ヘイト
――良治の自宅アパート
「……まだ情報がないか」
現実へと帰るなり、予想スレや攻略スレの方を覗いてみた。
大剣術士達が遭遇したとミミックについてどうなったのか知りたいが為。
(まだ早いだけか? ……気にはなるが明日になれば分かるし夕飯でも買ってくるか)
ノーパソを閉じ夕飯の事を考える。
たまには弁当屋にでも行ってみるか?
それとも居酒屋に行って……
(肉じゃが……)
夕飯の事を考えていたら、洋子が作ってくれるという肉じゃがの事を思い出し自然と顔が緩むが、
(いつも弁当を用意してもらっているし、何かお返しをしないとな……)
そんな事を考えるのだが気が利いたものとなると思い浮かばず、悩みながら弁当屋へと向かった。居酒屋に行くと、肉じゃがを注文したくなるので、我慢しようと思ったのだろう。
良治が、洋子の手料理に対する返礼を思いつくまでは、少しかかりそうである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の木曜日。
朝から土+の効果について話し合い色々と試してみたが、結局分からないまま時間が過ぎてしまい、階段前で良治が諦めたように言った。
「……16階に進んでみるか?」
洋子は即座に頷いた。
香織は、今日こそは挑むだろうと考えていたので悩む事もなく賛同。
須藤の場合は、香織が良いなら異論はない様子。
「じゃ、一休みした後で挑戦だ」
「予想ではボスですね!」
「らしいな」
「楽しみですか?」
「……そんな事はないぞ」
洋子の尋ねに顔を反らす良治であったが、尋ねる前の表情を知れば何を考えているのか分かりやすかった。洋子はそれ以上何も言わずに機嫌がよさそうに微笑んでいる。
話が決まり休憩に入った。
16階へ挑む事を報告しようと迷宮スマホを取りだし見ると、大剣術士達がミミックを逃してしまった事を書き込んでいた。
「駄目だったか」
気にしていたらしく、両肩を落としてしまう。
(同じように氷結を使っていたのに逃げたのか)
話されている事を辿っているうちに分かった事であるが、大剣術士達も良治達と同じ行動をとったらしい。そこに違いはないのに、何故か逃走されていて運しだいだろうという話になっている。
(戦闘出来るかどうかも運任せだとしたら、入手するのが大変そうだな……。管理者の業務連絡も……)
討伐に成功後に流れた業務連絡を思い出す。
15階に到達した時は槍の派遣社員を褒めていたのに、討伐が成功した時は良治に恨みでもあるかのように言っていた。
『血も涙もない係長』
だとか、
『非情な仕打ちをする係長達』
とも。
だから無視を決め込んだのだが、結局は話を聞いてしまう事になった。
(そりゃあ、結構な仕打ちをしたとは思うが、なんで責められないといけないんだ?)
そういえば『復讐出来ずに』とか言っていたな、と更に思い出してしまう。
(復讐ね……。俺に復讐したいが為に……)
うん? と顔を横に傾く。
大剣術士達は逃げられ、自分達からは逃げなかった理由。
……まさか。
(そんな馬鹿な話があるか?)
遭遇したミミックが逃げなかった理由が、もし自分がやった行為に関係しているのだとすれば辻褄があうような気がしてきて、乾いたように笑うのだが……
(あの邪神ならやりかねん)
こんな事を書き込んだら笑われるんじゃ?
しかし、思いついたからには言いたくもなるというもの。
良治が宝箱に対してやった事については、サイクロプス戦後に話してある。
その事で笑われはしないだろうが……
「……ボス戦に挑む事を言うついでって感じで、書き込んでおくか」
一体どういう反応をされるのか怯えのようなものを感じたが、結局書き込む事にした。
良治が思いついた事を書き込むと掲示板の流れが止まってしまう。
理解できないからではない。
良治がやった行為というのは業務連絡でも知られている。
魔法やスキル実験。それにトリスへの売却によってミミックが逃亡しなかったと仮定するならば、大剣術士達から逃亡した理由も分からなくはない。
良治達以外のPTでも宝箱の売却はしているが、スキルや魔法実験に使ったPTというのはないからだ。
もし、それをする事によって逃亡されないというのであれば?
理解は出来たのだが、
『業務連絡で答えを言っていた?』
という疑問が出てくる。
仮に良治の推測どおりだとすれば、わざわざ、あの嫌な性格をしている管理者が教えていたという事になるわけで嫌なもの感じてしまうのだろう。
『知りたいと思っていたのに、分かった途端に知らなきゃ良かったと思うこの気持ち。ここの管理者はマジで嫌な奴だな!』
そんな書き込みを最後に見てから掲示板を閉じた。
宝箱に対する行為は、試す方向で話が決まるだろう。
剣術士も大剣術士も試すだろうから、その結果どうなるかは少し待つ事になると思われる。
……
……
休憩を終えて外に出た。
16階はボス予想。
ならば宝箱の出番かもしれない。
ボスで入手した宝箱は全て分配済み。
体を屈めれば影に隠れる事ができるサイズだ。
言ってみれば奥の手のようなもの。
4枚の絵が張り付いた壁を見る。
現れた階段をみつめ、良治が一言「行こうか」と言った。
声は普段どおりであるが、彼の表情は嘘をつけないらしく、期待に満ちあふれているのが良く分かる。その顔つきが、全員の心を落ち着かせてくれる事を彼は知らないでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
16階に繋がる階段を上っていくと、出口と思える場所が見えた。
肌を通して空気が湿っている事が分かる。
鼻から伝わる匂は、カビ臭さが混じったもの。
それらは下で感じていたものと同じ。
まだ目にしていないが、迷宮の風景は下と変わらないと思われた。
という事は、今までのパターンから考えればボスである確率が高いが、それは上がれば分かる事。
その前に、業務連絡が流れる可能性も……
『ぴんぽんぱーん。はーい。業務連絡の時間です。16階へと到着しつつあるPTがあるので、その連絡だね。いつもの通り時給が上がって1250円となるんだけど……もう、そろそろ上げなくても良いんじゃないかな?』
「ほんとに、こいつは……」
「有給も年金も保険も無しのくせに、ケチってどうするつもりでしょう?」
「そろそろ金が無いとかじゃないっすか?」
「金の切れ目が、縁の切れ目って言うわよね」
「縁が切れる前に、迷惑料ぐらいは欲しいもんだ」
良治がボソっと言うと、3人が大きく頷いたのは同意見だからだろう。
『分かったよ。そんなに怒らなくていいじゃないか。カルシウムが足りてないんじゃない? 煮干しでも食べたら?』
「いつも以上に邪魔だな」
「慣れたつもりでしたが、甘かったようです」
「無視でいいわよね」
「戦闘準備した方が良いんじゃないっすか?」
なるほど、と須藤の言う事に3人が頷いた。
ボス戦闘だと考えれば、まず防御系の魔法を考えておきたい。
「金剛鎧が良いと思います。下に用意してあったという事は攻略に必要だったからじゃないですかね?」
「下で遭遇した敵の事を考えれば、闇鎧が良いんじゃないかしら?」
「俺は洋子さんに賛成っす」
珍しく須藤が香織と意見を違えた。
どういう心境の変化かと、3人の視線が須藤に集まる。
「サイクロプスの石化光線で思ったんすけど、ボスが使う状態異常系の攻撃って、雑魚のものとは違い過ぎると思うんすよね。近接職の場合だと、パワー+闇鎧でも無駄になる気がするんすよ」
そう言う彼の視線が良治へと注がれる。
身をもって無効化できなかった本人がいるのだから、香織が納得し頷いたのも当然だろう。
『……えっと、16階はボス階です』
須藤の口がピタリと止まった。
『たぶん、君達が大好きなボスだと思うんだよね。十分堪能してほしい』
「大好き?」
「……どういうこと?」
「妙な事を言い出したわね」
「また、エ……いや、何でもないっす」
須藤が思いついた事を途中で止めたのは、またラミアやアラクネのようなタイプではないだろうか? と思ったからだ。彼の頭に思い浮かんだのはサキュバスであったが、それでは男達が得をするだけで君達とは言わないはず。
『じゃあ、僕に感謝して楽しんでくれ! 応援しているよ! 本当だからね!』
そういった管理者の言い方は、まるで逃げ去るかのようであった。





