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ただ流されるのが自分の運命なのかもしれない、とこんな異国の、それも海を渡った先で改めて思い知るとは思わなかった。
思えば、入りたいと考えていた家政科が無くなったあのあたりから、人生設計が崩れ始めたと思う。
魔力ゼロという生まれ持っての体質はどうしようもないけどさー。
只でさえ選択肢が少ない人生を歩まなきゃいけないところに、進路でもどうしようもない理由で別の道を模索することになるとは思っていなかった。
でも、不幸中の幸いだったのはお陰でリーチとツカサの二人と友達になれたことだろうか。
魔力ゼロだと、とにかく就職で苦労する。
就職でなくても、人生の大半で色々諦める。
人生のこんな前半でも、諦めることの方が多いくらいだ。
多様性が叫ばれつつも、その実、それを受け入れる皿があるかどうかは別だ。
少なくとも、東大陸はようやくマシになり始めたばかりといったところだ。
「俺の人生、どこで間違ったんだろ」
もしかしたら、生まれてきたことが間違いだったのかもしれない、と、そう思うのはこれで何度目だ?
今まで生きてきて、何回そんなことを考えたっけ。
というか、お家帰りたい。
「嘆くな嘆くな。流され続けてもその中で出来ることがあるもんだ。
そもそも、悪いことさえしなければ間違ったことにはならない」
「…………たとえば、人助けとか?」
皮肉をこめて言ってやる。
「お、わかってるな。
選べるって本当に恵まれてるよな」
「俺は選んでない」
「いや、選んでるだろ。例えば、ゴンスケがここにいるのはお前が拾ったから。拾わない選択肢もあったのに、拾う方を選んだ。で、飼うことも選んだ。
あとは、この旅行。徹底的に拒絶するって言う選択肢もあったのに、拒絶するということを諦めて、いや諦める、ということを選んで結局お前はここにいる。
な? 人生は選択ばっかりだろ。流されてるように見えて、実は自分で流されることを選んでる」
楽しそうなレイへ、俺はため息混じりに返す。
「常に楽しそうな選択をしてきたような奴に言われてもなぁ」
「あははは、そうか、テツからは俺がそう見えてるのか」
「違うのか?」
「いや、間違っちゃいない。常に楽しそうなことだけ選ぶようにしてる。
それくらいしか選べなかったからなぁ」
でも、選んできたのだと言う。
「選べなかった、選ばなかった先も気にはなるけど、お前はそれでもここにいるし。ゲームと違って人生にはセーブが無いしなぁ」
レイの言葉を聞き流しながら、俺は持っている鳩のマスクに視線をやり、それから大通りの先、立ち入り禁止区域に指定されておりなんか武器とかもった怖い人達がウロウロしている場所を見た。
そこは、見たところ軍事施設には見えなかった。
どちらかと言うと、金持ちの屋敷、といったところか。
白亜の豪邸のように見えた。
立派な門が見え、その前には見張りのために武器を持った、まさに荒くれ者といった男達が睨みを効かせている。
「鳩マスク被って、武器持った強面の人達に特攻をかける選択肢を俺が選んだと?」
「だってさ、ゴンスケを説き伏せてさっさと東大陸に帰ることも出来ただろ?」
「いや、また落とされる可能性があったし」
「この時点で、お前は安全を選んだ。
その後、仮病でもなんでも良いから布団を被って宿で寝て待つっていう手も使えた。でも、それをしなかったのはなんでだ?」
「なんか、悪い気がして」
「つまり、罪悪感を優先させた。これも選択だよな?
で、今。お前は今からでも逃げようと思えば逃げ出せる。
宿に戻って、俺達が帰ってくるのを待つことだってできる。
俺は、誘ってはいるけど強制はしていない。
逃げたって、俺はそのことを笑いはしない。
逃げることは、悪いことじゃないからな。
なぁ、なんでお前は逃げずに流されることを選んでるんだ?」
詭弁だ。
結局、俺に責任転嫁してるようにしか聴こえない。
でも、その問いに俺は言い返せない。
俺の返答を待たずに、レイは言った。
「自分のことは、自分で決めなきゃな」
そんなのわかってる。
しかし、こんな馬鹿に言われると腹が立つ。
そんな俺の服の袖を引っ張って、ゴンスケが、人間の姿に変身したゴンスケが首を傾げてくる。
「ぎゃ?」
俺はしゃがんで、ゴンスケに目線を合わせながら、
「ゴンスケは、偉いな。いい子で、ほんと偉いよ。羨ましい」
そう呟いた。
呟いた俺をゴンスケはキョトンと見てくる。
かと思うと、俺の頭を、ゴンスケが撫でてきた。
***
「旅行?」
久しぶりに帰ってきた長女の返しに、母が嬉しそうに続けた。
夏休みに入って、そして、世間的にも休みの日。
母も仕事が休みなので、一通りの家事をタカラにも手伝わせて終わらせた後の会話である。
「そう、綺羅星で知り合った子と仲良くなったみたいでね。
なんか、ドラゴンのことで話が弾んで一緒に捕まえに行くんだーってなったらしいのよ」
「それ、密猟じゃないの?」
つけっぱなしのテレビは、時期が時期だからか旅番組が流れている。
「その知り合った子曰く、合法的に狩ることができるらしいのよ。
ただ、この辺だとそんな場所ないから、たぶん中央大陸なんじゃないかなぁと」
「中央大陸? アイツ、パスポートなんて持ってたっけ?」
「中学の修学旅行が南大陸寄りの島だったからね。ちゃんと持ってたの」
「なるほど、あ、母さんジュースお代わり」
「ペットボトルなら、冷蔵庫にあるから自分で入れなさい」
「ちっ」
「ラッパ飲みはやめなさいよ」
「クソが」
「その口の悪さも、いい加減直しなさい」
「でもなんで、中央大陸?」
母に言われたとおりに、コップに冷蔵庫から出したジュースを注ぎながらタカラは訊いた。
「中央大陸だと、一部のドラゴンが害獣指定されてて討伐対象なの。ただ、許可をとれば他の場所でも研究名目だったら飼育できるの」
「詳しいね」
「だって、母さん中央大陸出身だからね」
「あ、そうだったんだ。駆け落ちの話は知ってたけど、それは初耳」
「タカラはもう大人だし、話してもいっかなぁ。
まぁ、そうなんだけど、つまり中央大陸にはタカラとテツのお婆ちゃんがいるの。
さすがにテツが会うことは無いと思うけどね。世界は広いし」




