彼が下した判断
戦闘が開始されてから30分ほど経つ。
火竜は火炎の息を吐き、周囲を焼き払った。
風竜は、洋子が扱うような風牙や、両翼を使って旋風を巻き起こす。
水竜は、細く吐き出した水で石道すらも切断し、土竜は、自らの体を使い突進攻撃を繰り返してきた。
心を躍らせた風景が、戦闘が開始されるなり大きく様変わりする事になってしまう。
「くそったれが!」
「どきなさい!」
「――って、香織さん!?」
須藤が振り向くと、ヌンチャクに風+を使用した香織が2人いた。
すでにパワーも使用済み。
まるで双子のように別れた香織達がスラッシュを放つ。
(あっ!?)
瞬間、失敗を確信した。
香織が撃ち込んだ2つのスラッシュは、狙いどおりであれば土竜の胸へと同時に向かうものだった。
しかし、石のような色をした鱗を破壊し、肉へと届いたのは1発だけ。
もう1発は土竜の足元を崩しただけに終わってしまう。
『グルルゥゥ……』
下で聞いた竜と似たような声が耳に届いた。
命中したスラッシュによるダメージで力を落としたのは分かるが、それは良治達とて同じ。
すでに各自が魔法を多用しており、洋子にいたっては1つ目の魔石を握り締めている。さらに言えば、4竜の攻撃によって2手に分断もされていた。
「頼む!」
「はい! 金剛鎧!」
須藤達から離れた場所に、良治と洋子がいた。
彼等が相手をしているのは火竜と風竜であり、須藤と香織には、土竜と水竜が襲い掛かっている。
決め手なりえるパワー型融合魔法を使う機会など勿論ない。
それを悟った香織が、状況打破を目的に固有スキルによるスラッシュ攻撃を行ったが結果は失敗。
「やってやらぁ!」
須藤が大きく叫び、ジャンプスキルを使って上空へと飛びあがった。
地上へと残った香織は須藤の狙いを知り、出したままでいる分身体を土竜へと突っ込ませた。
――が、走り出した分身体の体が真っ二つに引き裂かれてしまう。
「ッ!?」
何が起きたのか、すぐに分かった。
周囲にあった建物が切り裂かれているのは、その攻撃のせいでもある。
魚のような鱗で覆われている水竜は、水を細く吐き出し物質を切り裂く力をもつようで、その攻撃を受けると香織の分身体のようになってしまう。
左右に切り裂かれた肉体が倒れると、すぐに消失。
その時、香織が目眩を感じた。
「――もうなの!?」
魔力切れ。それがやってきた。
ミラージュ効果を使ったのは一度だけだが、それ以前にも魔法を多用している。
その影響があったのだろうという推測は出来たが、予想よりも早すぎた。
貧血にも似た脱力感から抜け出すために、ポーチに手をいれる。
冷たい石の感触を感じた時、香織が息を吐いたが、その瞬間、彼女の頭部に穴が開いた。
引き裂く事が出来るなら、貫く事なぞ容易い
水竜が放った一撃は、香織に死の記憶すら与えず静寂をもたらした。
警戒して当然な事であったが、意識が朦朧とした状態で躱す事など出来はしない。そうなる前に、魔石を使用するべきだったのだが、ステータス表示も無ければ、魔力を感じる事も出来ないゲーム。
自分が、どの程度までなら大丈夫なのかを把握するには経験によるしかないが、香織は魔法を頻繁に使うタイプではないのが仇となる。
固有スキルによる魔力減少は警戒していたが、数発の魔法と固有スキル一発で、限界が来るとは思っていなかったのだろう。
「てんめぇえ――――!!!!」
須藤が鬼の形相で落ちてくる。
手にするは固有スキルであるラージ・ランスを使用したアダマンの槍。
本来邪魔な土竜を狙うつもりであったが、上空にいた時に水竜の動きを察知し、香織の危険を知ると標的を変えた。
勢いをつけた槍で貫こうとする須藤であるが、その眼下で香織が床に倒れ血で濡らしてしまう。
須藤の感情が怒りに支配されたのも無理はないが、彼が持つ槍の属性は風のままであった……。
『キュルゥゥウ!』
槍が水竜の体を貫いた。
須藤が持っていた巨大な槍は、確かに水竜の体を貫いた。
しかし、須藤の手に肉を貫いたという感触が伝わってこない。
伝わってくる感覚は……。
(こいつ水にもなれるのか! ――って、待て!?)
水竜である事は知っていたが、鱗をもち肉ある体を有するなら物質によるダメージぐらいあるだろう。そう考えてはいたが、結果はノーダメージ。
その上、槍ごと降ってきた須藤も水竜の体の中へと沈み込んでいく。
「んなぁ!?」
どぼどぼと沼にでも入って行くかのように沈みだす。
予想していなかった須藤の顔も、水竜の体へと飲み込まれそうになった時、
「火球!」
離れた場所にいた洋子からの援護射撃が入った。
放たれたのは2発の火球。
須藤が入りかけていた胴体部分へと直撃すると水竜が泣き声をあげる。
そのショックによるものか、体を沈みかけていた須藤が石床へと投げ出されると、受け身をとるかのように転がった。
「た、助かった!」
「油断するな!」
一安心した須藤に良治の激が飛んだ。
その須藤の側には、物言わぬ香織の体がある。
目についた須藤は、歯を食いしばり穂先を上げ構え直した。
(ぜってぇえ殺す!!)
目の前にいるのは土竜と水竜の2匹。
それでも殺すと、彼は息舞いた。
援護射撃を行った洋子をみれば、その手に2つめの魔石が握り締められている。
「大丈夫か?」
「まだ戦えます。でも、須藤君が不味いです」
「分かってる……」
「香織さんも、どうにか蘇生させないと……」
「……悪いが、話はあとだ」
良治の額から一筋の汗が流れた。
洋子が言いたい事は理解できるのだが、今はそれどころではない。
眼前にいる火竜。
そして上にいる風竜。
どちらも強敵だ。
片方だけなら。
あるいは4人が揃った状態なら。
2匹の竜に対して遅れをとる事は無いだろうが、今いるのは自分と洋子のみ。
(蘇生は無理だな。なら……)
良治の思考が回る。
須藤と合流する事は出来るだろうが、香織の蘇生を洋子に任せたとしても、その時には4竜を全て相手にした状態となる。
蘇生魔法を使われた香織が意識を覚ますのには時間も必要だ。
……なら。
(何とか隙をついて――!?)
考え事をしている最中に、火竜の口から燃え広がる火炎が吐かれた。
良治は右に。洋子は左へと飛び跳ねる。
その跳ねた洋子に向かって風竜が襲い掛かる。
「雷光!」
そう来ることは予測済みと雷光の魔法を放つ。
光の帯のようなものが空に描かれ、風竜へと命中。
頭が一瞬もちあがるが、すぐに力を失くしたかのように体ごと落ちてくる。
倒せたわけではないだろうが、麻痺効果は発生したかのように見えた。
(今しかない!)
考えた結果、良治は迷宮に来て以来、初めての判断を下した。
それはつまり……
「逃げるぞ!」
「は?」
「え?」
「何も言うな! いいから逃げろ!」
逃げろといった男が、火竜へとスラッシュを放つ。
言っている事とやっている事が違う! と洋子は思ったが、そうではなかった。
「こっちだ!」
火竜を傷つけ怯んだ隙に、跳ね飛び洋子の元へと来た
「か、係長!?」
「ぼさっとするな! 須藤君も来い!」
洋子の手を力ずくで握り締め叫ぶと、空へと飛んだ。
取り残されかけた須藤は横目で香織の姿を見てから、歯を強くかみしめた。
「くっそぉおお―――!!」
大きく叫び、須藤も跳ね飛ぶ。
先に逃げた良治を須藤が追いかけるが、その背を追うものがいない。
残されたのは赤い服をきた女の死体と4竜のみ。
良治達が逃亡したのを見つめていた竜達であったが、追いかける様子もなく姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少し時間が経過してから、香織の意識が目覚めた。
「……洋子さん? えっ?」
目にしたのは自分の部屋ではなく、須藤と洋子の顔。
その洋子が、ほっと息を吐くと、隣にいた須藤が涙目ながら香織へと抱き着いてしまう。
「な、なに!?」
「よかったっす! ほんと、よかったっ―――イッ!?」
須藤が大声を出していたが、香織の拳が飛ぶなり横にあった飲料水の自動販売機へと頭をぶつけ、鈍い音を出した。
ここは洋子の休憩所。
香織は、その中にあるベッドの脇で蘇生されていた。
「……須藤君大丈夫か?」
「平気っす! とにかく香織さんが無事でよかったっすよ」
痛みは酷いだろうに、自分の頭を撫でながら須藤は微笑んでいた。
目が覚めたばかりの香織は、そんないつものような光景に、夢でも見ていたのかと思いかけたが、洋子の表情を見るに違うのだろう。
「戻る事になりました」
「戻る? ……17階から撤退するの?」
「はい」
「……分かったわ」
どういった経緯で、撤退の判断がされたのか分からない。
しかし、その理由の一つは間違いなく自分の死が関係している。
知った香織は、自分には何も言えないと悟り黙って従う事にした。
4竜との戦闘によって破壊された場所から、洋子の休憩所へと繋がる玄関とマットが消え去ったのは、その後すぐの事となる。
一度は逃亡した良治達であったが、その後、洋子のマップスキルを使い周囲を警戒しながら香織の死体があった場所へと近づいた。
敵の場合は赤いマーク。
味方の場合は青いマークが表示されるようで、洋子がパーティーリーダーである限り、全員の迷宮スマホで見る事ができる。
逃亡先で、須藤が不満を口にしたが、香織を蘇生させたあと下の階へと戻る事を教えられると黙った。
少し経ってから良治の考えは実行され、休憩所の中へと香織が回収され蘇生されたという流れのようだ。
――15階へと移動後。
洋子の休憩所が出現するが、中から誰も出てこないのは、これからについて話しをしていたからだ。
「次のPTが上がってくるのを待ってみようと思う」
到着するなり良治が真剣な顔つきで言う。
洋子と須藤はすでに知っていたようで、何も言わなかった。
教えられた香織は、予想していたのか黙って頭を一度下げた。
「悪い……。逃げ回る事も出来るだろうし、何度か戦えば勝てるようになるとは思うんだが……」
「その勝てる戦いでも消耗が激しい事ぐらい分かるわ。……それに、逃げ回っていたら、敵の数が増える事もあるでしょうし……。大丈夫。鈴木さんは間違っていないわよ」
「そう言ってくれると助かる」
言い聞かせようとしたはずの良治が、逆に香織によって励まされてしまう。
そんな2人を見ていた洋子と須藤は、そろって安堵しホっと胸を撫でた。
この日、良治は初めて撤退を考え実行した。
この話は掲示板にも書き込まれ大騒ぎとなり、他のプレイヤー達を唸らせる結果となる。
報告が済み、残された時間についての相談をはじめると、香織が自分のスキル訓練をしたい事を言い出し始めた。
「なら、12階が良いだろうな」
「そうしてもらえると助かるわ」
「また、トロルとミノタウロスっすか?」
「あれが、サイズ的に一番近いからな」
「私達って、何度12階で訓練するんでしょうね?」
「分からん。もう見慣れ過ぎて親しみすら感じてしまう」
冗談なのか、本気なのか分からない口調で良治が言うと、3人共が呆けたように口を開くが、一瞬の間を置いてから笑い声をあげた。
「そんなに変な事を言ったか?」
本人は本気だったようだ。
それがさらに3人を呆れさせ、笑いを与えてしまう。
――撤退はした。
だが、最悪の気持ちのまま終わったわけでも無い。
香織の要望どおり12階へと移動し、親しみすら感じるようになったトロルとミノタウロスを相手に訓練をする事になった。
明日は土曜日。
久しぶりの週末である。
撤退という二文字が刻まれる事になったが、暗い気持ちのまま週末の休みに突入という事ではなかった。
それは良かった事なのだろう。
なにしろ、明日の土曜日は、洋子と約束をした日なのだから。





