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無人島生活三日目。
「バカだな。ほんのちょっと我慢すれば良いだけなのに」
「やめて、くれ。嫌だ、こんなの」
俺はレイに、懇願する。
レイはこの島にきてから全裸で馬のマスク姿のままだ。
そんな、アホとしか表現しようのない姿でレイは俺に飛びかかってきた。
生理的に無理なので、反射で避けるが。
レイの方が、対人戦闘には慣れているようで、俺はあっさり過ぎるほどあっさりと、地面へ押し倒されてしまう。
「ほんのちょっと我慢すればいいんだ。痛くはない。天井のシミを数える間もなく終わるって、あ、ここ天井無かったな。」
お願いだから、服を着てくれ、いやマジで。
誰もいないから良いものの、そういう言動もマジでやめてくれ。
いやいや、と俺は頭を左右に振って抵抗を続けるが、無駄に終わる。
「やめっ!」
ズボっ。
そう、抵抗むなしく俺の頭は、鳩と化した。
レイの被っている馬のマスクと同じ、パーティーで使われるアレだ。
「もう、お婿にいけない」
「ぎゃうぎゃう!」
おい、楽しそうにはしゃぐなゴンスケ。
「知ってるか? 世界の半分は女でもう半分は男なんだぞ?」
「…………」
「もう半分は男なんだぞ! と、師匠の知り合いのエルフさんが力説してくれた」
楽しそうに言うな、腹立つ。
サムズアップもするな。
というか、退け。
今すぐ、俺の腹の上から退け。
「なんで二回言った」
「いや、お前が住んでる東大陸だとその辺まだまだだろうけど、中央大陸は多様性がふつうで、寛容だからさ。
ま、世界は広いってことだ」
「だから、なんの」
「リオさん、師匠のこと好きだもんな。
実らない恋はつらいよなぁ、と思って。
とは言っても、俺は異性の方が好きだから、俺には惚れるなよ?」
「殴るぞ」
もしくは、泣くぞ。
「まぁ、あと中央大陸に行って露骨な反応されたら肩身が狭くなるぞーって、言っておこうかとさっき思いついて。
テツならそんな心配はないと思うけど、いちおうな、いちおう」
「なんで、今?」
「なんとなく。
そろそろ来てくれるとおもうんだけどなぁ」
「助けが?」
「助けが」
レイが答えた時。
ぐぅきゅるるるぅ、と腹の音が聴こえた。
俺ではない。
レイでも無かった。
「ぎゃうるるるる~」
少しだけ元気の無さそうな、そして訴えるような鳴き声。
ゴンスケだった。
「よし、ご飯食べるか!」
レイは言って、ようやっと腹の上からどいた。
「ぎゃうっ!」
今度、ゴンスケには他人からあまり食べ物を貰うなと教えた方が良いかもしれない。
***
ここで時間は少し戻る。
「うわぁ、まじかー、トラブルってマジで重なるんだなぁ」
新聞とインターネットの記事へ目を通しながら、とある喫茶店の片隅でお茶を飲んでいたその少女は呟いた。
中央大陸にある海に面した国の中にあるとある街。
その街の中の喫茶店だ。
桃色の髪と桃色の瞳に、まるで女神だと言われても信じてしまうほどの美貌の少女だ。
「うーん、どうすっかなぁ」
新聞記事には、今彼女がいる国から南へ行った場所にある国で叛乱があったとかで、その国に派遣されていた魔族の幹部が幽閉されてしまったと書かれている。
叛乱を起こしたのは、今の魔族の政治体制に反感を持っている勢力らしい。
さて、その幽閉された幹部だが、彼女――――エステル・アスター・キングプロテアの上司だったりする。
あの上司が敵の手に落ちるとは、今年は大雪か大地震かとんでもない天災が起こるのかもしれない。
エステルはノートをカバンから取り出すと、これからやることを書き出していく。
書いておかないと、忘れそうだからだ。
やがて、書き終える。
「うん、順番だな! 順番!」
エステルはしばらく休暇中、つまり非番なのだ。
緊急招集の連絡も来ていない。
だから、上司の方はまだ大丈夫なのだろう。
もしかしたら、今頃同僚達の手で救助されているかもしれない。
とりあえず、お呼びがかかるまでは、先に来た悪友からのSOSを片付けることに決めた。




