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「聞いてない」
果てない青空と、下にはやはり果てなんてない海。
俺の呟きに、大声でレイが応えた。
「そりゃ、言ってないからなぁ!」
レイは今、ゴンスケの尻尾で出来た檻の中で実に楽しげに上と下、二つの青を眺めている。
そう、俺達はゴンスケを使って海を渡っている最中だ。
目指すは、魔族の総本山たる中央大陸である。
飛行機でも転移魔法でもなく、ゴンスケの飛行によって海を渡っている最中だ。
「飛行機代ケチるなんて。そもそも、これって不法入国になるんじゃ」
「あ、そのへんはだいじょぶよ。
なんせ、俺ってば実は世界を人しれず守る秘密組織の一員でどんな国にもフリーパスで入れちゃうくらい優秀だからさ」
なんだその設定。
「って言うのは、まぁ冗談なんだけど。
今でこそ飛行機や魔法で安全に誰でもあっちこっち行けるし、そのためのルールも整ってる。
でも、ほらこの世界には長命種族がいるだろ?
その兼ね合いで、未だに古いルールが生きてるんだわ。
例えば、ドラゴンを含めた空を飛べる生き物を使って大陸間を飛翔するためのものとかな。
で、俺はその免許を持ってる。なにより安く済むのがいい。
なぁ、ゴンスケ、お前もそう思うだろ?」
「ぎゃう♪」
ゴンスケ、無闇やたらに返事をするなよ。
「でも、こんな長距離移動なんて初めてだし。ゴンスケ、疲れたらすぐ鳴くんだぞ」
「ぎゃう♪ ぎゃっう♪ ぎゃっうぎゃう♪」
ダメだ。初めての遠出でテンション上がってる。
「なぁ、聞いてもいいか?」
俺は、檻にほど近い場所へずるずると移動して、レイへ訊ねる。
「なんだ?」
「なんで、俺を誘ったんだ? ドラゴン飼ってただけって理由にならんだろ」
「うん? うーん? まぁ、なんて言うか動物ホイホイっぽい感じがしたのと、お前の功績を事前に聞いてたからかなぁ」
「なんの」
話だ。
そう続けようとした俺の言葉は途中で途切れる。
何故なら。
「ゴンスケ! 檻を解け!!」
レイがそう叫ぶと同時に、魔法弾のようなものがゴンスケの頭へ直撃し、跳ね返った。
「ぎゃっ?!!」
驚いたのか、なにが起きたんだとばかりにきょろきょろとゴンスケは周囲を見る。
「テツ! ゴンスケに俺を檻から出すよう言え!!」
レイがまた叫ぶ。
直後。
ゴンスケの体が激しく揺れて、急降下を始めた。
ゴンスケの頭の方を見れば、デカいたんこぶをこさえて、目を回している。
と、檻が解けてレイが投げ出されるのが見えたと同時に海水へ体が打ち付けられてしまう。
なんとか海面へ頭だけを出して、俺はゴンスケを呼んだ。
「ゴンスケ!!」
しかし、あの白い巨体はどこにも見当たらない。
たった今、一緒に落ちたはずなのに。
「ぷはっ! あー、びっくりしたー」
近くでレイが顔を出した。
「レイっ! ゴンスケがいない!!」
「沈んだか、ちょっと待ってろ」
言うが早いか、レイは大きく息を吸って海へ潜った。
そして、数秒後。
「さすがドラゴン、目を回したままだ。
大きいダメージもなさそうだし。
ほれ、テツ。水を飲まないように頭持っとけ」
「あ、あぁ。ありがと。
でも、今のって」
「………アイツの悪ふざけにしちゃ悪趣味だしなぁ。
もう気配もない、か」
アイツ?
「とりあえず、泳ぐか」
いや、まぁ確かにここは海のど真ん中なわけで、ゴンスケが目を覚ますまで待つか泳ぐか、ずっとこうやって、揺蕩うしか移動する術がないのだが。
「でも、方角」
「これを見ろ」
俺の言葉に、レイは防水加工された腕時計を見せてきた。
デジタル時計ではなく、長針と短針のアナログ時計だった。
「晴れててよかった。俺達は運がいい」
なんてレイは呟いた。




