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いつぞやのホテルの時より、作戦は至ってシンプルだった。
まずゴンスケが泣きながら、施設の方へ走るのである。
その背後からほぼ全裸の馬面という姿をしたレイと、そして全裸でこそ無いものの、鳩の被り物姿をした俺が追いかけるという、もう、顔バレしたら二度と表を歩けなくなる、そんな作戦だ。
【鬼ごっこ大作戦】とレイが命名したこの作戦。
要は陽動作戦なのだが、個人的には【ストレス社会の闇作戦】だと思っている。
ストレスじゃないとするなら、アレか、閃きがきて風呂から全裸で街中を走り回った賢者だったか、当時の言葉でいうところの学士だったかが大昔にいたらしいし。
そんなことを考えながら、俺はレイを見返した。
「ミスディレクションってあるだろ?」
「なにそれ?」
「手品で使われる技法だよ、視線誘導や観客の注意を他に向けること。気付かれずに嘘をつくこと」
言いつつ、レイはじいっと俺を見てくる。
反応を待ってるようだ。
ようはこの【鬼ごっこ大作戦】はその視線誘導だと言いたいらしい。
手品師に謝れ。
まぁ、たしかに、十歳前後の幼女が変態に追われ泣きながら助けを求めて現れたら、普通に混乱するだろう。
そして、これ以上ない説得力はあると思う。
これを、変態と人形のように可愛らしい幼女の気付かれずに嘘をつく事だと、一瞬で看破できる目を持っていたら、反社会的組織とかテロリストとかじゃなくて、詐欺師や、あるいは詐欺師を捕まえる側で食べていけるに違いない。
頭が現実を消化出来ずに、真っ白になってしまうこともあるかもしれない。
まぁ、でも確実にパニックになるとは思う。
簡単に言うと、そんな作戦だった。
可愛らしい幼女が、馬面全裸男と、鳩マスクのTシャツ男に追いかけ回され、現れる。
この非現実的な状況にプロのテロリスト、あ、反乱分子の人達がどこまで冷静に対処してしまうかが鍵になるが。
まぁ、そんな感じで俺達が表で騒動を起こしている間に、エステルが建物に忍び込むことになっている。
「よし、じゃあ女優ゴンスケ。初舞台だ!」
実に楽しそうにレイが言って、ゴンスケもそれに答える。
「ぎゃうっ!」
そして、飛び出していった。
少し距離をおいて、レイも飛び出す。
フルチンでないのが救いだ。
救いだと思う、救いであってほしいなぁ。
今、彼の股間には葉っぱ、ではなく、どこかの民族工芸品のような赤ら顔のお面が装備されていた。
それも、とてつもなく赤いお面だ。
赤ら顔のお面には鼻がそびえ立っている。
「………ま、まてまてー」
更に、俺はその後に続く。
口から漏れ出た言葉は、素晴らしく棒読みである。
こんなことが家族、友人一同にバレた日には、どこぞのサスペンスドラマに出てくるような崖っぷちから飛び降りなければならなくなる。
さて、そんな俺達の登場により、現場は混沌と化した。
ほぼ全裸の馬のマスク男と服は着ているものの鳩マスク男が、可愛い幼女を追いかけ回して登場して、混乱しない場所ってあるんだろうか?
混沌と化す前に、なんて言うか空気が凍るというのを目の当たりにしてしまった。
人間、非現実的すぎることが起こるとどんなに訓練している人達でも思考が一瞬停止するんだとわかった。
その一瞬を、レイは見逃さず近くにいた数人を一瞬で地に伏せる。
そこから、武器を奪い的確に仕留めていく。
ほとんど殴って気絶させているので、殺してはいないように見える。
いや、殴りどころ悪いと人って簡単に死んでしまうから、実際はどうかはわからない。
【ほぼ全裸の馬面が反社会的組織に喧嘩売って無双した話する?】的なタイトルでインターネットで小説でも書けば、小遣い稼ぎになるだろうか?
読まれるかは、わからないが。
でもノンフィクションだとは、きっとバレないと思う。
むしろ、ノンフィクションだよ、と明記する方が荒れることだろう。
こんな馬鹿がいるはずがない、と。
あ、タイトルこれでも良いかもな。
【こんな馬鹿がいるはずがない、と思っていたら居た件】とか。
というか、流れ弾が鬱陶しい。
痛くはないけど。
あ、いや、首チクチクすんなこれ掠ってるなぁ。
当たってないから良いけど。




