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「さ、サブリナっ、返してくださいっ! 自分で返信しますから!!」
「いやいや、姫様みたいな奥手はいつまで経ってもジリジリとしか進めないんですよ。
見てて焦れったいし、イラつくんです。
ここはガツンと伝えた方がいいですって」
ルリシアから携帯端末を奪い取り、彼女の打ったメッセージ。
その最後に一文を足す。
文を足したのは、ウェルストヘイムにいた頃は常に彼女のそばにいた侍女だった。
ルリシアの金髪が太陽であるなら、その少女の金髪はくすんだ月だ。瞳の色は夜のように深い闇色をしている。
乳母である、テツが内心『鬼婆』と呼称している侍女の次に、ルリシアとの付き合いが長い少女である。
それも公爵家から派遣されてきた娘だ。
元々は公爵家に仕える護衛と諜報を担っている一族の出身で、彼女の場合その才能を見込まれ、ルリシアの護衛にと紹介され採用された経緯がある。
本当は、彼女とともにこちらの国にくっついてくる予定だったが、暗殺騒ぎやらが重なり、主人が無事国を出るため骨を折ったため、合流が遅れてしまった。
彼女の本名はルリシアも知らない。
ただ、侍女兼護衛として彼女はサブリナと名乗っていた。
サブリナが、ルリシアの下にやってきたのは共に八歳頃のことだ。
同い年、ということもあったのだと思う。
二人の関係は何も知らない者から見れば、親しい友人のやり取りに見えるかもしれないが、どこまでも主人と護衛なのは変わらない。
サブリナはルリシアに対して、線引きをしていたし。
ルリシアもその意思を汲み取って、護衛として扱っていた。
だから、久しぶりにあったサブリナがこうして気安く、また不敬ギリギリのスキンシップを計ってきたことに戸惑いを隠せなかった。
「どうしたんです、サブリナ。
貴女、こんなことする子じゃなかったじゃないですか」
そこでサブリナは、ルリシアから奪った携帯端末から顔を上げ、視線を主人である彼女に向けた。
「姫様。姫様はもう少し自分の行動に気をつけた方が良いですよ。
救いの王子様のジャージ、毎夜クンカクンカしてましたよね?」
「…………くんか? ってなんですか?」
「……もらったジャージ、捨てるどころかぬいぐるみ代わりに抱きしめて一緒に寝てましたよね?」
サブリナは言い直して、淡々とメールを打ち終えて無慈悲に送信した。
その送信画面を、どんな文章を付け足したのかをサブリナはルリシアへ見せた。
画面を確認して、ルリシアの顔が真っ赤になって、すぐに真っ青になった。
「なっ、なっ、サブリナっ!!」
ルリシアは直ぐに誤解を解くための短いメールを打ち、送信する。
その顔は、涙目であった。
「姫様、姫様は男子高校生というものを理解していません。
良いですか、こういうのは好きって言ったもん勝ちなんですよ!
好きって言われたら好きになるもんなんです!
とりあえずハッキリ言葉にしてアピールしておかないと、取られますよ」
「でも、テツさんには心に決めた方がいて、だから」
「心に決めた人、ですか。ということは、姫様は略奪愛に目覚めたということですね!
さすが、王者の鏡!! 他国の物は自分のモノ、自分のモノは自分のモノってやつですね」
「違いますっ! テツさんにはたしかに好きな人はいますけど。その、恋人とかではなくて、そのテツさんが好きな人には別に好きな人がいて」
「おや、ということは、その姫様の想い人のテツさんという人は片想いしつつでも失恋し続けてるってことですか。
報われないのに一途に想い続ける、浪漫ですねぇ。
一方通行の恋、報われない恋をしている男、その男の心によりそって支え、ゴールイン。いやぁ、ドラマですねー!
姫様、頑張って! サブリナは姫様の恋、応援しますよ。
何しろ、このサブリナの代わりに姫様の命を二度も救った英雄ですからね。
そして、未来の主人候補ですから」
そう茶化してくるサブリナを王者の風格も何も無い、ただの恋する少女として、ルリシアは睨む。
その視線を飄々と受けて、サブリナは指摘した。
「あ、メール返ってきましたね」
言われて、ルリシアは画面を見る。
たしかに、メールを受信したことを告げる画面が現れていた。
差出人は、ルリシアの想い人であるテツだった。
失礼になっただろうか、怒っていないだろうか。
そんな気持ちで、メールを確認する。
すぐに全文を読み終えて、顔を上げたルリシアはやっぱり泣いていた。
「サブリナのばか、嫌いです、大嫌いです」
目を擦りながら、それでも画面を見せてくるルリシアのことを可愛いなぁと思いながら、サブリナも携帯端末の画面を確認した。
そこには表示されていて、サブリナも全文に目を通した。
「あはは、これは、姫様もとんだ朴念仁に惚れたものですね」
サブリナは乾いた笑いを浮かべて、ルリシアの頭を小さい子供をあやす様に撫でた。
「でも、姫様。これならもう一歩な気がしますよ。勘ですが。
さらに『いいえ、本気であなたを愛しています』って返信しましょうよ」
「で、できるわけないでしょう!
今はアストリアさんのことで相談してるんですよ!
不謹慎ですよ」
「あ、それもそうでしたね。
じゃあ、姫様、聞きますけど」
「はい?」
「そのご友人の相談というか懸案事項が解決したら」
「はい」
「告白、するんですか?」
「うぇっ!?」
想像以上に変な声が出てしまったことに、ルリシア自身も驚いた。
「そこまで驚く、ということは考えてませんでしたね。
姫様、考えてみてくださいよ。
人の心は儚いものです。そのテツさんという人がどれくらい同じ人に恋し続けているかはわかりません。
もしかしたら、明日にでもさらに魅力的な人が現れるかもしれませんし。
そのテツさんの簡単なプロフィールは、鬼畜婆、じゃなかった先輩から聞いていますから、私も知ってますけど。
あえて言いますね。姫様が好きになる、好きになったということは、数は少ないでしょうけど確実に恋愛感情として彼に思いを寄せ、慕う子がこれからも出てくる可能性は決して低くないはずです。
姫様、指をくわえてそれ見てるつもりですか?」
「そ、それは」
サブリナの言葉にルリシアは揺らぐ。
誰にもテツを奪われたくない。
出来ることなら自分を選んでほしい。
「姫様、姫様はやがて王様になるんですよ。
そしたら、もう会えないかもしれませんね。
下品で、生々しいことを言うなら、ここで欲しいものを手に入れなければ、姫様は好きでもない男性にその体をあずけ、さらけ出し、子供を設け、その子供が次代の王様になる仕事を全うしなければなりません。
それで、良いんですか?」
ルリシアは俯いてしまって、答えなかった。
その心情はとても複雑だった。
手に入れるだけなら、ルリシアにも出来ることはたくさんある。
でも、それをしてしまえば、彼に嫌われてしまうことは確実で。
汚いこと、やましいことは何もせず、綺麗なまま彼を手に入れたい。
でも、知っている。欲しいものを手に入れるためには時に手を汚さないといけないことを、ルリシアは兄たちの殺し合いを見て知ってしまった。
あんな風にはなりたくないとそう思う。
出来ることなら、まだ綺麗なままで。
彼から見る自分が、綺麗なままでありたいとやっぱり思う。
そして、何よりも彼以外にこの身に触れてほしくはない。
「アストリアさんの、」
「はい」
「友人のアストリアさんのことが、終わったら、改めて想いを伝えたいと思います」
それは、宣言だった。
ルリシアの決心、その表れでもある。
「おおー、姫様成長しましたね」
パチパチパチ、とサブリナの拍手が響いた。




