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まず、エステルは実家に頼んでボートを用意してもらった。
「お嬢様、お元気そうで何よりです」
今ではもう退職して、時折ご意見番としてエステルの実家の仕事を手伝っている、元家令の老紳士にエステルは照れくさそうに返す。
「やめろよ、俺はあの家から追い出されたんだぜ?」
「自分から自立のため出ていったのは、追い出されたとは言えませんよ。言葉は正しく使いましょうね、お嬢様。
それに、お嬢様は、旦那様や奥様と、とても仲が良いではないですか」
「あははは、まぁなー、あの人ら貴族なのに全然貴族らしくないもんなぁ。
でも、ジョシュアさんありがとな。わざわざこっちまで来てくれて」
「ついで、ですよ。旅行のついでです。それにお嬢様に会いたかったですし」
「それが良いよなぁ、何事もついでの方が良い。真面目に生きても息苦しいだけだし?」
そんな、なんてことない会話を交わして、エステルはボートに乗り込んだ。
積荷も確認する。
「うん、全部揃ってるな!
じゃあ、俺の活躍、そのうちまたテレビで流れるから見ててくれよ!」
「はいはい、分かっておりますよ。
ですが、お嬢様、お転婆もほどほどに」
「わかってるって、俺だって怪我はしたくないからな。
はい、ジョシュアさん、これで奥さんと美味しい物でも食べてくれ」
エステルが、手間賃にだいぶ色をつけて渡そうとする。
「お嬢様っ! いけません、こんなに」
「いいのいいの、俺が稼いだ金だぜ?
自分で稼いだ金でようやく、ちゃんと賃金出せるんだ。
俺は、もう大人なんだよ」
「ですが」
「ま、親孝行の一つだと思ってくれよ」
そうして、お金を元家令に渡すと、エステルはさっさとヨットに乗り込む。
なんだかんだと厳しい教育係でもあった彼に見送られ、ヨットが動き出す。
果てのない海へ、白い波をたててボートは飛び出していった。
***
浜辺で寝そべりながら、俺は呟いた。
「空が青いなぁ」
「ぐぅるるる~」
「ゴンスケ、お前もそう思うか?」
「ぎゃう!」
夏休みが終わるまでに家に帰れるんだろうか、とか、夏休みの宿題も不幸なことに無事で、どうしようか、とか悩みは尽きないが、今日も天気は快晴だ。
水と食料、そしてこの遭難を生き抜く知恵と全てが揃っていて、なんというか幸せなんだろうけど、なんとも言えない気分になる。
朝ごはんを食べて、ちょっと食休みをしたら昼ごはんを調達に行かなければならない。
「ぎゃう?」
「どした?」
「ぎゃっ、ぎゃっ?」
ゴンスケが、海の方を見ながら尻尾を矢印に変えてなにやら訴えてくる。
と、エンジン音のようなものが聴こえてくる。
見れば、ボートがこちらに向かってくるのが見えた。
その音に吸い寄せられるように、レイが散策から戻ってくる。
「来たな」
馬のマスクの下から、楽しそうな声が漏れた。
マスク取れよ。
あと、服を着ろ。




