第343話 デッド・バイ・アーデルハイト
クリスが耳元に手を当て、次いでコメント欄へと目を向ける。すると、そこには大量の鳩が飛んでいた。とはいえ今回の配信は、カメラを二台使っての複数視点配信という形式であり、配信主はあくまでも異世界方面軍だ。厳密にいえば、これらは伝書鳩行為とは呼べないのかもしれない。
「あぁ、なるほど……お嬢様。そこに転がっているそれが、どうやら今回の目標のようです」
「あら? ということは、これが例のイヴなんとかいう魔族ですの?」
「そのようです。つい先程、待機していた山賊チームと戦闘を行い、分かりやすくボコボコにされたとか」
「それがどうして今ここに――――あぁ、つまり『分け身』ですわね? 謎はすべて解けましたわ!」
そんな名探偵アーデルハイトの推理を他所に、肉を含めたペット達は大興奮。瀕死の魔族へと今にも飛びかからんばかりであった。もしもイヴリスが万全であったなら、随分と強くなった月姫であっても、やはり正面から戦うのは危うい。というより、ほぼ確実に負けてしまうだろう。まともに戦えるのはそれこそ肉くらいのものだ。今はこんなナリでも、流石は魔物界最強の一角といったところか。
そうしてアーデルハイト達が現状の把握に努めている間、イヴリスは現状打破の為、必死に頭を回転させていた。
(拙い……マズいッ! なんだこの状況はッ!? どうしてこうなった!?)
イヴリスがこちらの世界にやって来たのは、言うまでもなく聖女の手引きによるものだ。
魔族の敵たる人類勢力、その中核をなす聖女の誘いだ。もちろんイヴリスとて最初は訝しんだ。しかし彼は示威行為に定評のある魔族。『好き放題に暴れられる世界がある』『好きに殺戮を楽しんでくれればいい』などと言われては、怪しいと思いつつも、それでも魅力を感じずにはいられなかった。
近頃は人類勢力の勢いが増していたこともあり、個として強力な力をもつ魔族であっても、そうおいそれとは暴れまわることが出来ない状況だったからだ。勢力図としては元より人類側のほうが優勢なのだ。故にここ最近は、随分と窮屈な思いで過ごしていた。そこにふと湧いて出た聖女の甘言。イヴリスにとってそれは、溢れ出る怪しさを補って余りあるほど、魅力的に過ぎる誘いであった。
そうして初めて降り立ったこのダンジョンを拠点と定め、情報を集めること一週間。
成程確かに、こちらの世界は随分と居心地がよかった。やってくる冒険者は雑魚ばかり。命を脅かすような相手はついぞ現れなかった。聖女の言葉に偽りはなかったと、イヴリスは歓喜した。このままここで情報と魔力を集め、しかるのちに地上へ打って出ようと、そう考えていた。
しかし今、どうも様子がおかしい。
拳聖ウーヴェがいたこともそうだ。少なくとも、イヴリスが好き放題暴れるには大きすぎる障害だった。とはいえ拳聖に対して恨みがあったのは事実であり、復讐の機会が訪れたことに喜んだのもまた事実。雑魚ばかりでは歯ごたえがない、などと思っていたのも正直なところだ。だからそれはいい。
だが、コレはマズいのだ。
(何故ここに、この女が居るッ!?)
直接相対したことはない。だが魔族の間では有名な話だ。人類勢力で最も危険なのは勇者でも拳聖でもなく、この女であると。
聴いた話によれば、魔族としては最強クラスである公爵級の魔族までもが、この女の手にかかっている。他にも、目が合えば死を覚悟しろだの、見かけてもちょっかいを出すなだの。そうしたほとんど噂のようなものまで数えれば、枚挙にいとまがない。どこまでが真実で、どこからが尾ひれなのか、イブリスには分からない。だがそういった話が出るということは、少なくとも一部は事実に違いないのだ。
つい先程までは、『分け身』を用意していた自分に感動していた。
しかし今イヴリスの脳内を支配しているのは、『どうやってここから逃げるか』という、その一点のみであった。公爵級の魔族を倒せる相手など、男爵級であるイヴリスの手には余る。万全の状態であればまだしも、今の状態では何の抵抗も出来ずに滅ぼされてしまうだろう。
(脚は……よし、動くようになってきたな。加えて地の利はこちらにある。この先は入り組んだ構造になっているし、隙を突けば十分に逃げられる筈だッ!)
戦闘は論外。となると、イヴリスに残された手はひとつ。ダンジョンの複雑な構造を利用し、どうにかアーデルハイトを撒くしかなかった。
情けないという思いは無論イヴリスにもある。だが今は生存が最優先なのだ。以前に拳聖と戦った時もそうであったように、滅びさえしなければ負けはない。種族特性からしても、時間は魔族の味方である。力を付けた後、再び復讐すればよいのだ。
そう方針を定めたイヴリスが、万が一にも気づかれぬよう、ゆっくりとアーデルハイトの様子を窺う。
「どうします? サクッと倒して帰ります?」
「んぅ……ですが、それでは撮れ高が足りませんわ。わたくし、まだここに来て飛び蹴りしかしてませんのよ? Vの尺的にも、なにかこうもっと面白い催しを――――」
どうやら侍女となにかしらの相談をしているらしく、イヴリスの動きなどまるで気にしていない様に見える。というより、イヴリスに背中さえ向ける始末であった。有り体に言って隙だらけだ。酷く屈辱的だった。腹の底からどす黒い感情が湧き上がる。しかしイヴリスはそれらを一切漏らすことなく、歯を軋らせながら押し込めた。いずれ来るであろう復讐の時を思い、どうにか耐えてみせた。
僅かに身を屈め、イヴリスが背中の羽を広げて瞬発する。
全力で踏み出した脚は、瞬時に彼をトップスピードへと押し上げた。瀕死の状態とはいえ腐っても魔族だ。その速度は凄まじく、ダンジョン内の通路を低空で飛翔する。
「あっ」
「あら?」
アーデルハイトとクリスがそれに気づき、意外そうな声を上げた次の瞬間だった。二人よりも早く、弾かれるように飛び出した者達がいた。言わずもがな、興奮しっぱなしの肉と愉快な仲間たちである。尻に噛みついた毒島さんを風に靡かせ、イヴリスを追ってあっという間に角を曲がる肉。そのあまりの速度故か、肉の上に乗っていた運営さんが転げ落ちてしまう。
「ぬわーっ! 何をするんじゃー!」
そんな運営さんの言葉も聞かず、砂埃を上げながら追跡を始めた肉。肉を後ろから抑えていた所為で、砂埃をまともに被る月姫。
「けほっ、けほっ! ちょ、師匠どうしましょう!? お肉ちゃん行っちゃいましたよ!?」
少し慌てた様子の月姫だが、しかしアーデルハイトとクリスの二人は至って冷静だった。
ぽてりと地面に転がった運営さんを拾い上げ、クリスが自身の頭の上へと設置する。
「別に良いのでは? お肉がそう簡単にやられるとは思えませんし。まして瀕死の魔族などには……」
「ですわね。わたくし達はのんびり後を追いますわよ。そもそもの話、こちらにはミギーが居ますのよ? 残念ですけど、逃げられませんもの」
「……あっ、確かにそれもそうですね」
そうして本当にのんびりと、まるでお散歩のような速度で歩き始める三人。
必死に逃げるイヴリスがこれを知れば、いよいよ発狂しそうな光景ではあるが――――。
:いつものお散歩フェイズ始まったw
:大魔王からは逃げられない
:ミギー相変わらずチートしてんねぇ!!
:ていうか、なんかこういうゲームあったよな……
:後のDead by Adelheidである
:こんなこと言ってたら本当にコラボ案件来そうで草
:おーし、捕まえて吊るすぞー
:うーす
少なくとも、視聴者達は大喜びであったという。
ちなみにこれは豆知識なんですけど
「Adel」には「高貴な」
「Heit」には「姿」という意味がそれぞれあるんですよっ。
でも多分捕まると変な器具に吊るされます。




