メンバーチェンジ
話が終わった後、良治達が動き出した。
槍の派遣社員達は2人そろって彼の休憩所で待機中。
安全な場所で掲示板を眺めていると、良治達が9階へと到着した報せを書き込んだ。
両方のPTが9階にいる。
そして安全を確保できている。
この2つの条件がそろった事を確認し終えてから、それぞれのPTが一旦解散すると、槍の派遣社員の部屋からヌンチャク課長が消え、洋子もまた良治の部屋から消えた。
それぞれが驚きをみせる。
即座に掲示板を利用し連絡をとりあうと、洋子が自分の推測を並べた。
元々、彼等は個別のダンジョンにいた。
PTを組むことによって同じダンジョンに居たが、それ以前にいたダンジョンは残されたままではないか? という推測だ。
この事から、宝箱はどうなっているのだろう? という疑問が生じるのだが、その実験を試みる前に、まずはPTを組もうという話となる。
槍の派遣社員が剣術士を誘うと、彼がいた休憩所に良治が。
洋子がヌンチャク術士を誘うと、彼女がいる休憩所に赤いチャイナ服姿の女が現れる。
現れたチャイナ服姿の女は、最初驚いた様子を見せたが、洋子を見るなり落ち着きを取り戻したように微笑んで見せた。
「初めまして。あなたがYさん? ……でいいのかしら?」
「は、はい」
「そう。よろしくね。私は、香織。久遠 香織よ。名前で読んでくれていいわ。久遠って呼びづらいでしょうから」
現れた女性が本名を口にする。
洋子は自分の名前を言っていいのか悩んだが、どうせ休憩所を出せば知られるだろうしと、自分の名を教え名前で呼んでいいと言う。
「洋子さんね。さっそくで悪いけど、回復頼める?」
「分かりました」
そう言うと、彼女の前にスラっとした長く均整のとれた右足が、赤いチャイナ服のスリットから出てきた。洋子は魅了されたかのように動きを止めてしまうが、すぐに回復魔法をかけた。
1本にまとめられた長い黒髪が背に落ちている。
背丈は洋子よりも頭一つ分ほど大きく、背筋を伸ばした姿はトップモデルであるかのよう。
胸を覆い隠す鉄の胸当てが、ふくらみの良さを示し、くびれた腰に掛けられた黒いポーチは、彼女の魅力を引き出すかのようにぶら下がっている。
肌は若干赤黒い。
薄く化粧をほどこした顔立ちは、日本人離れしているように見えた。
香織のそうした姿から、大陸の血が混じった人だろうと洋子は考えた。
「どうでしょう?」
回復魔法をかけた洋子が尋ねると、香織はトントンと床を軽く蹴った。
数回動かしたあと、突然横蹴りを一発。
放ち終わった姿勢のまま足首を曲げ、具合を確かめている。
満足したのか、ゆっくりと床に足を付けると、洋子に向かって笑顔を見せた。
「ありがとう。これなら、全力で動けるわ」
予想どおり回復魔法なら治るのかと、洋子がホっと息を吐く。
ジャラジャラといった音がしたので顔を上げ見てみると、香織の腰にあったポーチから鋼色のヌンチャクが出ていた。
「話は聞いていると思うけど、かなり危険な敵よ。基本的に攻撃は受けちゃ駄目。あなたは、できるだけ下がって回復や支援を優先。攻撃は、空から襲ってくるグリフォンにのみ。……でも無理に倒す必要はないわ。私に近づけないようにしてほしいんだけど、できる?」
「やってみないと何とも言えませんが、ヘルハウンドの方はどうしますか?」
「それは私が引き受けるわ。その間、グリフォンに襲われると危ないのよ。だからそのフォローをお願いしたいの」
「つまり、グリフォンのヘイトが、香織さんに向かないようにすればいいんですね?」
「ヘイト?」
洋子のいった言葉の意味が分からないようで、香織が首を横へと傾けた。
そういえば、この人は係長以上に、そうした事に不慣れな人だったと思い出し、洋子は何でもないと言いなおした。
香織と洋子。
2人の間で戦法について話が行われていた頃、良治達の方でも同様の話し合いがされていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鋭利な穂先を上に向け先頭を歩くは、槍の派遣社員こと、須藤 敏夫という。
彼もまたアイテムポーチを入手済みのようだ。
胸当ての下に着こんでいるのは、灰色のパーカー。フードを被る様子はない。足には紺のジーンズを履き、その上に膝当てを付けている。
良治と比べ、若干背が高く見える。歳はおよそ24、5といった所だろうか。
髪は短いツンツン頭。顔立ちからは荒々しさを感じる。
良治は彼を見て(若いなぁー…)という感想を抱いた。
事実、洋子よりも幾分若いのだが。
上手くやれるだろうか?
洋子よりも若いように見える須藤を見て不安を感じたようであるが、その須藤の方は良治に対し愛想が良い様子。
良治が装備している青銅の盾を見るなり「俺、使っていないんで使いませんか?」と言ってきたので、良治はこれをありがたく受け取り、新しい青銅の盾を腕に装備した。
肩を治療し、戦い方について話し合いを終えてから、迷宮の中を探索しだす。
須藤が先を歩くと言い出したので、良治は黙って後をついていった。
「無理言ってすいませんでした。ホント、係長と組めてよかったっすよ」
「それは構わないが、問題は敵――って、きたようだぞ」
「……さっそくっすか」
彼等の前に黒い体毛で覆われた巨犬が現れた。
話に聞いていたヘルハウンドというやつだろう。
体は犬と酷似していて4つ足であるが、サイズが全く違う。
モンスターの気配を察知するや否や、須藤の顔つきと声音がガラリと変わった。
敵を射抜くような眼差しは、良治が最初にもった印象どおり。
「係長。あの犬の前には立たないで下さいよ。土鎧は絶対使ってください。あとグリフォンの方への牽制は任せるっすけど、程々でいいっす」
「分かってるが、須藤君1人で大丈夫か? こいつ火も吹くんだろ?」
「きついっすけど……まぁ、係長に余裕がありそうなら、手出ししてもらってもいいっすよ? ですけど、初戦はやめてほしいっすね。まず、どんな敵なのか横目でいいんで見て欲しいっす」
「あー…。分かった」
遭遇したばかりのヘルハウンドから目を離さず言うと、良治の目が頭上へと向けられる。
迷宮の光景は、8階と同じく亀裂の中のよう。
上空高くを妙な鳴き声をだし飛行している大きな生物の姿が見えた。
あれが、一緒に出てくるというグリフォンだろうと見当をつけていると、須藤が土鎧の魔法を使った。
良治も同じ事をすると、須藤が前に立つ。
「グリフォンの方、頼んます。無理だけは控えてくださいよ」
「分かった」
須藤が前へとでて、良治が後ろに下がる。
それぞれがゆっくりとした足取りで動き始めた。
戦闘が開始されたのは……
『GARUUUUUUUUUU!!!!』
ヘルハウンドの叫び声によってである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初の遭遇だけで、かなりの消耗を必要とする事が理解できた。
ヘルハウンドと須藤の戦いは、見ていて怖いものがある。
何度も危ない場面を見せながらの戦いは手を出したくなるものであるが、良治もまたグリフォンに対し魔法攻撃を行っている。
風牙以外の攻撃は外れてしまうし、その風牙のダメージもほぼ傷を与えられないようで、自分目掛けて地上に降りてきた時を狙う事にした。
良治は2階で初めてゴブリンと遭遇した時を思い出す。
今ならば余裕で勝てる相手だが、感じる緊張感は同じか、それ以上。
須藤とヘルハウンドの戦闘もそうであるが、自分が受け持ったグリフォンとの戦闘においても、神経を削られる思いをした。
結果だけを言えば辛勝。
2人合わせてスラッシュを計5発。
魔法は闇鎧と光陣を抜かせば、全て使っている。
戦闘後には回復(小)まで使っているのだから、これまでの戦闘と比べ、段違いの消耗度と言えるだろう。
「これは、きついな……」
「でしょ」
戦闘が終わった直後に感想を漏らすと、須藤は何故か嬉しそうに反応を示した。
そうした態度に、良治は苦笑という表情で返し鋼の剣を鞘に納める。
(洋子さんは大丈夫か? これは、本当に厳しい戦いになるぞ)
別れた部下を心配しつつも、新たなパートナーである須藤と迷宮を進み始めた。





