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「え、あいつ遊びに行ったんすか?」
テツの家の敷地内にある、野菜が乱雑に転がっている作業小屋でもうそろそろ終わりを迎える枝豆を採っていたオークへ、マサは聞き返した。
オークはもちろん、テツの祖父である。
「なんだ、カジロンの倅とばっかり遊ぶと思ってたんだが、違ったのか」
枝豆を採る手は休めずに、テツの祖父は返した。
「いや、俺じゃないですよ。
でも、そっかー遊びに行ったのかー」
マサはさも残念だとばかりに呟いた。
どうせ暇を持て余して、録り溜めたドラマの再放送でも観てると思ったのに、期待が多いに外れてしまった。
せっかくコンビニでアイスとジュースと駄菓子を大量に買ってきたと言うのに、本当に残念でならない。
アイスは魔法をかけているから溶けないだろう。
しかし、この量を消費するのはいくら両親がいるとはいえ、なかなか骨が折れる。
「じいちゃーん、脚立ってどこにしまってあるー?」
どうしたものか、と悩んでいるとテツの姉であるタカラが顔を出した。
「おや、愚弟の幼馴染みのマサじゃん、久しぶり」
「あ、タカラ姉ちゃん、久しぶり」
「あ、あー、そっか、そう言えば今日か」
マサの顔を見て、タカラがそんなことをブツブツ呟いた。
それから、
「愚弟なら遊びに行ったからいないよ」
「知ってる」
「あ、ねーねー、それなぁに?
お土産??」
「アイスとお菓子とジュースの詰め合わせ。タカラ姉ちゃん食べる?
ゴンスケとトンペイの分もあるし」
「おおー、気が利くねぇ。
それと、トンペイじゃなくてドンベエね、ドンベエ」
「あ、そうだった、ドンベエだ。ドンベエ」
「ま、とにかく上がりなよ。
今ゴンスケ不貞腐れてるから相手してやって」
タカラの言葉に、マサはテツの祖父へ頭を下げて正面玄関へまわって、家に上がらせてもらう。
「お邪魔しまーす」
勝手知ったる他人の家。
今日はテツがいないので居間に向かう。
エアコンがガンガン効いた部屋に、ゴンスケはその大きな身体を丸めて、タカラが言ったように不貞腐れているのか、ムスッとしながらテレビを観ていた。
その背中には、ポンが器用に乗って香箱座りをしたまま欠伸をしている。
「お、ゴンスケ、どーした機嫌悪いなぁ」
そう声をかけたマサをテレビから視線を外して、チラッと見て、
「ぎゃうるるる~」
しょんぼりと鳴いた。
同時に、タカラがマグカップを持ってきた。
マグカップの中にはすでに、氷が入っていた。
「ジュース、二リットルだよね? はいカップ」
「あざーっす」
トクトク、と炭酸のジュースをそれぞれ注ぐ。
すると、その音を聞いていたゴンスケが人間の姿になり、プラスチックのゴンスケ用のカップを取りに行って、戻ってきた。
「ぎゃうっ!」
「あー、はいはい、今あげるから」
ゴンスケの催促に、タカラが一度閉めた蓋を開けてプラスチックカップにジュースを注いでやった。
「ぎゃっう! ぎゃっうー!!」
ゴンスケは尻尾をペチペチやりながら、何かをマサに訴える。
マサは苦笑しながら、その頭を軽く撫でてやる。
「何言ってんのかわかんねーよ」
「ぐぅるるる」
ジュースを飲みながら、一通りぎゃうぎゃう言うとまたムスッとテレビを見始めた。
「一緒に遊びに行けなかったから拗ねてるの」
「あ、なるほど」
マサは、またわしゃわしゃとゴンスケの頭を撫でくり回した。
それがウザかったのか、ゴンスケが軽く尻尾を振るってマサの手をぺちっと叩いた。
マサは不意に視線を、居間と隣合っている台所に向けた。
すると、たまたま餌を食べにきたドンベエと目が合った。
ドンベエは、警戒心丸出しでマサを見る。
それから、餌が盛られている皿の方を見る。
どうしようか、どうしようか、と迷っているようだ。
「そういや、ドンベエは進化してないんだ」
マサがジュースを一口飲んで、何気なく言った。
タカラも、マサが視線をやっている方を見て、いまだ仔犬サイズのドンベエが戸惑ったようにワタワタしているのに気づいた。
「まだだねー。見てみたいから、私の夏休みが終わる前までにはしてほしいんだけどねー」
タカラの通う大学の夏休みは、あと一ヶ月ほど残っている。
「そういや、進化の条件ってなんなん?」
マサはタカラに尋ねた。
タカラは昔から変なことを知っているので、たぶんこの辺のことも知っていると思ったのだ。
「ん?
あー、在り来りなことだよ」
「在り来り?」
「そ、普通に愛情を注いで可愛がること。ただそれだけ。
ゴンスケはトカゲ状態から考えても、たぶん結構進化スピード早かった方だし」
「そんなんで?」
「んー、もうちょい凝った言い方をするなら、愛と献身とかかなぁ。
テツだけじゃなくて、家はみんなでなんだかんだ可愛がってたみたいだし。
ほら、言葉通じなくても語りかけたりするでしょ。
ドラゴンに限らず、ペットに人間のように話しかけるのってわりと普通にあることだし」
「あー、たしかに。
俺も普通に話しかけてた」
「犬だと、訓練すれば指示に従わせることができるしね。
猫も人間の三歳、四歳児くらいの知能はあるらしいから、ずっと話しかけてると言葉を覚えるって聞いたことあるし。
ポンだって、夕方になると二階の窓から母さんや父さんの車が帰ってくるの見てから下に降りてきて、餌強請るしね。
場合によっちゃ、朝、餌目的で起こしにくるし。
ほら、うち基本部屋のドアが引き戸で鍵もないから、開けようと思えば猫でも開けられるんだよ。
で、母さんか父さんの枕元まで行って、ダメージゼロの猫パンチで起こすんだって。こう、ちょんちょんって感じで」
「なんか可愛い」
「で、ドラゴンは基本賢いし、ゴンスケはだいぶ人の言葉覚えたみたいだし」
「ほほう、で、こんなに可愛い家族をほっぽって、テツは遊びに行ったと」
また、わしゃわしゃとゴンスケの頭を撫でたら、テレビ画面が切り替わった。
ニュース速報だった。
慌ただしいニュースキャスターの声がテレビから流れる。
しかし、画面に映るのは、テレビ局の方も混乱しているのかキャスターの姿ではなく、黒煙をあげる王都の駅とその周囲の映像だった。
ライブ中継らしく、映像が流れるなか何かが爆発したのか、黒煙を孕んだ赤黒い炎が上がったのが映し出された。
「え、なにこれ、映画?」
そう呟いたのは、タカラだった。
ゴンスケも、急に画面が変わったのでリモコンを弄っている。
ザッピングしてわかったが、ほぼ全ての局で同じ映像が流れていた。
「これ、王都、か?」
マサも呟いた。
「宮殿からは、離れてるけど駅だわ」
「え、まさか、テロ?」
「と言うよりも、なんだろなんか既視感が」
タカラが、うーん? と首を傾げた時だ。
カメラはどうやら、上空からヘリコプターかそれともドローンで撮影されているらしく、上からの映像だったのだが、それが急にズームになり逃げ惑う人達を映し出した。
高性能なカメラの映像には、くっきりと人々の表情まで映し出されている。
転倒する人、炎に撒かれて倒れ込んで動かなくなる人、我先にと走る人が映し出されるなか、それは映った。
転倒したのだろう少女、その少女を助け起こそうと身をかがめる見慣れた、タカラもマサも、そしてゴンスケもよく知る少年の姿。
「は?」
「え、あの馬鹿、なにしてんの?!」
「ぎゃうるるる~!!?」
テツが少女の手をとって、助け起こそうとした時、少し離れた場所の建物が倒壊した。
その建物は、ビルだった。五階建ての居酒屋や服屋が入っている、ビル。
火こそ上がらなかったものの、そのビルがテツや少女、そして逃げ惑う人達の上に倒れ込んできた。
そんな、誰がどう見ても押しつぶされたようにしか見えない光景が、画面いっぱいに映し出されていた。
ニュースキャスターや、テレビ局で働く人達の怒号や悲鳴が伝わってくる。
ただ、現場の音声が届いていなかったのは、この場合幸いだったのかもしれない。
ここで、テレビ画面が今度は文字だけのものに切り替わる。
『今しばらく、お待ちください』、そんな無機質な文字だけが映し出された。




