杞憂?
45日目の迷宮。
さっそく掲示板を読むと、ドラゴン攻略についての話が始まっている。
大剣術士達が後から挑むつもりのようで、それが理由のようだ。
(今度こそ成功しそうだし、これで進めるか?)
そう思う良治達は、今日もスキルの練習中。
自分の番ではなくても掲示板を表示させながらの戦闘を行っていた。
書き込み練習は、ドラゴン攻略の話が落ち着いたあたりになるだろう。
(成功したとしても、すぐに合流っていうのは無理だろうな。スキルを手に入れたら練習もしたくなるだろうし、また数日は足止めか?)
それは少し残念だなと思う彼の前に、ミノタウロスがいた。
『ウガァ―――!!!』
(牛ってこういう声だっけ?)
かつては警戒しなければいけない敵であったが、今となってはすっかり慣れたもの。妙な疑問を覚える余裕すらあるようだ。
そのミノタウロスの頭上から、須藤が巨大化させた槍ごと降ってきた。
『――――ッ!!!!』
肩から槍が突き刺さり、ミノタウロスを串刺しにする。
決めた須藤が槍の上に立ち、やり遂げた男の顔をしているが、そこで見せるのは違うように思えてならない。
(器用に槍の上に立つなぁ……。まぁ、今の須藤君なら簡単なんだろうけど、止めた方が良いと思うぞ。おかげで……)
「……なに?」
「あまり気にしない方が良いと思う。結果は出せているんだし」
「気にしてなんかいないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
「……」
それ以上は何も言わずに、手にしていた剣を鞘に納め背を向けた。
十分気にしているだろ。とは思うがそこまで言う事も出来なく、後ろにいた洋子へ近づいていく。
「スキルの扱いについては、大分慣れましたね」
「そうだろうけど、俺達だけが慣れても駄目だろうな」
「合流するPTの事ですか?」
「あぁ。誰と合流できるか分からないけど、得られたスキルを扱いきるまで時間がかかるだろう。それを考えるとちょっとな……」
「17階の実戦で練習! ……というわけにもいきませんよね」
「そりゃ、無茶だ」
良治の顔色を伺うように、洋子が下から覗き込んでくる。
その洋子に黙って首を横に振って見せると、彼女は残念そうに唇を曲げた。
「そろそろ17階の探索をしたいです」
「3階で大発見をしたばかりだろ?」
「そうですけど、そろそろ期限の半分――って係長。有給の方ってどうなんです?」
「……あっ」
言われてみればと、顔をあげ考える。
そろそろ? いや、既に……
「無くなった……かもしれない」
「かも?」
「家に帰らないと分からないんだよ。もしかしたら、俺もここの日給だけになっているかもな……」
それは嫌だと、両肩からがくりと力を落とした。
「係長って、あまりお金に困っているように見えないんですけど、それでも嫌なもんですか?」
「えっ?」
そう見られているとは知らずにいたのか、良治の口が中開したまま固まった。
「違いました?」
「今は良いが、老後の事を考えたら、いくらあっても足りないもんだろ?」
「……そ、そうですね」
間があった。
返事をする前に、幾分間があった。
そういえば、ネトゲガチャで給与を使い込んだとかなんとか……。
「……洋子さんも考えた方が良い」
「まだ若いですから、大丈夫ですよ」
グサリ。
そんな音が耳に聞こえたようにすら思えた。
良治の体が揺れたのは、モンスターから攻撃を受けたからではない。
彼が受けたのは、痛烈な精神攻撃である。
26歳……その頃の自分の事を思い出す。
まだ平社員だった頃。
客先である大手会社の人から、担当現場の職員の1人が、色々な理由が重なり出入り禁止にされてしまった。
会社で使っているワゴン車を、免許を取り上げられた職員が勝手に乗り回して事故を起こしたのも確か同じ年。
長年勤めていた職員の1人が会社を辞めたのもその頃だったはず。現場が上手く回らなくなったのをよく覚えている。熟練職員の有難さを痛感した出来事だった。
(ろくな記憶が無い……)
思い出すのも嫌な記憶だが、一度思い出してしまうと連鎖的に浮かんでくる。
毎日繰り返していた残業もあって日々ストレスは溜まっていき、それを晴らすためにビールを飲む。晩酌をする癖がついたのも、確かその頃だったのではないだろうか?
給与だけは良かった。
残業手当の金額を見て、目を丸くした記憶もある。
おかげで金には困らなかったし、係長にもなれたが気が付けば30代。
――おかしい。
思い浮かぶのは仕事の事だけだ。
私生活の記憶が浮かばないのは、どういう事だろう?
「どうかしました?」
「いや……うん。洋子さんは、20代を満喫してくれ……」
「???」
どうしてそんな話になるのかと、洋子の首が傾いた。
「体調が悪いなら回復しましょうか?」
「これは違う。違うんだよ……」
ほっといてくれと言わんばかりに手を振ると、香織達が近づいてくる。
「鈴木さん、どうかしたの?」
「何でもない。それより、次の敵を探そうか」
「え、えぇ?」
「ホントどうしたんすか? 顔色も悪いっすよ?」
「……須藤君も20代を大事にしてくれ」
「はぁー…?」
「私も20代なんだけど?」
「香織さんもだ。みんな、30代になる前に、やりたいことをやっておけよ……」
どうしてこうなった?
近付いてきた須藤と香織の目は、そう言っているかのよう。
彼が受けたその傷は、治癒魔法で治る事はないだろう……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
心配をかけてしまったようで、いつもより長めの休憩中。
それで消えてくれる記憶ではないが、ゆっくりと掲示板を眺める事はできそうだ。早速自分の休憩所で眺めていると、ちょうど大剣術士達が、これからドラゴンに挑むらしい。
(大剣術士さん達のPTって平均年齢いくつだろ? 大剣術士さんと弓術士さんは、たぶん30代だろうけど他の2人は分からないな)
ベッドに寝転がりながら、そうした事を考えてみる。
もし攻略が成功したら大剣術士達と合流が可能になるだろうし、そうなったら今の状態も変わるだろう。それは良いが、できれば、これ以上平均年齢を下げないで欲しいというのが正直な気持ちであった。
(合流できたら、大剣術士さんに色々任せられるか?)
ゲームに詳しくない自分が判断を下すのは、間違っているように思えた。
リーダー扱いされているのは年齢の事もあるだろう。
それなら、大剣術士はどうだろう?
(あまり歳も離れていないし、ゲーム経験もありそうだよな……。俺より向いているんじゃないか? ……もし合流できたら、頼んでみよ)
そう考えた良治の口元が自然と緩んだ。
仮に剣術士がやってきたとしても、彼も似たような歳だろう。
それなら、リーダーをやってもらえるかもしれない。
では467は?
(あの人だけは駄目だろうな。洋子さんが絶対不機嫌になるだろうし)
ドラゴン攻略が成功するかどうか分からないのに、良治はそうした先々の事を考えていたわけだが、そんな思考を妨げるように嫌な声が聞こえてきた。
『ぴんぽんぱーん。はーい、業務連絡だよ』
(やっぱり代われ)
最初のぴんぽんぱーんを聞いた時点で、良治は苛立ちそう思ってしまう。
『ちょっと遅れたけど、君達が入手した扉の事なんだけどさ……』
耳にした途端ベッドから跳ね起きる。
業務連絡が聞こえてくるのは毎回頭上からな為、天井を睨みつけた。
『それを使う事は構わないし、持っていても良い』
「おっ?」
という事は宝箱の時と同じで問題なし?
扉を外した時に見たノイズの事から、今回ばかりは駄目だろうと内心で思っていたが、どうやら杞憂……
『ただし、それを使用した場合、報酬に影響がでるように設定したよ。レベルを上げ過ぎて勝利すると、ドロップ品の質が下がる事ってあるでしょ。そういう感じだと思ってくれれば良いよ』
ではなかったようだ。
意味が理解できなかった良治は、すぐに洋子へと尋ねる事にした。





