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「というか、なんで鏡調べてんの?
家から出るんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけどさー。
それでも調べられるのは調べなきゃ。
つーかさ、やっぱりおかしいよね、ここ」
「?」
「思考が制限されてる」
「思考? 行動じゃなくて?」
「そ、行動もだけど思考も。
あんた、気づいてる?」
「何に?」
「さっき、あんた、ドアノブ壊したでしょ?
で、いつもの私だったらどうしてた?」
「え、えーと、いつもだったら、シャラくせぇとか言って蹴破ってそうだけど。
ほら、ここ他所の家だし。
その辺、普通に空気読んでるのかなって思ってた」
そもそも他人の家を損壊するなという話なのだが、俺が言えるわけはなく。
一つ、正直に言ってしまえばそれこそ魔法でも空間転移でも使って外に出れば良いのにそれをしていないので、仕事を全うしようとしてるのかな、姉も大人になったなぁ、と思っていたりしたのだが、100ぱーどつかれるので黙っていた。
「そう、それこそ魔法でも使って出る方法だってあるのに。
私にはそれが出来るのに、しようとさえ思わなかった。
ってことにさっき気づいた」
さっき気づいたんだ。
「気づきって大事だよねー」
姉が、鏡にぺたぺた触れている。
「お?」
姉が奇妙な声を出す。
見ると、姉の鏡に触れていた手が、ズッポリと肩口まで鏡の中に呑まれていた。
「おおー。昔読んだ絵本みたい。
ほら、覚えてる? 綺羅星に置いてあった絵本」
姉の言葉に、懐かしい記憶が蘇る。
覚えてる。
「あー、あったな、えっと。
そういや、あそこには、たくさん絵本があったよなぁ。
それは、今もだけど。懐かしいなぁ。
たしか、鏡の国の」
そう、訓練所に入る前の曖昧な頃の記憶だ。
曖昧なのに、不思議と鮮明に俺は物語の内容を覚えている。
俺が本のタイトルを言おうとするのを、姉は遮る。
「絵本だけじゃないけどねー。
ほら、行くよ!」
その顔には満面の笑み。
姉は、俺の腕を掴んで鏡の中に引きずり込む。
「ここから出るんじゃないの?」
「いや、仕事はちゃんとしないとでしょ」
あ、やっぱり大人になってる。
「…………それに、知りたくない?」
「なにを?」
「私は知りたい」
「だから、なにを?」
「ここには、答えの一つがある気がするんだよね」
「だから、なんの話しをしてんだよ、姉ちゃん」
鏡の中に、俺の体がすっぽり飲まれる。
同時に、姉が返してくる。
俺を真っ直ぐに見ながら、言ってくる。
「あんたの話」
「はい?」
「思考の制限にもちょこっと繋がるんだけどさ。
おかしいと思わない?
あんたみたいな体質持ちが、ほかの障がい持ちよりも冷遇されてるの」
「いや、差別や偏見はどこにでもあるっしょ?」
「そう、そうだけど、そうじゃない。
異様なんだよ」
「なにが?」
「あんたは、考えたことないの?」
姉は、少しイラついているようだ。
俺はその問いの意味がわからなくて答えられない。
「…………少しは外に出た方がいい」
「散歩ならしてるし、映画も時々見に行くし。
この前はマサと焼肉行ったけど」
「…………はぁ」
姉が、呆れたように息を吐き出した。
「そういうことじゃない。
旅行、行ったんでしょ?
改めて聞くけど、どうだった?」
「え」
俺は言葉に詰まる。
どう、と聞かれても困る。
「ドンベエ拾えて良かったかな」
「あんた、それ本音?」
「あと、大変だった。そういや、死にそうになった」
「それだけ?」
「うん? そうだけど?」
「もういい。
それと、あんたは大事な人を作らない方が良い。
今のままだと絶対泣かせる」
なんでここで彼女を作るとかいう話になるんだ。
いや、少し作りたいなぁと思わなくもないけどさ。
欲しいっちゃ欲しいけど、無い物ねだりはしない。
「あと、普通に楽しかったよ」
たぶん、姉が聞きたい答えはこれだろう。
俺がそう言うと、姉の目が輝いた。
「アイツらとなら、また旅行行きたいって思う程度には、楽しかった」
「そっか、それなら良かった。
うん、楽しいを感じたなら、いい旅行だったんだわ」
姉がどこか安心したように、そう言った。
しかし、そんなのより、今はゴンスケだ。
だいぶ長い時間、外に一人、独り?
一匹?
いや、一頭?
ドラゴンの数え方ってそういや、どれなんだろ?




