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なんとか宿にたどり着くと、タイミング良くレイとも宿の前で合流となった。
当たり前だが、馬のマスクはしておらず、さらに今は普通に服を着ている。
そのまま、レイがなに食わぬ顔で受付から鍵を受け取ると、あてがわれていた部屋へ二人と一匹で入る。
そして、またゴンスケが人間の姿へと変身する。
ゴンスケは外出している間に綺麗に直されたベッドへ乗ると、ぼふんぼふん、とジャンプを始めた。
それを見ながら、俺は、
家のベッドより弾力あるもんなぁ。
この童心、忘れたくないなぁ。
と、心を現実にもってこようとする。
首のチクチクで、久しぶりに死を実感出来たからか、体、というか手が今更に震えている。
「あは、あははは」
なんだか、無性に笑えてきた。
楽しかったか? ともし問われたならノーと答える。
「お、やっと楽しそうに笑ったな。なんだ、お前もスリルがすきなんじゃん」
誰が好きか、こんなこと。
レイにそう言い返そうとする。
瞬間、パシャリ、とシャッター音。
見れば、レイの手にはデジカメがあった。
あんなの持ってたのか。
「喫茶店にいた時より、人間っぽい顔してる」
人間っぽくない顔ってどんな顔だ。
「なんて言うか、辛気臭い、いや、死人みたいな顔?」
聞こえてたようだ。
「まぁ、それは良いんだけど」
良いのか。
ころころ、話が変わるな。
「そういや、ちょっと聞きたいことが出来たんだよ」
「俺に?」
「そ、お前に」
そこで、ベッドトランポリンに飽きたのか、ゴンスケが備え付けのテレビをつける。
旅行者向けに、いくつかの主要言語に訳されているアニメをザッピングで探し当て、見始めた。
「お前さ、もしかして、首から下、大怪我したことあるか?」
?
なんの話だ?
「いや?」
「怪我したことないのか?」
「体は丈夫だから。爺ちゃんと婆ちゃんがオークとオーガで、父さんや姉ちゃんも、んで俺も車が突っ込んできても怪我しなかったし」
「車に突っ込まれたことあんのか?」
「うん、と、小さい頃に。
俺はうっすらとしか覚えてないんだけどな」
「で、怪我はしなかった、と。なるほどなぁ。
でも、首の骨折れたりはしたんじゃないか?
体、全部が頑丈ってわけじゃないだろ?
どんな強者でも泣き所はあるものだし。
有名なのはベンケイの泣き所か?」
「ベンケイ?」
「あ、悪い、こっちの話。まぁ、ほら脇腹弱い奴は触られて、すんげぇ笑ったりするだろ?
お前は首が弱いのかなって。実際に擦り傷ついてるし」
「よく見てるなぁ」
父曰く、たしかにあの事故で俺は首に大ダメージを受け、首が弱くなってしまったらしい。
それまで、全身頑丈だったが、どうやら打ち付け方がまずかったとか。
よく知らないが。
「まぁ、うん、他の場所よりも脆いらしい。だから、気をつけてはいる」
「なるほど」
俺の返答にそう返しながらレイは、今しがた撮影したばかりの画像をぼんやりとした目で確認するのだった。




