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駅に一番近い商業ビル。
その一階と、二階にインターネットカフェが入っている。
そこに護衛さん二人、俺、アストリアさんの四人で受け付けを済ませた。
残りの護衛さんは、建物の外で待機している。
複数人で入れる部屋、ファミリースペースがちょうど空いていたので、四人でそこに向かい、部屋の外には護衛さん二人が待機する形になった。
向かう途中で、ドリンクバーでそれぞれ飲み物を用意するのもわすれない。
部屋の中に、俺とアストリアさんが入る。
中は座敷になっていて、ローテーブルと座布団、あとテレビとパソコンが用意されていた。
「落ち着いた?」
涙は落ち着いたようで、目を擦ってはいなかった。
アストリアさんは、軽く顎を引く動作をした。
「そっか。それで、なんで謝ったの?
俺、アストリアさんに謝られるようなことしたっけ?
なにか、誤解させてたらごめん」
努めて軽く、そしてやんわりと言ってみる。
アストリアさんは俯いたまま、首を横に振った。
「違うの。あの、その。
私の部屋にもパソコンがあるんだけど」
うん?
なぜここでパソコン?
「私の部屋のパソコンもインターネットに繋がっていて、その、それでたまたま調べ物をしている時に、ね」
「うん」
「先天的に魔力がない人、ううん、子供への政策について知ったの」
あ、あー、なるほどそういうことか。
「私、なにも知らなかった。
おじいちゃんが良かれと思ってやったことが、どんなことになったのか、テツ君がそれでどんな目にあったのか、何も知らなかった。
ううん、テツ君だけじゃない。
テツ君と同じような子供たちが、私とそう歳の変わらない子達が、その政策のあとどうなって行ったのか、なにも知らなかった。
知らないまま、私は、テツ君と一緒にいた。楽しいなって思って笑ってた。
それに気づいて、たまらなく私は私が嫌いになった」
アストリアさんは、捲し立てるように涙声で言った。
実際に泣いていた。
大粒の涙をこぼして、顔を両手で覆って、泣いていた。
「運が悪かっただけだから、アストリアさんが気にすることじゃないよ」
俺は、そう言った。
そうとしか言えなかった。
実際、彼女も、彼女の祖父である王様も悪くない。
悪かったのは、俺の運だ。
運が悪かった。そうとしか言えないし、思えなかった。
「でも、だって、死んじゃってる人もいるって!
自分で命を絶った子もいるって!」
「そうなんだろうね。きっと、いつか俺もそうなるのかもしれない。
でも――」
俺は言葉を選びながら、アストリアさんに俺の考えを伝えようとする。
しかし、俺の言葉は途中で止まった。
何故なら、いきなりアストリアさんが顔を上げたかと思うと、俺に飛びついてきたからだ。
唐突すぎて、俺は背中から倒れてしまう。
アストリアさんに押し倒されたような形だ。
「いやだ、いやだよ、死なないで、お願い、死なないで。
私、テツ君のこと、好きなんだよ?
私だけじゃない、ルリちゃんも、ううん、ルリちゃんの方がもっとずっと、私なんかよりテツ君のこと好きなんだよ?
居なくならないで、お願い。
しあわせになって欲しいから」
「………それは、」
命令? それとも指示?
そう口に出そうとして、やめた。
アストリアさんは言ったじゃないか、『お願い』だと。
だから、こう返した。
「嬉しいなぁ」
誰かに面と向かって、こんな風に好意を伝えられるのはこれで二度目だ。
一度目は、かなり困った記憶がある。
でも、その一度目を言った人物は困る俺にこう続けたのだ。
曰く、『素直に受け取れ』と。
アイツも、そう言えば泣いてたなと思い出した。
しかも、怒りながらだったし。
「アストリアさん、ありがとう。
俺は、今はきっとしあわせなんだろうから、だから、そんな泣かなくていいし。
自分を嫌いになったりしないでいいんだよ。
俺も、アストリアさんのこともルリのことも、好きだからさ」
そこで、ゆっくりとアストリアさんが身を起こした。
でも、やっぱり泣いていた。
泣きながら、
「テツ君、その、好きは、どんな意味の好き?」
なんて聞いてきた。
あ、勘違いさせたかも。
「ごめん、言い方が悪かった。
ちゃんと、友達として好きだよ」
「……ルリちゃんの事も?」
「? そうだけど」
「ねえ、テツ君。きいても、いい?」
「うん? なに?」
「テツ君の好きな人って、どんな人?
恋愛的な意味で、その好きな人のこと教えてくれない?」
なんで、ここでそんなことを聞くんだろう。
俺は少し考えて、別に姉やマサにも話していることだから、別にいっか、と思って答えた。
「…………。
綺麗で、可愛くて、優しくて、あとすごく強い人だよ。
なんて言うのかな、恋愛的な意味で好きだとは思うけど、それよりもなんて言うのかな、憧れの方が強いかも」
「どうして、好きになったの?」
「え、うーん? あ、そうそう、たしか姉弟喧嘩して姉ちゃんに負けて泣いてたら、励ましてくれたんだ」
「それだけ?」
「うん、それだけって言えばそれだけかな。
でも、すごく優しくて、親身になってくれて。
気づいたら好きになってたんだ」
「そんなの、そんなのズルいよ」
ん?
アストリアさん、どうしたんだろ。
顔が近づいてきてるような。
「ルリちゃん、ごめん」
小さく、本当に小さくアストリアさんが呟いた。
聞こえるかどうか、と言う声だった。
「テツ君、ルリちゃんの想いの方が私よりもきっと深いと思う。
でも、でもね、私もテツ君のこと好きなんだよ。
こういう、意味で」
俺は、動けなかった。
動こうと思えば動けた。
でも、それには彼女を突き飛ばすことになる。
それは、まずい。
きっと、怪我をさせてしまう。
というか、脳みそがオーバーフローして体が思ったように動いてくれない。
まごまごしているうちに、やわらかい感触が唇にあたった。
ただ、触れただけのそれ。
創作物で幾度も見てきた、それ。
「ねぇ、テツ君。テツ君は私とルリちゃん、どっちが好き?
私も、だけど、ルリちゃんもこういう意味でテツ君のこと好きなんだよ?
ねぇ、好きになるとしたら、どっち?」
時間にして、数秒。
すぐに触れていた唇が離れる。
そして、そう問われた。
「……ごめん、俺は」
なんて、返せば良いのかわからない。
まるで、わからない。
だって、そんな意味で好意をよせられることなんてなかったし、無縁すぎたから。
「俺は、それでも」
しどろもどろに、なりそうだったけれど。
でも、俺の好きな人は決まっているから。
だからそれを伝えようとした。
けれど、それは叶わなかった。
いきなり、建物が揺れて天井が落ちてきたのだ。




