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本棚に案内してもらうと、アストリアを案内してくれた少女はその本棚から何冊か同じ原作者の別の作品を手にとって、読書スペースへ向かっていった。
去る直前に、
「あ、ありがとうございました」
そうお礼を口にすると、少女は手をパタパタ振って、いえいえーと微笑んだ。
護衛のお姉さんに勧められた作品の一巻をとりあえず手に取る。
そして、先程の少女が手にしたシリーズの方も何となく気になってチェックしてみた。
この作者はなんというか、雑食なのだろうか。
恋愛小説、怖い話や、推理小説なども書いているようだ。
なんというか、作家というものはファンタジー作家ならファンタジー、ホラー作家ならホラー、ミステリ作家ならミステリしか書かないと思っていたから、少し驚いた。
怖い話は苦手だが、時期が時期だ。
それに、作り話なのだから小さい子供でもあるまいし、そこまで怖がるものでもないだろう。
少し怖いもの見たさで、アストリアは同作家の短編集を一冊手に取った。
とりあえず、この二冊で良いだろう。
家でゆっくり読むか、それとも、ここで少し読んで行こうか。
悩むところだ。
と、アストリアの手にしたホラー小説を見て、護衛のお姉さんがちょっと真面目な顔で言った。
「アストリアさん、怖い話大丈夫ですか?」
「え?」
「それ、かなり怖いですよ。学生時代、友人が借りて読んでいたら、実際に寄ってきたって言ってました」
「?」
意味がわからなくて、アストリアは首を傾げる。
「寄ってきたって、なにが?」
「…………念の為に、聞きますけど。アストリアさんは視える人、でしたっけ?」
「なにが?」
「わかりません?」
「ごめんなさい。意味がよく」
「幽霊ですよ、幽霊。死んだ人の魂」
そんなものが本当にいるのだろうか?
存在だけなら知っているが、それは空想の産物だろう。
「えっ」
「怖いのが平気なら別に止めませんが、そういうスキル取得がないなら、その本はオススメできません」
「えっと、冗談、ですよね?」
ひくひく、と乾いた笑いで問い返す。
「アストリアさんには、こちらがよろしいかと」
アストリアの問いには答えず、やはり酷く真面目な顔で護衛のお姉さんは別の本を持ってきてくれた。
児童書だった。
それも、低学年向けの。アストリアも小さい頃に読んだことがある本だ。
馬鹿にしてっ、と言おうとしてお姉さんを見るがやはりその表情は真面目そのものだ。
そんな危険な本が本当に存在するのだろうか?
わからない。
わからない、が。
「気になりますか?」
手に取ったホラー小説の表紙をじいっと見てしまう。
「そこまで言われると、まぁ」
「なら、せめてこちらにするべきです」
と、今度は同じ作者の別のホラー小説のシリーズを見せてきた。
「こちらなら創作色が強いので、なにも起こりません。
ただ、アストリアさんが夜机の下とかベッドの下が気になって眠れなくなる可能性はありますが」
この二冊、いったいなにがそこまで違うのだろう?
改めて表紙を並べて見てみる。
すると、最初に手にとった方のホラー小説のタイトルの所に小さく【実話シリーズ】と記載されていた。
つまり、本当にあった怖い話、ということだ。
興味は、物凄く惹かれる。
しかし。
「こっちにします」
結局、創作色の強い方を選んだ。
そして、家でゆっくり読もうと決める。
借りるために、受け付けへ向かう途中、所々に設けられた読書スペースの隅で先程、本棚に案内してくれた少女が本を読んでいた。
受け付けへ行くには、彼女の後ろを通ることになる。
近づいて、それとなく表紙を見た。
本を立てて読んでいたので、表紙は良く見えた。
実話シリーズだった。
脇に積み重なった本の、一番上も実話シリーズだった。
もしかしたら、神職系のスキル所有者なのかもしれない。
思わず立ち止まってしまっていると、少女が視線に気づきアストリアを振り向いた。
「あ、どうも」
少女が軽く頭を下げる。
つられて、アストリアも挨拶程度のお辞儀をした。
「さっきは、ありがとうございました。
えっと、その本、怖くないですか?」
「はい?
あ、怖いけど面白いですよ~。
とくに、痴情のもつれで起こる殺人事件の話が好きで。
ミステリ要素もあるし、読み応えあるんですよ~。
そうそう、この人の書く話って女性の復讐話が多いんです。
それで、物凄く生々しいんです」
と、少女がほわほわとレビューしてくる。
横で護衛のお姉さんが、
「その内容はアストリアさんには、まだ早いです」
と耳打ちしてきた。
一方、
「今度、機会があれば読んでみてください。ほかにも面白い話がたくさんあるので。
介護疲れから、虐待に走る主婦の話はなんていうか参考になります。反面教師にしなくちゃだなって。
結局、イジメ殺した姑さんの幽霊に主婦が呪い殺されちゃうんですけどね、もう、その過程がドキドキで」
少女がとても楽しそうに語るので、耐性がついたら読んでみようかなと思ってしまったが、家族に内容がバレると不味そうな気がするので、アストリアが読むとしたらまた図書館に来た時だろう。
「テツ、あ、知り合いなんですけど。
その子にこれ教えて貰ったんですよ」
構わず少女が続けた言葉に、アストリアの視線が【実話シリーズ】に釘付けになったのは、仕方ないのかもしれない。




