第331話 シャイニングノーブル
梅田ダンジョン第一層。
『わたくしが先ですわ』『いや俺が先だ』などと揉めながら、アーデルハイトとウーヴェが先頭を歩いていた。こんな下らないことでケンカをするあたり、なんだかんだといいつつ、やはり二人は好敵手ということなのだろう。とにかく互いに負けたくないらしい。
「実はわたくし、こちらの世界に来てから新しい技を習得しましたのよ」
「ほう」
「それを試してみたいので、まずはわたくしに出番を譲りなさいな」
「む……いいだろう。そういうことなら仕方あるまい」
所詮はウーヴェも戦闘バカだ。といっても、その実力は両世界でトップクラス。ウーヴェとまともな勝負が出来る者など、片手で数えても指が余るほど。自身と同程度か、或いはそれ以上の力を持つ者の戦いを、間近で見る機会など殆ど無い。
より強い力を渇望しつつも、しかし圧倒的な実力を持つが故に、外からの吸収が難しい。そんな彼にとって、アーデルハイトの言葉はまさに好機であった。ライバルであるアーデルハイトが新技を編み出したというのであれば、とにかく一度見ておきたい、といったところか。
「どういう技だ」
「シャイニングウィザードと言いますのよ」
「ほう……」
流石というべきか。
新技とやらの名前を聞いたその瞬間、ウーヴェはその内容がある程度予測出来ていた。
(響きから察するに魔法系か……? いや、それならば『新魔法』と言うだろう。わざわざ『新技』という言い回しをしたということは、恐らく魔法と剣術の融合……つまりは魔法剣に属する技か。いや、しかしこの女の言うことだ。また巫山戯た名前を付けただけ、という可能性も―――)
アーデルハイトとそう何度も戦ったことがあるわけではないウーヴェだが、しかしそれでも、彼女の叫ぶ技名が死ぬほど適当であることは知っている。何を隠そうウーヴェは、先代剣聖とも手合わせをしたことがあるのだ。その手合わせで目にした技と、アーデルハイトの使う技。流派は同じであるはずなのに、何故か名前が違うものが多々――というよりほぼ全てだ――あるのだ。
とはいえ、アーデルハイトが技名を口にする時は決まって『剣術』である。故に今回も確証こそないが、少なくとも剣技であろうとアタリを付けたのだ。
(ウィザード……なんらかの魔法要素が加わっていることは間違いあるまい。あの女が身体強化以外の魔法を使っているところは見たことがないが……噂では、魔法を使っても相当な腕前だと聞いている。であれば、あり得ない話ではない……か?)
いずれにせよ、またとない機会には違いない。
アーデルハイトへのリベンジを諦めていないウーヴェは、その新技とやらを一目で丸裸にしてやろうと考え、そうして出番を譲ったのだ。本人にそういった意図はないであろうが、姑息と言えば姑息である。
むすりとした仏頂面で、顎に手を当て思索に耽るウーヴェ。だがそんなウーヴェの想像を他所に、コメント欄には既に若干の笑いが発生していた。
:アカン、宇部くんめっちゃ真面目な顔してる
:あれ絶対に『看破してやろう』とか考えてるでしょ
:宇部、それプロレス技や……
:素でイケメンな分、余計に笑えるw
:勘違いコントみたいなフリ完成してて草
:アデ公に関しては、既に俺等のほうが詳しいのでは?
:この状況でアデ公が真面目に剣術やるわけないでしょ……
:誰か教えてあげてw
無論、彼らとてアーデルハイトの新技を見たことがあるわけではない。だが現代人であれば、興味がなくとも一度くらいは耳にしたことがある技なのだ。視聴者達が想像している通りの技が飛び出すのかどうか、それはわからない。だがこの一年ですっかり鍛えられた団員たちは、『コイツは多分やる』とほぼ全員が考えていた。
そうして歩くこと少し。一行が進む先に、一匹の魔物が姿を見せる。
赤黒い肌に盛り上がった筋肉。まるで丸太のように太い四肢に、虚ろな光を宿した瞳。そして額には、特徴的な二本の角。強力な魔物として世界でも有名な敵、鬼であった。
それを目にして最初に声を上げたのは、ガラの悪いチンピラといろいろデカい陰キャの二人であった。
「あァ? ありゃ鬼じゃねェのか? オイオイ、どうなってンだよこりゃァ……一層に出るような魔物じゃねェだろ」
「アメリカのダンジョンにも居ますケド、少なくとも中層以降にしか出ないハズの魔物デスよ。ニッポンでもそれは同じハズ、デスよ」
「ンだよリナ。そう言う割に冷静じゃねェか」
「……マァ、異世界方面軍ではよくあるコトなのデ。この程度で驚いていてハ、『おっ、異世界は初めてか?』などと煽られマスから。ダテに古参やってまセンヨ」
「ンだよ、そりゃ」
鬼という魔物に遭遇した時、普通はこれほど落ち着いてはいられない。並のパーティであれば、普通に壊滅する恐れのある相手だ。少なくとも、へらへらと雑談しながら余裕を見せていい相手ではない。無論、今ここに居るメンバーであれば問題のない相手だ。誰一人として慌てていないあたりは流石というべきだろう。
しかしそれでも。
そんな彼らでも。
普段であれば、鬼と接敵した場合はすぐに戦闘体勢に移行する。レベッカ達だけではなく、月姫や莉々愛達もそうだ。問題なく倒せるからといって、舐めてかかってもよいという訳ではないのだ。
では何故、彼女達がこんなにも余裕でいられるのか。それは偏に、鬼如きではどうにもならない存在がいるからである。それも三人ほど。
「狙ったかのように人型が出て来ましたわー!」
そう喜びながら、アーデルハイトがずいと前に出る。それと同時に、ウーヴェがさり気なく一歩下がる。どうやら先の会話通り、この場は譲るつもりでいるらしい。
そんなアーデルハイトの後ろ姿を見つめつつ、後方では莉々愛が心配そうな声音で、クリスに問いかけていた。
「ねぇちょっと……ホントに大丈夫なの? 今更実力を疑ってるわけじゃないけど……あの子まだジャージのままよ? せめていつもの装備に変えてからじゃないとマズくない?」
「確かにお嬢様は剣士ですが――――問題ありませんよ。実は異世界方面軍を結成する時、汀から質問をされた事がありました。『お嬢ってどのくらい強いの?』と」
「へぇ……まぁ、仲間の実力を確認するのは当然よね」
「その時お嬢様はこう仰いました……『オーガくらいまでなら、素手でも余裕でしてよー!』と」
「そ、そう……脳内再生余裕だわ」
そうして再び莉々愛が前を向く。
丁度、アーデルハイトがオーガの腹部に拳を叩き込んだとこであった。
魔物といえど痛覚はある。
凄まじい威力の拳に頽れ、苦悶の表情を浮かべながら膝をつく鬼。それを認め、満足そうな表情で距離を取るアーデルハイト。
:あっ……
:マズいですよその体勢は!
:もしかしてオーガくんと打ち合わせした?
:そもそも鬼に効く素手パンチってのが既にヤバい
:久しぶりの異世界殺法だ、派手に行くぜ!
:見てるか宇部、これが剣の”頂点”やぞ?
:その眼に刻め!
不敵な笑みを浮かべつつ、アーデルハイトが助走を開始する。想定外のダメージに身動きが取れない鬼。ノリノリでコメントを投下する視聴者。未だにジャージ姿であることから、漸く何かがおかしいと悟ったウーヴェ。
そんな様々な思惑が、アーデルハイトの膝へと集約される。
「これがわたくしの新技――――」
立てられた鬼の片膝を踏み台に、アーデルハイトが宙を舞う。
「シャイニングノーブルウィザードですわー!」
膝蹴り一閃、鬼の強靭な首が遥か彼方まで吹き飛んでゆく。
それはそれは楽しそうなアーデルハイトの言葉と共に、本日最初の異世界殺法犠牲者は誕生したのであった。
やだ……淫ピーやさしい




