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ドアノブを回す。
キィ、と蝶番が年季の入った軋んだ音を立てる。
勝手口のドアはすんなりと開いた。
「…………」
険しい表情で中を伺うのは、髪に白いものが混じっている五十代ほどの人間種族の男だった。
とくに特徴という特徴がない平凡なおじさんである。
「ぎゃう?」
中に入らないの?
そんなゴンスケの鳴き声に、その男ーーコテハン【だんでぃ】こと本名ーークリス・ヴェクター・ドラグノフは応える。
「思った以上かもな。ゴンスケちゃんはここで待ってて、とはいかないよな」
クリスの言葉の途中で、尻尾が凶器のようにうねり始めたので彼は言おうとしたことを引っ込める。
「ぎゃっう!」
当たり前だろう、何を言ってんだ。
といった所だろうか。
「まぁ、魔除の指輪もしてるし、大丈夫か?
んじゃ、これからこの家の中に入るけど、ちゃんと俺の指示に従ってくれよ?」
「ぎゃっ!」
クリスは職業柄、ドラゴンの生態について少しだけ知っていた。
だからこそ、改めて実感する。
やはり、ドラゴンは頭が良い生き物だ、と。
そして、主と決めた存在にとても従順だ。
個体差もあるかもしれないが、少なくともこのゴンスケは頭が良く、無垢だ。
神龍種はとにかくヒトに懐きにくい。
無垢だったり、純粋だったり、性格の差はたしかにある。
でも、とにかく懐きにくい。
「ぎゃう?」
「あー、悪い悪い。よし、じゃあゴンスケちゃんは俺の後ろに、いや、こっちの方が良いか。
手を繋いでいこう」
「ぎゃっ」
「嫌なのか?」
「くぅるるる~」
「なるほど、ご主人様の方が良いか。
でも、俺は今言ったよな?
言うことを聞けって。で、君は返事をした。
でも、今の態度から察するに聞けないか?」
「うううるるぅ」
「聞けないなら」
そこで、クリスは指をパチンと鳴らした。
途端に、ゴンスケの周囲を三つの魔法陣が取り囲み、そこから鎖が飛び出てゴンスケを拘束する。
「ここでお留守番、もしくは強制的に安全な場所へ転移させる」
「ぎゃっ?! ぎゃっ?!」
ゴンスケは鎖の拘束から逃れようと藻掻くが、ビクともしない。
「悪いな。助けにこそきたが、俺は他人だからそこまで優しくできない。
主人以外の命令を聞くのに抵抗はあるだろうけど、聞いてくれないなら、より安全で最善な方法を選ぶ。
ゴンスケちゃん、好きな方を選びな。
俺の言うことを聞いて、ご主人様達を助けるか。
それとも、俺の指示を無視してここから別の場所に転移させられるか」
「ぎゃうるるる」
「君は、助けを求めた時、こう書き込んだ。
言葉をちょうだい、と。
俺の言葉は、君のご主人様達を助けるための言葉だ。
さぁ、選べ。
君は、どうする?」
「くぅるるるる」
ゴンスケは大人しくなった。
そして、頭を下げる動作をする。
「いい子だ」
クリスは拘束を解くと、ゴンスケへ手を差しだす。
そして、手を繋ぐ。
(なるほど、そういう事か)
読み取った記憶にうんざりと内心でクリスは呟いて、大きく息を吐き出した。
トラブルホイホイの運命にある人間と関わるとロクなことが無いのだ。
弟弟子が良い例だ。
どうやら、ゴンスケの主人である少年はクリスの弟弟子と似たような存在らしい。
いや、なお悪い運命の星のもとに生まれた存在だ。
(何も起きないうちにさっさと探し出そう。
噂もそうだが、ここにいる存在は本物のようだし)
そうして、一人と一匹は闇の支配する家の中へ足を踏み入れた。
途端に、蝶番が軋んで勝手口のドアが自動で閉まった。
ゴンスケの体が驚きで哀れなほど、ビクついた
「ぎゃうっ!」
「…………」
クリスは己に言い聞かせる。
大丈夫、簡単だ、と。
なんの問題もなく行方不明者ーーゴンスケの主人達を見つけ出して帰れる。
そう、前向きな言葉を自分に言い聞かせる。
そうでもしなければ、闇に気持ちが呑まれてしまいそうなのだ。
ここは、それだけ闇が深い。
気持ちを落ち着けるため、クリスは、思考入力で掲示板へ書き込みをした。




