98
家の中をあちこち探索する。
「気配はあれど、姿は見えずか」
一階の探索から二階へ移る。
階段は俺達が昇るごとにキシキシ、と不穏な音を立てる。
「見られてるけど、それだけ。
さっきので脅しすぎたかなぁ」
姉はつまらないとばかりにそう零した。
「でも、一つはっきりした」
「?」
ちょうど二階へたどり着く。
「あんたは、もしも死んで幽霊になったとして」
「なにその喩え話」
「いいからいいから、独り言みたいなもん」
「…………」
「幽霊になったらなんでも出来ると思う?」
「は?
えーと、それはラノベによくある死んで違う世界に生まれ変わってチート無双できるかどうかって、話?」
「違う違う。
そのままの意味。死んで、幽霊になって、たとえば未練を残してる場合。この場合は、恨みつらみ。
そしたら、簡単に人って呪い殺せたり祟り殺せたりすると思う?
あんたなら、出来ると思う?」
「えー? うーん?
どうだろう?」
魔力ゼロも関係なくなった俺。
死後の、俺。
幽霊、つまりは魂や想いだけの存在になった俺。
そんな俺が恨みつらみを抱いてるとして、復讐できるか否かってことが聞きたいんだよな?
うーん?
どうなんだろう?
「よく、死んだら星になるとか。神様になる、って例えられるけどさ。
でもたぶん無理だと思う」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ生きてないから。
生きてて、感情が伴うから行動に移せるわけで。
生きてて出来なかったことが、死んで出来るとは思えない。
生きてるから死ねるわけで、死んだら生き返れないから。
それに、死んだら死ぬだけで、幽霊にはなれるかもしれないけど、全知全能の神様になるわけじゃないと思うし」
「ふむふむ。なら」
「なら?」
「どうして幽霊は、生きてる人間に程度の差こそあれ干渉できると思う?」
「それは、なんで肩が重くなったり、視線を感じたりできるのかってこと?」
「そうそう」
幽霊の存在の有無は、本来ならいないことになっている。
しかし、こうして体験しているとその存在を認めない訳にはいかないだろう。
俺は考える。
と、そこでちょっと前のレイとのやりとりを思い出した。
「この場所に条件が揃ってるから、とか?」
「と、言うと?」
「えーと、うまく言えないんだけど。
ここ、森の中って言っても差し支えないよね?」
「まぁね」
「ちょっと前に友達から聞いたんだけど。
こういう森や山って、矛盾が存在できるらしいんさ。
生と死の境界って考え方があって、それに基づくんだけど。
それ、かなぁ?
生死の狭間にあるから、死者は生者にちょっかいをかけられるとか出来ても不思議ではない、かなと思う。
んで、その友達曰く、山岳信仰の中に神隠しの話があって。
今回の依頼、行方不明になった人は、その神隠しに遭遇した可能性がある、とか。
山は神様の領域でもあるし、そういう意味ではいなくなっても不思議ではないかな、と」
「おお、一発で正解を言い当てるとは」
あ、正解だったんだ。
「ま、簡単に言うとこの森自体が強大な結界みたいになってるわけ。
普通、魔法に精通している人間が本来の作られた結界に触れるなり入るなりしたらわかるもんなんだよ。
でも、あんたはともかく私はそれに気づけなかった。
ここが特殊な場所であることは空気でわかる。
でも、超常現象が起こるほどの場所だとは気づけなかった。
その理由が、森ってわけ」
姉が歩きだし、手近な部屋のドアノブを回す。
ドアが軋んで開いた。
「森とは別に、心霊的な意味合いを持つ道具がここでは封印されているんだけど、気づいた?」
「窓ガラスのこと?
正確には鏡の役割になるもの全部に、板が打ち付けてあるし、なんか御札みたいなのが貼ってあったりしてるし」
鏡は、もう1つの世界だ。
一番近い異世界と言い換えても良い。
鏡もそうだが、ビデオカメラや写真などこの世界を映し出すそれらの媒体には時折写ってはいけないものが写りこんでしまう。
霊感も、スキルも、魂すら何も持たない無機物はもう一つの世界を写し出してしまう。
いや、何も無いからこそ残酷なまでに、そのままの世界を映し出すのかもしれない。
「そう。
あ、あったあった。
やっぱり、家系は定番だよねー」
言いつつ姉が調べだしたのは、鏡の部分が畳まれた化粧台だった。




