経験談
土曜日。
良治と洋子が会社へと出社し、現状報告を浩二に行った。
本日は社長の友義は留守のようである。
「順調そうだな。この分でなら、3ヵ月以内で迷宮から解放されるんじゃないか?」
「……それはどうでしょうね」
「うん? 何か思う事があるのか?」
「――」
浩二の尋ねに応えず顔を伏せると、2人が良治の返答を待つかのように視線を向けた。少し間をおいてから顔を上げ、思う事を口にし始める。
「まず、俺達を連れて行っている奴の言う事が信用できません。本当に20階で終わるのか? という疑問があります」
「あー…。それはそうだろうな」
浩二が同意を示すと、良治が顔を倒す。
次いで、
「それと体感からなのですが、上に進めば進むほど、面倒になる気がしてなりません。時間的な余裕が、本当にあるのかどうか……あっ!」
閃いた表情を見せたまま、洋子の方へと顔を向けた。
「普通、ああいったゲームの攻略ってどういう感じだ?」
「どういう意味ですか?」
「ゲームの場合、先へと進んでも序盤と同じようなぺースで攻略できるものか?」
「……そういう事ですか。オン、オフによって異なりますけど、私達が経験しているタイプだと、おそらくオンラインの方でしょうね。そういうタイプのものだと、先へと進めば進むほど難易度が高くなります。中にはヘビーユーザー専用コンテンツなんてのもあります。オンラインゲームって簡単にクリアできるようにしてしまうと、すぐにプレイヤーが減ってしまうから、ゲーム寿命を延ばす為なんでしょうけど……」
流暢に話しだした洋子であったが、聞いていた2人は意味が分かっていない様子。
専門用語的な言葉をポンポン出されてしまい、一つの言葉の意味を考えている間に、別の言葉が出て来て混乱しているようだ。
「えっと、あの……意味分かります?」
「悪い。俺にも分かるように説明してくれ」
言ったのは良治であったが、浩二も同意見の様子だ。
2人そろって困惑しているのが、見た目から分かる。
「先に進めば進むほど攻略に時間がかかるようになります。最後の方ともなれば数日かかる場合もあるし……下手をすれば、一週間……人によっては、数ヶ月単位でチャレンジする事も……」
「数ヶ月!? そこまでなのか!?」
「オンラインゲーム。あるいはネットゲームには、やりこんだプレイヤーにしかクリアできないボスを用意する事があるんですよ」
「それは……クリアさせる気があるんだよな?」
「手段は用意されているので、あるんでしょうね。ただ、その手段を得る為には、色々必要になってきてしまって、それで人間関係が壊れる事がありますけど」
「ゲームなのにか?」
「ゲームだからです」
良治の疑問を、バッサリと切り捨てるように言い切る。
驚き身を引いた良治に対して、彼女は続けた。
「仕事と違って、自分が楽しむ事が前提にあるので、その楽しみ方の部分で意見の食い違いがあると、それまで一緒にプレイしていた人達の間で亀裂が入って泥沼になる事があるんですよ。かといって見知らぬ他人同士で挑もうとすると、今度は説明をしなきゃいけない時もあって……ええ、もう本当に……ギスギスオンラインは嫌……あれは駄目……絶対」
説明している洋子の声は、非常に実感が込められたものだった。
自分が経験してきた出来事を脳裏に浮かべ話しているのが良く分かる。
聞いてしまった2人は、洋子の体から泥沼的なナニかが滲み出しているように見え、空気感染すらあり得るのでは? とすら疑った。
危機的な何かを感じた浩二が、洋子の出すドス黒いものを止めに入ろうと口を出す。
「それは、大人数でやるゲームの場合ではないのか? 話を聞く限りで言えば、そうでも無いと思うのだが?」
そうした浩二の疑問に、同意を示すかのように良治もウンウンと首を倒すのだが、洋子は真っ向から受けて立つかのように凛々しい表情を見せた。
「プレイヤーのみが使える掲示板を用意している事や、階を進めるとPTが組めるという点は、オンラインゲーム的なものだと思います。序盤はソロで進行させて操作方法を覚えさせる。その次はプレイヤー同士でPTを組ませ連携について慣れさせる。これは私の推測ですけど、同時に組めるPT人数は、まだ増えるんじゃないでしょうか? どの程度まで増えるかは知りませんが」
今度は浩二が身を引いた。
それがさらに洋子を調子に乗らせてしまったのか、滑かさを増したかのように口が動く。
「私が経験したゲームのラスボスで言えば最後は6人~8人PTが主流です。それだけの人数を必要とするゲームであったとしても、序盤はソロ。中盤以降は4人ほどで攻略可能でした。このゲームのラスボスに関して言えば、攻略法が見つかるまでは中々勝てません。例え見つかったとしても、必要なアイテムや職選定。それに、あらかじめ知っておかないといけない情報の類。まぁ、そういうのが色々必要不可欠になってきます。これとは話が違いますが、ストーリーには関係ないボスもいまして討伐するのに300人程の人数が必要でしたね。こちらはもう、ぐちゃぐちゃです。ボス攻略方法もありますが、プレイヤーの移動やら、指揮関係の問題や、補給等々……フフ」
言っている最中に、微笑みが浮かび始めた。
そんな洋子を知らない浩二は唖然とするが、すぐに良治に顔を向け睨みつける。
彼の目は「君、部下の教育を……」と言っているかのようであるが、良治は反論したいように首を左右にふった。
上司の2人が、洋子について目だけで会話を行っているが、当人は関係ないかのように口を動かしている。
募集開始から討伐終了まで6時間ほどかかった。
参加不可とされたPKギルドが乱入してきてデスペナ祭りがあった。
討伐報酬の分配で言い争いがあって、募集主が切れた。
色々と厳しい討伐だったが面白かったので、もう一回、主催してくれないだろうか?
等と言い放つ部下の言葉に、上司の2人が混乱してしまう。
浩二は思う。
帰ったら娘がやっているスマホゲームについて妻と相談しようと……





