ホットレモネード
日曜の昼前。
須藤が自分の車にのり、帰ろうとしていた矢先のことであった。
洋子が書いたブログの記事が更新されたことを知り、2人の男が見ている。
1人は須藤本人であり、もう1人は師匠と呼ばれるようになった大吉。
香織とは違い、父親の彼はスマホを苦も無く扱えているようだ。
「また随分と複雑な話だが、分からなくもない」
「そう――って、師匠が理解できるんすか!?」
「仕事上、ネットを利用することがあるからな。時々妙なことをする連中がいるが、似たような話ではないか?」
「……たぶん、それより酷い話っすよ……師匠はどう思うっすか?」
「なにをだ?」
「こういう未来になると思うっすか?」
「知らんよ」
見送りのため車外にいる大吉の表情が、一瞬で不機嫌そうになった。
ただでさえ強面の顔だというのに、絶対に視線を合わせてはいけないような面構えになっている。
「今の時代、外で遊ぶ子供達をあまり見かけなくなった。色々な理由があるようだが、それが寂しく思える時があってな……」
「はぁ……?」
「分からんか?」
「分かるっすよ? でも、何でそんな話を?」
「今と昔の違いだ。わずか数年の間で世間が大きく様変わりしたが、こうなるとは思いもしなかった。そんな俺に、この先どうなっていくのか想像できると思うか?」
「あぁ……そういうことっすか」
納得した様子の須藤であったが『数年じゃないっしょ? 師匠の場合数十年じゃ?』などと、口にすれば長話をされそうな事を考えている。
これ以上は、面倒な話になりそうだ。
そう思った須藤はスマホをしまい、エンジンを吹かした。
「じゃあ、来週もよろしくお願いします、師匠」
「あぁ、気をつけてな」
「はい。あと香織さんによろしくっす!」
「その妙な言い方をやめたら、考えておいてやる」
「ちょッ!」
気にされていないと須藤は思っていたようだが、少しは気に障っていたらしい。
だからといって、変える気がないようだが。
その後、車が走り出すと直ぐに路面舗装された道へとでていく。
車が見えなくなると、大吉は自分の肩をトントンと叩きながら、自宅へと帰る道筋を歩き出した。
途中で彼の足が突然止まる。
すぐ側にある木の一本を怪しげにジっと見つめると溜息を一つついた。
「……お前もいい加減にしておけ」
呆れたような口調で言うと、木の影から香織がゆっくりと出てくる。
「まったく……直接会って声の一つでもかけてやろうとは思わんのか?」
「いつまで続けるつもりなのか知りたかっただけよ」
「……」
それは気にしているということでは?
自分の娘のことながら、どうしてこういう風に育ってしまったのか、よく分からないと思う大吉である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
洋子のブログ更新が終わると、さっそくネット上で話題となり、口論があちらこちらで勃発。ブログにも質問が一気に流れ込んだが、攻略に関係していないので、洋子は反応しなかった。
今の彼女はホットレモネードを飲みながら良治と談話中である。
「1つ良かったのは、あのゲームが期限つきだと分かった事だな」
「ですね。2番の選択について聞いたときから怪しいとは思っていましたよ」
ベーシックダンジョンが期間限定のゲームだと確信したのは、エリオスのことがいずれ曖昧なものになるという点からのこと。その情報から、永遠に強制拉致をし続けるのは、出来ないと考えた。
「でも、そうなると、20階でどうしてあんな選択をさせたのか分からないんだが?」
「あれ? そうなんですか?」
「洋子さんには分かるのか?」
「えぇ。おそらくですけど、1か2を選んだ人々の記憶から、仮想現実での体験を消したかったのだと思いますよ」
「何故だ? あいつの望みは、俺達に体験させることだろ?」
「正確には、体験させて面白いと思ってもらうことです。それが出来れば、管理者が考える仮想現実を主流にさせる後押しになりますからね。逆に1か2を選ぶ人達が自分の体験談をずっと語っていたら不都合になると思いませんか?」
「……だから記憶を……ん?」
一度は納得しかけた良治の眉間に、シワが出来た。
彼が思い出したのは、管理システムが掲示板に書き込んだこと。
エリオスの望みについて触れていたが、それが洋子の言う通りだとすれば?
「どうかしました?」
「……ゲームにおいて戦闘バランスっていうのは大事なものだよな?」
「私はそう思いますけど……それが?」
「システムが、あんな判断をした理由だよ。ようやく分かった気がする」
「?」
良治が何を言いたがっているのか分からないようで、洋子はホットレモネードが入ったカップを手にしながら首を捻った。
あの時、エリオスがとった行動というのは戦闘バランスを壊すもの。
ラスボスによる一方的な蹂躙ではベーシックダンジョンの環境を楽しんでもらう事が出来ない。それはエリオスが望まない結果を良治達に与えると判断し、その為に固有スキルの仕様変更を行った。
だが結果は、強い不満を残す形での勝利。
他の手段もあったように思えるが、そもそもの原因はエリオスがあんな真似をしたせい。
アレさえなければ敗北していたとしても再度チャレンジしていたかもしれないし、その方が良治達的には納得できたと思われる。
口にしているホットレモネードとは違い、後味が悪い。
これでは逆効果ではないだろうかとさえ思えてしまう。
「もしかして、苦いです?」
「……あっ。いや、甘くて美味しいよ」
「なら、良かったです」
洋子にそう思われるほどに、渋い顔つきをしていたようだ。
(いい加減忘れるか。もう俺には何も出来ない……?)
本当にそうだろうか?
あの手段で勝つことを選んだのは自分だ。
今さら再戦を望むような事はしないが、何かやれることがあるような気がした。
「今度はどうしたんですか? さっきから百面相をして」
「そこまで、コロコロ変わっていないと思うが……」
「いーえ。しています。また一人で悩んでいるでしょ?」
そう言い、洋子が楽しそうに笑った。
肩の荷が下りたような気分なのかもしれない。
こんな事で悩む必要がどこにある?
むしろ悩まなければならないのは……
「……どうしました?」
「……」
「良治……さん?」
何も言わずに、洋子を見ている。
飲んでいるレモネード以上に熱い視線を感じてならない。
「……えっと……」
熱のこもった視線を感じ、洋子が身を引く。
今にも押し倒してきそうな良治の視線に、心臓の鼓動が上がり始めた。
(な、なに?)
いつもと違う。
それだけで、頬が熱くなるのを感じた。
高鳴る鼓動をそのままに、視線を窓ガラスへと向けるとカーテンが開かれたまま。せめて……と思う彼女の前で、良治が大きく息を吸い、そして……
「結婚を前提に俺と付き合ってくれないか!」
「……?」
何をどう考えたら、このタイミングで言うのだろうか?
もしかしたら、ベーシックダンジョンで過ごした記憶について不安を感じた?
理由がどうであれ、洋子にとってみれば今さらすぎた。
呆気にとられた彼女であったが、突如として笑いだす。
そうかと思うと、意地悪そうな目つきで『どうしましょう?』と言い出した。
良治にとってみれば、覚悟が必要な言葉である。
正式に言った事がないため、どうしても口にしたかった。
遊ばれているとも知らずに情けない顔をし項垂れると、彼の耳元で彼女が小さく囁いた。
部屋の中で大声をあげる男が1人。
どういう理由からなのか、部屋のカーテンは閉められたようである。
本日も4話更新します。





