119
それから、サクラは聞いてもいない女子会の様子をさらに事細かに語ってきた。
その時行ったカラオケ店は、学割が使え、フリータイムにしたのでドリンク飲み放題をつけ、さらに期間限定でポテトフライが安かったので大盛りを頼んで三人でシェアしたというのだ。
「いやぁー、アーちゃんは手で食べるのそんなでもなかったんだけど、ルリッペがかなり驚いてて、だから教えたのよ。
こういう所では、はしたない食べ方がマナーだって。
そしたらルリッペも、アーちゃんに負けず劣らずの笑顔で、とっても美味しそうに手で食べてた」
知らないとは言え、隣国の次期女王様に何してんだこいつ。
それにしても、カルチャーショックだっただろうなルリシアさん。
世が世なら不敬で、サクラの首飛んでたかも。
「いやぁ、美少女の笑顔は癒されるねぇ。
あ、そうだ。これもアーちゃんとルリッペ、二人から聞いたんだけど」
「ん?」
「テツ、ドラゴン拾って飼ってるんだって?」
「そうだけど、あれ?
話してなかったっけ?」
訊かれて、俺は首を傾げながら返した。
サクラは手をパタパタ左右に振りながら、
「聞いてない聞いてない」
と言ったので、俺は携帯端末を取り出すと待ち受けを見せた。
前までは、いわゆる推し、もしくは嫁の画像を待ち受けにしていたのだが、つい先日ドラゴンのゴンスケとドンベエ、そして、三毛猫のポンが一緒に昼寝しているのを見つけて、撮った画像に変更したばかりだった。
そこには、ドラゴン姿のゴンスケが丸まって寝ており、その体の上に、同じように丸まっている毛玉と黒い固まり――ポンとドンベエが写っていた。
「……あれまぁ、癒しだねぇ。罪がないねぇ」
なんか婆臭いセリフを吐きながら、サクラは微笑ましそうに画像を見る。
やがて顔を携帯端末から俺に向けて、
「変身バージョンはないの?
人間に変身できるんでしょ?」
そう聞いてきた。
なんで変身できること知ってるんだよ。
って、アストリアさんとルリシアさんが話したのか。
ルリシアさんは、変身のこと知らないはずだけど多分アストリアさんから聞いてるはずだ。
もしかしたら俺が送った画像を見せてるかもしれない。
「というか、アーちゃんからテツが送ったっていうこのドラゴン、えっと、ゴンスケとドンベエだっけ?
その画像を見せてもらったけど、写りの良い奴しかなかったよね?
ほかにもあるでしょ?」
透視能力でもあるのかこいつ。
俺は、一旦携帯端末を自分に向けてもう一度操作して、カテゴリわけしておいた画像ファイルを出すと、サクラにもう一度携帯端末を渡した。
「おおー、やっぱりたくさんある!」
サクラは指で画面を撫でながら、俺が自主的にお蔵入りさせていた画像を見ていく。
「やっぱり?」
「知り合いにさ、馬鹿みたいにペットの画像を撮りまくる人がいて、テツもそこまでじゃなくてもある程度、枚数撮ってるかなって思ったら案の定」
まるで、計画通り、とでも言いたげにサクラはニヤニヤする。
「なんならルリッペにも送ってあげなよ、喜ぶよ」
「いや、俺、連絡先知らないし」
前のいろいろあった食事会も、父経由だった。
雑談はしたけれど、鬼婆侍女さんの目もあったからそんな軽々しく連絡先の交換など出来なかった。
連絡先の交換と言えば、サクラとも交換はしていない。
ここで、顔を合わせるだけだったし、それで事足りるようなやり取りしかしていなかった。
知り合って、その翌週には一緒に特撮の映画を観に行ったが(これも応援上映だった)、その時は現地集合することに決まっていたし、どちらかが遅刻しても先に入ってるというところまで打ち合わせしておいた。
俺もサクラも遅刻せず、童心にかえって、スクリーンに映し出される特撮ヒーロー達に声援を送り、とても楽しんだあとはその映画館が入っている建物の、別の階にあるフードコートで感想を語り合った後、現地解散した。
「そうなの? そう言えば私もテツの携帯番号知らなかった。
登録するから教えて。
私のは――」
そうして、俺とサクラは出会って何ヶ月も経過した今頃になってお互いの番号を交換した。
それから、サクラはさらに訊いてきた。
「そう言えば、今日はそのドラゴンちゃん? それとも君? 達は来てないの?
あ、駐輪場の所に繋いでるとか?」
「アホ、こんな炎天下の中連れ出したら熱中症になるだろ。
家のクーラーの効いた部屋で姉ちゃんと一緒にゴロゴロしてた」
「……ドラゴンでも熱中症になるの?」
「この前散歩に連れ出して帰ったら二匹してグッタリしたから医者連れてったら熱中症って言われた。
点滴打ってもらった」
ゴンスケもドンベエも、注射が嫌だったようでしばらくいじけていた。
「ドラゴン用の点滴って値段高くて、驚いた。
ドンベエはまだ針が普通ので刺さったんだけど、ゴンスケのウロコが硬いからさ、専用のデカくて太い針でやんないとだったから、暴れて大変だった」
「熱中症でグッタリしてたのに、暴れたの?」
それな、本当に、それな。
それまでグッタリしてたのに、特注だろうそのドラゴン用の針を見た途端暴れだしたのだ。
火事場のクソ力というやつだろう。
ちなみに、ゴンスケは熱中症のせいもあり体を小さくしたり、人間になることができず、さらに今は体がデカいので小さかった頃のように動物病院の中には入れず、こういう時のためなのか、他にも大きなペットを介護する場所が駐車場内にあった。
別館であるそこは、屋根があり、ちょっとした市民体育館のように広々としていた。
その別館で、ゴンスケは暴れだした。
ので、車は軽トラを祖母に出してもらい、そして父親の車を借りて何故か一緒に着いてきた姉と一緒に三人でその体を押さえつけ、その隙に点滴の針を刺してもらった。
刺してからしばらくは暴れそうになったが、少しすると大人しくなった。
ちなみにこの間、ドンベエは本館の方で美人な助手さんの看護を受けていた。
まだまだ甘えたがりなのか、すぐに大人しくなって猫なで声のような甘えた鳴き声をしていたらしい。
その話をきいたサクラは腹を抱えて笑った。
泣く子も黙るドラゴンが注射嫌いという、その点がツボだったようだ。
結局、その日は二人して本は読まず、雑談で過ごした。
やがて、午後五時を告げるチャイムが鳴ると、サクラはバイトのため帰っていった。
それを見送ってから、俺も数冊本を借りて帰宅した。
その数時間後。
ゴンスケ、ドンベエと一緒に風呂に入って、上がって、ゴンスケが人間姿で、ドンベエはドラゴン姿で買い与えたゴンスケ専用端末を使って動画を見ている横で、俺の携帯が震えたのでまた迷惑メールでも来たかと思いながら、チェックする。
メールではあった。
しかし、登録していないアドレスからのメールだった。
普段なら開かず削除するところだが、件名のところに書かれていた名前に思わず開いてしまった。
ルリシアさんからだった。




