機材
金属で出来た筒のようなものがある。
大きさは人間1人を包み隠すのに十分なもの。
表面の一部には分厚いガラス窓があり、中を覗き込むと白く柔らかそうな布が敷かれていた。
筒の数は1つではない。
果てしなく広い部屋を埋め尽くさんばかりに並べ置かれている。
そうした光景を見た人々が連想するものはなんだろうか?
医療用機器の類?
冷凍睡眠用のカプセル?
それともSF映画に登場するようなタイムマシン?
人によって異なるだろうが、あるのは筒ばかりではなく縦長の金属机も横に設置されている。
机上には2台の液晶モニターと黒いキーボードがあり、頭上に光の環をもつ人々が何かしらの操作を行っていた。
そんな光景を見ている者達がいる。
部屋の四方には大きなガラス窓が嵌められており、中にいる人々と同じような姿をした者達が大勢いた。彼。あるいは彼女達の中には、管理者と呼ばれる少年と、いつもの青年が並び立つ姿もあり、良治との接触について話し合っている。
「システムへの介入――ですか?」
「あの時おきたことを簡単に言えば、そうなるみたいだ」
体はそのままに。
目端だけを青年へと向ける。
返事をしない青年を見て、理解しきれていないと判断。
「原因は彼の固有スキル。まさか、あんな風に変わるとは思っていなかったよ」
そう言って説明を始めた少年の顔つきが、どことなく楽しそうだ。
良治が得た固有スキルは、迷宮スマホを使用せずとも掲示板への書き込みや、それを同じPTメンバーに伝えられるスキルでしかなかったはずだが、この効果が少年の問いかけによって一時的に変化をしていた。
「変わった? それは、鈴木良治のスキルも変化するタイプだったという事でしょうか? ……しかし、彼の精神状態は……」
「迷宮環境に対しては安定していたね。でも、一緒にいる彼女との関係については別。ドラゴンと1対1の戦いを選んだことや、その後のことが大きな決め手になったんじゃないかな?」
余程気にしていたのだろう。
そうでなければ、変化をするタイプの固有スキルは習得できない。
これに関しては、ほぼ徹の推測どおりだ。
「その変化が、システム介入に繋がるのですか?」
「うん。あの瞬間、アクセス制限が取り払われたらしくて暴走したみたいだ。しかも接続していたのは僕のキャラだから、そこを利用してシステムに繋がったみたいだね」
「……お待ちください。それでは管理者権限を持っているのと同意義では? 危険すぎます」
「危険といっても、あの瞬間だけだったし当人は自覚すらしていないよ。意図的にスキルを変化させることすら難しいんじゃないかな?」
青年に話していることは保存されていた記録を調べることで判明したこと。
良治が剣を取り戻し、なおかつ少年との接続を断ち切れたのは、彼がもつ固有スキルがシステムへとアクセスし、補助効果を得たから。
少年との接続を切った後は、その効果が無くなったため重力操作には抵抗する事が出来なかった。
「しかし……」
「言いたいことは分かるよ。でも、修正はしない」
「何故ですか?」
「それじゃあ、ゲームとして成立しなくなっちゃうからさ」
窓から体を逸らし、隣に立つ青年にニコリとした笑みを見せる。
青年の方は返答に困ったのか、それとも少年が決めた意思に逆らえないのか黙したまま彼を見ていた。
管理する側であるはずの少年が、何故こうなる可能性について考えていなかったのか? それも『ゲームとして成立しなくなる』という言葉が関係してくるのだが、青年は理解出来ていない。
「大丈夫。20階にくるまでは接触しないから。……調査についても止めさせているよね?」
「……その件についてですが先日同様、我々との交流を図ろうとする者達がいます。例の2名だけではなく、他のテストプレイヤー達にも手を出そうとしているようですが、いかがいたしましょう?」
「また? 懲りないなぁ……。今日の事が知られたら、さらに増えそう……手間だろうけど守ってあげてくれる? そのうち何とかするからさ」
「御心のままに……」
青年が恭しく頭を下げると少年が背を向ける。
そのまま部屋の出口に向かって歩き出そうとしたが、青年が声をかけた。
「何故急に彼等との接触を?」
「うん?」
その尋ねに、少年は軽く首を曲げる。
「当初の予定では、20階到達まで待つと聞いておりましたが?」
「それね……」
意味が分かるなり、顔を正面に戻す。
再度歩きだすと、青年が後から付き従った。
部屋の出口に近づくと、そこにあったガラス扉が消失。
扉の先にあったのは、満天の星空が見える長い通路。
顔をわずかに上げ、夜空に浮かぶ星々を見ながら、ゆっくりとした足取りで進んだ。
「彼の気持ちを確認したかったっていうのもあるけど、考えて欲しかったというのもあってさ……」
「考える? NPCについてですか?」
「NPCについては気持ちの方。好きになれない理由を自覚してもらえれば、例の件についても考えてくれると思ったんだ」
そこで2人の足が止まり、少年が『でも……』と小さく呟いた。
「話す前に追い出されちゃったし、どう言ったところで結局は僕の自己満足でしかない。彼が真剣に考えてくれるかどうか……」
「……」
「……あぁ、気にしないでいいよ。大丈夫。当初の目的は果たせるはずさ」
片手をあげ、ひらひらと振って見せる。
青年は何一つ反応を見せない。
少年の後を付いて歩きながら、声を聞くのみ。
「プレイヤー達の反応は十分だし、今の調子ならきっと……」
独り言のように少年が呟き続けるが、その途中で突然後ろを振り向いた。
「そうだ。ペナルティーエリアの方はどう?」
「どう……とは?」
「僕がいない間に、また出たよね? 他のプレイヤーに意図的な攻撃をした人がさ。やり方が甘かったようだから変えてみたけど、どうだった?」
「その事でしたら……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――良治の部屋
「……ミミックの群れ?」
『はい。総合スレの方で出ていました』
この日一番のニュースは管理者と良治達の遭遇であったが、それとは別に少し変わった話が総合スレの方で流れた。
いつも以上に疲労を感じていた良治は早めに寝ようとしていたが、その前に洋子から電話がかかってきて、彼女から聞いている最中である。
「ミミックって、あのミミックだよな?」
『そのミミックです』
何の話かと言えば、以前から噂になっていた場所について。
他のプレイヤーに対し意図的な攻撃を行ったプレイヤー達が、真っ暗な部屋に強制転送されているという話があったのだが、そこで見せられるのは幻覚でしかなかったはず。
しかし、その仕様が変更されていたらしい。
「なんでミミックが群れて出てくるんだ?」
『それは分かりませんが、かなりのトラウマを受けたようですね』
「一人であいつらと戦うのはなぁ……デバフを使うことだって無理じゃないか?」
『えぇ。しかも即死魔法ではなく、あの硬さを生かして食いついてくるらしいです』
「……そういえば、俺の盾もやられたな」
『須藤君の槍もやられそうでしたね』
「そうだった……」
ミミックに盾をガリガリと削られた事を思い出したことで、良治の表情が歪む。
須藤の槍にも食いついているが、彼の槍からはマズイとばかりに離れている。
そんなミミックに自分が襲われるシーンを想像してしまい、彼は身震いすらした。
「他にも何かあったか?」
『あとは係長も……い、いえ、良治さんが知っているとおりです。今日起きたことで盛り上がっていますよ』
わざわざ言いなおす洋子の声に頬を緩ませる。
彼女が目の前にいたら、どんな表情をみせていただろう?
それを想像するだけで、疲れた心が癒やされていくように思えた。
『聞いています?』
「聞いているよ。ミミックの件は驚いたけど、思ったとおりまた騒がれたな」
『ですね。せっかく私達の話が静まりかけていたのに、またですよ』
本当に困ったものだ。
内心のみで思った時、洋子が真剣な声で尋ねてくる。
『……それで、やっぱり抵抗できた理由については?』
「考えてみたけど分からない。覚えていたことは話したけどボヤけている部分もあってな……」
『そう、ですか……』
「悪い。頑張って思い出してみるよ」
『いえ、疲れているところすみません。また何か分かれば、明日にでも教えますね』
「頼むよ。じゃあ、また明日」
『はい。おやすみなさい……良治さん」
「……あぁ。おやすみ……洋子さん」
最後に互いの名を大事そうに呼び合ってから電話を切り、良治は深い眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今まで声のみであった管理者が、唐突に姿を現した。
しかも元々注目されていた二人のプレイヤーのみに対して。
これで騒ぐなというのは無理があったらしく、保護の会による圧力も虚しく日本中で話題となってしまう。
静まりつつあった二人についての噂が再加熱しただけではなく、良治と洋子には何か大きな秘密があるのだという噂すら出始めておりブログの方にも、そうした秘密を聞き出そうとしている者が出没したようだ。
秘密も何も自分達の方が聞きたいぐらいだと、洋子は無視を決め込んでいる。
その秘密に関係していると見られたのはNPCに対する良治の反応。
噂の係長が、不気味がっていた事も噂の中で流れた。
同種の気持ちを持てば管理者に会えるのでは無いだろうか?
そんな話すら出たが、すぐに否定された。
良治同様、香織もNPCに対して不気味だという気持ちを持っていたし、洋子の方では違っていたからだ。
世間は大きく騒ぐが、関係してしまった良治は夢を見る事もなく布団の中で眠るばかりであった……。
これにて5章は終了とさせていただきます。





