83
「はー、あの子可愛かったなぁ」
結局、アストリアを本棚に案内した後、最終巻を元あった場所に戻して、サクラは前から気になっていた推理小説を探して、本棚を移動した。
アストリアと、その親戚のお姉さん(?)にお礼を言われたものの、曖昧に笑ってその場を立ち去った結果である。
本屋と違って、同じ本が何冊もある、ということもないことも無いが、大抵は一冊しか無かったりする。
なので、こっそりサクラが辞退した形である。
時計を見る。
時刻はお昼だ。
コンビニにいくか、それとも本を読んで時間をズラしてから行くか、迷うところだ。
しばらく考える。
今日はバイトもないので、時間をズラして行くことにする。
今行ったところで、どうせ混んでいるだろうし。
***
「諜報員?」
テツとタカラの父であるウルクは、雇用された探偵事務所の所長室で、デスクに座った所長であり、つまりはウルクの雇い主であるイルリス・ジルフィードへそう返した。
所長であるイルリスは、とても美しい男性だった。
真っ黒なスーツを着こなし、その髪はとても長いが今は束ねられている。瞳は冬の空を思わせるような澄んだ青。
その瞳に見返され、そしてうなづかれる。
「そう。まぁ、その諜報員の子、あ、エステルちゃんって言うんだけど、あの子は危害を加えるとかはないと思うよ。
ただ、君の息子君が別件で目を付けられてるみたいだから、一応伝えておこうかと思ってね。
あと、まぁこれからする話にも繋がってるし。
プライバシーに関係することではあるけど、もし何かあったら言ってほしい」
「はぁ、わかりました」
イルリスの外見は二十代前半のように見えるが、その性質は老獪だとウルクは感じていた。
「それと、例の、君が救助活動に加わったっていう、テロリストの件。
君の息子君が出会ったっていう、女性のことだけど」
「なにかわかりましたか?」
「うん。
君の想像通りだった。
今から二十年前」
二十年前、というワードにウルクの表情が険しくなる。
しかし、なにも言わず、ウルクはイルリスの言葉の続きを待った。
「今から二十年前、君が倒した四柱の魔神。
そのうちの一柱の伴侶、そう、君の元カノで間違いないと思う。
彼女、だろ?」
言われて出されたのは、元カノの写真だった。
「はい、そうです。彼女です」
「この女性が、あの騒動の中。君の息子君に接触した。
おそらく、襲撃とともに建物が停電すると同時に転移魔法かなにかで君の息子君をさらった。
そして、接触。
さらに、君が息子君のために犯した禁忌について触れようとした」
ウルクの表情が険しいものから、無表情に変わる。
「ウルク君、どうやって僕が調べたか、この捜査方法について、話そうか?」
「いいえ、続けてください」
見透かされている。
全てを知られているのであれば、捜査方法など些末なことだ。
何より、イルリスはテツのことを知った時点で、ほかの対処方法も選べたのに、それをしなかった。
それだけ。
たったそれだけのことだけれど、少なくともイルリスにはテツをどうこうするという考えは無いようだ。
「まあ、エステルちゃんが息子君を監視しているのもそこに繋がってるんだ。
息子君の存在、それ自体が禁忌そのものだから。
その行動によっては、おそらく処分対象になってる可能性が高い、けど。エステルちゃんの上司は息子君の生活態度等を見て判断すると思う。
そして、その点において、息子君はその処分対象から外れるはずだよ。
だから、エステルちゃんの所属する組織については、まぁほぼ安心してもらっていい。
むしろ、安心できないのは彼女だ」
イルリスが写真に視線を落とす。
そして、続けた。
「君が禁忌に触れ、禁忌を犯してしまった、その原因」
ウルクの脳裏に、記憶が蘇る。
子供たちと一緒に街に出かけて、ちょっとアーケードを歩いている時に巻き込まれた事故。
ウルクと娘のタカラは平気だったそれ。
ただ、生まれつき普通の人間だったテツはひとたまりもなかった、あの事故。
手を繋いでさえいれば防げたかもしれない、あの凄惨な光景が鮮明に蘇る。
はしゃいで手を離したテツが駆け出す。
それに吊られてタカラも走り出す。
追いかけようとした直後。
ピンポイントでテツに車が突っ込んだのだ。
走った、間に合うと思った。
だって、世界を救った英雄だとさんざん持て囃されたから、その自信もあった。
でも、現実は。
どうしてそんな形になったのかはわからない。
ただ、娘と息子を探して、見つけた時。
娘は驚きで泣いていた。
でも、息子は、体は見つからず、まるでボールのように小さくなった頭部のみとなっていた。
即死だった。
頭と体が離れて生きていられる人間はいない。
「あの事故、いや、事件を起こしたのが彼女だ。
動機は、おそらく」
「復讐」
するり、とその言葉が出てくる。
恨まれ、憎まれる覚悟はしていた。
でも、感情の醜さを若い頃の彼は理解出来ていなかったのだ。
イルリスがウルクの言葉を肯定する。
「本人に手を下すより、その身内に手を出した方がダメージが大きいからね。
だから、満足したはずだった。
でも、その復讐が失敗していたことをどこかで知り、接触をはかった」
「…………」
「元々、英雄ですらなかった君の息子君は、禁忌によって生き返り、その運命を生きることになった」
「ほんと、皮肉ですね。ただ、普通に生きてほしいだけなのに。それが、ものすごく難しい」
親のエゴだ。
特別でなくていい。
ご飯を沢山たべて、遊んで、友達をつくって、恋人をつくって、いつか家族をつくって、そこそこ苦労して、笑って、幸せに終わっていってくれればそれでいいのに。
それだけしか望まないのに。
潰えた未来を望むこと、それがこの世界のルールに逆らうことだと分かっていて、それでもウルクはその一線を躊躇い無く踏み越えてしまった。
そして、その皺寄せはほかならない息子に行ってしまっている、この現状。
「仕方ない。運命も宿命も変わってしまったんだから。
でも、幸運なこともあった。
そうだろう?」
「そう、ですね。その通りです」
「と、話がズレた。
まぁ、つまるところ息子君に気をつけろと言っておいた方が良いよ、ってこと。
それにーー」
あまり気負った感じはなく、イルリスが続けた言葉にウルクは目が点になってしまった。
「こういうのは、珍しいことじゃないから」




