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小さく、俺は残った二人へ声をかけた。
二人とも、一瞬驚いた顔をしつつもすぐにポーカーフェイスを貼り付ける。
やっぱり、どんなに可愛くても女の子って生まれながらの役者だよなぁ。
怖い怖い。
手短に事情を話し、姉による転移のために二人に触れようとした時、それは起こった。
「ぎゃうるるるーー!」
聞きなれた鳴き声。
咆哮とまではいかない、そんな鳴き声とともに外に面していた、そして、カーテンで覆われていた窓が盛大に割れたのだ。
また、少し姿が変わっていた。
やっぱり今日だったかー、脱皮、じゃなかった進化。
というか、なんでお前ここにいるんだよ?
突然のドラゴンの登場に、武装集団は一瞬の間の後パニックを起こして銃を乱射し始めた。
「ごーー」
しかし、俺がゴンスケの名前を呼ぶ前に、ゴンスケの体がその弾丸を弾く光景を目の当たりにした。
中には火や水、雷などの魔法弾もあったが、それを浴びてなおゴンスケはきょとんとしていた。
ゴンスケ、お前チート無双機能が備わってたのか。
すげぇな。
そういや、祖父が言ってたな、戦車の装甲の一部にはドラゴンの鱗が使われてるんだとか。
なるほど、この硬さなら納得だ。
「おい、二人かかえてゴンスケまで走れ」
横にいた、同じく姿を消していた父がそう指示してくる。
「え、でも、姉ちゃんに転移して貰えば」
『幻術が強制キャンセルされてる。干渉受けてるわ。
転移できなくはないけど、残ってる人質さん達は空から落ちても潰れたトマトにならないくらい頑丈だったりする?
もしくは水中やコンクリの中に入れられても生きてられるくらい生命力強い方?』
なるほど、つまり現状無理だと。
「グゥルル!! ぎゃっう! ぎゃっう!!」
直後、ゴンスケがなにやら唸ったかと思うと興奮し始めた。
「お嬢様方、ちょっと失礼しますよ」
俺は、一言そう断って、しかし返事は待たずアストリアさんとルリシアお姫様の二人を両脇に抱える。
「おおー、テツ君、力持ち」
あの父親にしてこの娘有りだな、アストリアさん動じて無さすぎる。
ん? 君付け?
まぁ、いっか。
一方、ルリシアお姫様の方はと言うと顔を赤らめて恥ずかしそうだ。
すみませんね、緊急事態なもので、ちょっと我慢してくださいね。
「あ、あの、重くないですか? 大丈夫ですか?」
そっちか!!
ルリシアお姫様も、将来漢らしくなりそうだな。この余裕。
いや、この場合、肝っ玉か?
「大丈夫ですよ、うちの姉とゴンスケに比べれば」
携帯が繋っぱなしだったので、俺の言葉が聴こえたのだろう。
姉の低い声が、携帯から漏れでる。
『夏休み、覚えてろ愚弟』
お姉様、口調が変わってますよ?
夏休み明けたら、俺、石の下にいるかもな。ご先祖さま達と一緒に。
「???」
黒い声に、ルリシアお姫様が戸惑ったように、周囲を見回す。
しかし、それに構わず俺はゴンスケの所までダッシュする。
「うああ! はやいはやい!!」
きゃっきゃっとアストリアさんがはしゃぐ。
あー、この子供っぽさ、親子だなぁ。
俺が走り出すと同時に、銃の乱射が止む。
なにやら、人の倒れる音が聴こえるが気にせずにゴンスケの所までくると、姉に魔法を解除してもらい姿を見せた。
すると、
「ぎゃっ?! ぐぅるるる!!」
「唸ってる場合か!! 逃げるぞ!!」
「ぎゃうっ!!」
ぷいっとゴンスケはそっぽを向く。
「なに怒ってるんだよ?!」
「ぎゃうるる!!」
「ゴンスケっ!!」
ちらっと、ゴンスケは俺の抱えるお嬢様二人を見ると、渋々といったふうに尻尾を檻の形へ変形させる。
「ぎゃっ!」
入れろ、ということなのだろうか?
まぁ、これ以上機嫌損ねてもアレだしな。
二人に檻へ入ってもらう、俺も入ろうとしたら檻が閉じられる。
代わりとばかりに、ゴンスケが頭を下ろしてくる。
「くぅるる」
と、今度は甘えた声だ。
乗れってか。
「いいか、あの二人を慎重に運べよ?」
俺はゴンスケの、首? えっと、胴体に跨りながらそう言い含める。
また、そっぽを向く。
こいつ、女の子が嫌いなのか。なるほど。
母や祖母は大丈夫だったし、幼児くらいの子も平気だったから、きっと十代中ごろの女の子が嫌いか、苦手なんだな。
「父さん!」
「よっし、ゴンスケ! 今日の夜はとっておきのおやつあげるからなぁ!」
父が魔法弾を刀で弾き、防ぎながらこちらへ走ってくる。
「ぎゃうっ!」
今度は機嫌良いし。
「よしよし、飛べ!!」
父の指示に従って、ゴンスケは外へ飛び出した。
父は、そのまま勢いよく跳んで檻の上へ着地した。
その一部始終を見ていた俺の目には、その背後、バラバラにされたマネキンのような真っ赤な人の部分が転がっているのが見えた。
その光景を作った父の姿も、赤黒い。
「…………」
こういう仕事、か。
やっぱり自分には無理だ。
改めて、俺はそう思った。
「そういや、ゴンスケまた大きくなったな。
白さも増して、綺麗になったな」
凄惨な光景を忘れようと、俺はゴンスケへそう言う。
すると、
「ぎゃうるるる♪」
かなり機嫌が良くなったのだった。




