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ルリシアさんからのメールが届いた直後、内容を確認する間もなく今度はサクラからメールが届いた。
サクラの方のメールのタイトルが、【悪い、忘れてた】というもので何となくそれが気になって、そちらから開いて目を通す。
要約すると、サクラがルリシアさんに俺のメアドと番号を教えたらしい。
こうして俺と連絡を取り合ってることは、鬼婆侍女さんには内緒で、親しい別の侍女さんの協力を得て、こうしてメールを送っているとのこと。
そして、肝心の本題だが。
ルリシアさんが何か悩んでいるらしいので話を聞いてやってほしい、というものだった。
「悩み?」
王族の悩みなど、俺に相談されても力になれるとは思えないが。
とりあえず、今度はルリシアさんの方のメールを開いてみた。
そこには、とても丁寧な文章で、まずいきなりメールを送ったことを謝罪する文言と、そのあとにルリシアさんが抱える『悩み』について書かれていた。
それによると、どうやらアストリアさんが何か悩んでおり、最近元気がないらしい。
同じ学校に通い、彼女と連絡をこまめに取り合っている(とルリシアさんは思っている)俺になにか心当たりはないか、またアストリアを元気づけるためにできることはないかという相談メールだった。
「夏バテ、とか?」
首を傾げながら、返信はせずに呟いてみる。
うーん、体調不良だったらルリシアさんがわざわざ俺に相談メールするのもなんか違う気がする。
というか、直接聞けば良いんじゃね?
こんな回りくどいことしなくても、そっちの方がいい気がする。
俺がメールの返信を打ち始めると、姉がテレビの前から動く気配がした。
父と一緒に枝豆を貪りながらビールを呑み、プロ野球の延長戦をボーッとみていた姉が二本目の缶ビールを冷蔵庫に取りに行こうとする。
と、俺と目があった。
「なに?」
「ん? んー、悩み相談受けた」
俺は答えて、またメールを打つのを再開する。
「ほほぅ。恋バナ?」
「たぶん、違う」
姉が冷蔵庫に行って、戻ってくる。
その手にはキンキンに冷えた缶ビール。
「夏休みももう終わりだし、童貞捨てた子からの相談という名の自慢話だと思ったのに、残念」
缶ビールのプルタブを開けて、グビグビ飲みながら姉は続けた。
姉は今ノーブラのTシャツ姿で、缶ビールを呑むとオヤジくさいことを言った。
普通にセクハラだが、あえて聞かなかったことにする。
それにしても、アストリアさんの悩みねぇ。
うーん?
金持ちで、アイドルとかモデル並の容姿で、サクラ好みの笑顔を持つ、アストリアさんが抱える悩み。
想像つかない。
親しくはしてもらってるけど、そもそも住む世界が違うお嬢様だし。
近い位置にいるルリシアさんがわからないことを、俺が分かるはずはないのだ。
「よし、こんなもんか」
俺が文字を打ち終わり、いざ返信しようとした直前、
「どれどれ?
んー? これ女の子? もしかしなくてもメールの相手、女の子??
ルリシアって女の子の名前だよね?
もしかして、前助けたっていうお姫様?
たしか名前同じでしょ」
姉に携帯端末を、ひょいと奪われて中身を読まれてしまう。
そして、ほろ酔いなのかかなりウザイ絡み方をされてしまう。
と、今度は、テレビを見ていた父が、ルリシアさんの名前が出た途端、こちらのやり取りに興味を持ったのか、声を掛けてきた。
「お前、まさか連絡取り合ってるのか?」
言外に、いつの間に、という響きが含まれている。
「違う、今日が初めてだよ! 姉ちゃん、いいだろもう!
携帯返してくれよ!」
「いやいや、私的なものとはいえ王族の人に出すメールなら、失礼がないようにお姉様がチェックしてあげる」
余計なお世話だ。
俺は手を伸ばして、携帯を奪い返そうとするが、姉にヒラヒラと躱されてしまう。
「ふむふむ、失礼な文ではないね。
このアストリアって子は? 誰? この子も女の子?
なにあんた、もしかして二股してんの?」
メールの内容をチェックしたのなら、そんなことは無いのはわかりきってるだろうに姉は剣呑に目を細めると、
「ちょっとそこ座んなさい。正座、正座しなさい!!」
「え、なんで」
「問答無用!」
何故か一喝され、俺は言われたとおり正座する。
姉は、手に持っていた缶ビールを一気に飲み干すと、またキッチンに行き、祖父の一升瓶から清酒をマグカップに注いで戻ってきて、それをソファに座りちびちびやりながら、
「あんた、この前、たしかに私は言ったよ。
大切な人を作らない方が良いってね」
この前っていつだよ。
そんなこと言われた記憶ないぞ。
「それがなに?
二股?
ハーレム主人公気取りか、この愚弟!」
どうやら姉は酔っ払って、脳内で何かストーリーを作り出しているようだ。
「女を二人も相手して、もしかして二人とも平等に愛してるとか言っちゃう屑男に成り下がっていたとは」
クダを巻き始めた姉に気付いて、ゴンスケとドンベエが動画よりこっちが面白いと思ったのか見てくる。
「屑って」
「だって屑でしょう。
その女の子達は、アンタの一番でいたいだろうに、平等とか公平とか、二人とも同じように好きだから選べないとか、そんな温い言葉で言いくるめられちゃって、可哀想すぎる」
姉が何を言っているのか理解できない件。
完全に酔ってるな、これ。
言ってることが支離滅裂すぎる。
それに、二股とかが許されるのは創作物の中でだけだろうに。
そもそも、メールをちゃんとチェックしたのなら、そんな設定話は出てこないはずだ。
「友達ならまだしも――」
と、姉の支離滅裂なお説教っぽいものがクドクドとしばらく続いた。
そんな姉と俺を交互に見ながら、ゴンスケが何故かうずうずしていたが、とくにアクションを起こすとかはなかった。
ドンベエはすぐに飽きたのか、また動画を見始める。
と、視線を逸らしていたことを姉に気づかれてしまい、
「ちゃんと聞く!!」
また一喝されてしまった。




