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期末テスト二日前。
世間では休日だ。
「それは、ご苦労だったねぇ。見てたよ、動画。
似てるなぁとは思ってたけど、ホントにテツ君だったとはね」
最寄りのバス停からほど近い場所にある、喫茶店【綺羅星】。
この喫茶店は、喫茶店というわりに、料理のメニューが多い。
父の行きつけの店でもあり、昔から家族で外食する時はたいていここになる。
喫茶店の店長は、二十代前後くらいの男性だ。
黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌をした人間種族だ。
ただ、俺が子供の頃からこの店はあるので、本当は何歳なのか不明だ。
「ジルさんが、すごく面白がってたよ」
マスターは言いながら、店の入り口を見た。
今は閉ざされていて、外の様子は見えない。
ジルさん、というのはこの喫茶店の従業員で吸血鬼族のお兄さんだ。
外見は、白銀の髪にこちらも二十歳半ばくらいの青年さんだ。
いま、外ではそのジルさんが体が大きくて店の中に入れないゴンスケの相手をしてもらっている。
俺が今日ここに来たのは、テスト勉強のためだ。
ほどよく静かで落ち着いた雰囲気であり、お昼前のこの時間には勉強するのに丁度いい。
カウンター席にほど近いボックス席に陣取って、教科書やら問題集やらを広げていた俺に、マスターは俺の好きな、そして俺が注文したアイスココアフロートを出しながら話しかけてきた。
なんでも、今日は給料日前でそんなにお客さんはいないらしい。
俺も休憩がてら、マスターについついこの前の騒動について話してしまった。
…………そういえば、話して良かったのかな?
まぁ、マスターは言いふらすことはないからいっか。
そもそも、陰で人質を助ける手伝いをしたことしか言ってない。
詮索もしてこなかった。
それでも、自分がやはり話を聞いてほしかったのかもしれない。
「で、で、王様からのお礼ってなんだったの?」
マスターは、騒動の顛末については聞いてこなかったが、そっちの方は興味津々だ。
「騎士の位? と、三年間分の単位と、高校卒業後の進路によりけりですけど、進む場所に対しての紹介状、あとまぁそれなりのお金と、すごく立派な剣を貰いました」
「おお、じゃあ勉強しなくていいじゃん!」
「いやぁ、さすがにそうは行かないですよ」
「うんうん、偉い偉い。テツ君は偉いなぁ。
あ、そういえば、いつも食材ありがとう」
「?」
「ほら、どうしても買えない材料をギルドに依頼出して納品して貰ってたんだけど、そこそこ良いお金提示してんのに受ける人少なくて、そこにテツ君が納品してくれるようになったからさ」
そう言いながら、マスターは一旦厨房の奥へ引っ込んで、またすぐに戻ってきた。
その手には、皿に乗った丸いパン。
「そんなわけで、はい、これサービス。
特別に今日はお代わり自由だから。
善い行いをしたからには、報われないとね。
食べたくなったら、他のパンも出すから言ってね」
「ありがとうございます!」
一緒に牛乳も置いていく。
マスターはほかの席へ注文を受けに行く。
このパンはここでしか食べれない上、しかも賄い用のやつだ。
俺は、出されたパンにかぶりついた。
中身は真っ黒だった。
マスター曰く、アンパンというらしい。
この店の従業員の一人であり、かつて姉がここでバイトをしていた時に先輩だった女性の好物だ。
賄い用なので、絶対店先には出ない。
「あーー!! タカラの弟君だ!! 俺のこと覚えてる?」
厨房の奥から、そんな声をだしつつ出てきたのは、ジルさんと同じ色合いーー白銀の髪に紅い瞳の女性だった。
歳は姉と同じか、少し低い、つまりは俺と同じくらい。
ジルさんとは、血は繋がっておらず、こちらも人間種族だ。
そして、俺と同じで魔法が一切使えない。
「もちろん、覚えてますよ。というか、リオさんの方が俺を忘れたんじゃないかって思ってました」
「忘れるわけないだろ! 相変わらずおもしろいな弟君は」
カカカ、と豪快に笑ってリオさんはマスターを見た。
「おかえりなさい、リオちゃん。
頼んでおいたものは買えた?」
優しく、マスターがリオさんに聞く。
「それが、どこも売り切れでした」
「また?」
「ええ、また、です。
あ! それよりも、表にいるドラゴン撫でてきていいですか!?
俺、あんなに人懐っこいドラゴン初めて見ましたよ!」
仕事しろ、とツッコミを入れるべきだろうか?
「あー、あれねテツ君が飼ってる子だから、飼い主の許可得てね」
ここ、一応飲食店なんだよなぁ。
まぁ、気にする人もいないから良いのか。




