大穴から、徐々に光の粒子となって崩れ落ちてゆく。
この現象は魔物がダンジョンに吸収される時と同じだ。唯一、黒い霧ではなく光となって散っている点だけが異なっていた。恐らくは魔力ではなく、神気によって身体を構成していたからであろう。
敵を討ち果たしたアーデルハイトは振り返り、カメラに向かって一言、さも全てが演出だったと言わんばかりの笑顔でこう言った。
「────楽しんでいただけまして?」
なんてバチあたりなルビなんだ……!
なろう君はいい加減ルビの十文字制限をなんとかするべき
ノーブルだけで四文字なんだぞ!




