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憎む。
テツはこの世界を憎んでいるのか?
いきなり言われても、わからない。
でも、ゴンスケの知る限り。
この拾われて現在に至るまで、一緒に過ごした時間の中で見てきたテツは、少なくとも憎んだり、恨んだりといった負の感情からは無縁のように見えた。
「ぎゃっ」
だから、少なくとも嫌ってはいない、という意味合いでゴンスケは首を横に振った。
テツはゴンスケに優しかった。
テツの家族も優しかった。
他の存在や、自分を取り巻く世界を憎んだり恨んだり嫌ったりする人間が、あそこまで他の存在であるゴンスケやポンに優しくできるのだろうか?
という疑問もあった。
うまく言葉にも、意思表示も出来ないそれを伝えるには、問われた事柄を否定するしかなかった。
「そう、か」
クリスは納得していないのか、紙を睨みつけている。
「少なくとも、ゴンスケちゃんから見て、ご主人様はこの生まれてきた世界を憎んだりはしていなかったんだね?」
「ぎゃうっ!!」
胸を張るゴンスケに、クリスは苦笑を浮かべる。
憎んでいない。
それがわかった。
なら、残る可能性は。
(諦観、か)
憎むことも、恨むことも、嫌うことも。
きっとその全てを諦めている可能性。
こればかりは、本人に会ってみないとわからないが。
他の存在に対して憎んだり恨んだり、嫌ったりすることを諦めているからこそ。
いや、違うか。
諦めようと、頑張ってきたからこそ、その結果のゴンスケの記憶なのだ。
ゴンスケの記憶の中の飼い主は、優しかった。
笑っていた。
その笑いが、とても白々しいものにクリスは感じてしまった。
作り笑顔のようだったのだ。
まるで、そう演じているかのように。
それは、本来はゆっくり身につけていくものだ。
大人になって、処世術を覚えていく過程で、知っていくものだ。
でも、ゴンスケの飼い主である少年のそれは、体も心も大人になる前に、世界の穢さと醜さを知ったが故の笑顔だった。
「だから、あいつが気にかけてるわけか」
まだ、戻れる可能性があるから。
まだ、道を踏み外す前だから。
何よりも、壊れている途中だから。
そう、歪ながらもまだ真っ当な生き方ができる可能性が残っているから。
「ぎゃう??」
「ん? あぁ、悪い悪い。
さて、どうするか。
この紙に書いてあるのは、ここで過去行われていたことだし。
心霊現象に繋がると言えば繋がるけど、これ以上は調査は難し、いて、いてて、尻尾で叩くのやめてくれよ」
「ぎゃっう! ぎゃっう!!」
「助けるけどさ、アプローチを変えないとなんともなぁ」
と、そこで、クリスでもゴンスケでもない声が届く。
「なら、俺の出番か?」
声に、一人と一匹が振り向く。
そこには、短い白銀の髪と赤い目をした、美しい青年が人の悪そうな笑みを浮かべて立っていた。




