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【番外編】初めての馬車ーサイラスside


「私の名前はサイラス・ベリートリア」


「サイラス? ベリートリア? 外国人?」


 カホは首を傾げてる。自分が異世界に来たことを理解してないようだ。

 私にしても前例がなければ信じられなかっただろう。王族として習うことの一番大事な事だと教わった。貴族の一部のものは知っているが、ほとんどの人はこの事を知らない。勇者が異世界人である事は誰もが知っているが迷い人の事は庶民には知らされていない。多くの人に知ってもらった方が間違いがおこらなくて良いと思うが、反対に狙われる可能性もあるため極秘にされている。


「サイラス様、馬車の用意が出来てます。ここは目立ちますのでお話は王宮の方でなさった方がよろしいかと」


 確かに黒髪に関わるのは嫌だが気になるといった視線を感じる。それだけこの国では黒髪に黒い瞳の人間は目立つのだ。


「ねえ、私を連れて帰って」


 カホは私の上着の裾をぎゅっと握って見上げた瞳で頼んでくる。このおねだりは聞き届けてあげたいと思わせるような顔だ。ここでもう帰れないとはとても言えない。そう異世界から転移して来た人は誰一人帰っていない。勇者でさえ生涯をこの世界で終えている。帰りたくても帰れないのだ。


「分かったよ。乗り掛かった船ってことだよね。私が責任を持って連れて帰るよ。でもね、あとで嫌だって言っても認められないからね」


 カホは家に帰りたいといったのだとわかるが、分からなかった振りで王宮に連れて帰ることにした。これからどうするかは連れて帰ってから考えよう。

 カホにもうニホンには帰れないと伝えるのは私の役目だろう。だがせめて慰めてくれる女の人がいる方が良い。ここで泣かれても、少女を慰める事ができるような者はいない。部下を眺めながら誰一人妻帯者がいないことにため息しか出なかった。


「ありがとう、お兄さん」


 私の返事を誤解したのか嬉しそうににっこり微笑んでいる。途方にくれたような表情から一転した笑顔は見惚れるくらい可愛い。十歳くらいの少女に見惚れるとは......流石に不味い気だろう。ぶんぶんと首を振って馬車の方に行こうと歩きかけると服の裾を握っていたカホはついて来れなかったようで転けそうになった。


「あっ」


 慌てて跪いて助ける。これはここまま抱き上げたほうが良さそうだ。たて抱っこで抱きあげると目線が同じになった。


「大丈夫か?」


「ありがとう。さっきまで足元しか見えないから怖かったの。お兄さん背は高いからいっぱい見れて嬉しい」


 キョロキョロと首を動かすので落としそうになる。景色に夢中なうちに馬車へ急ごう。


「家が違う......髪の色も私と一緒がない。あの耳って.....犬のお耳が頭の上に乗ってる?」


 カホが震えているのがわかる。ニホンには獣人がいないらしいから驚いてるようだ。早めに馬車に乗った方良さそうだ。


「車じゃないの? お馬さんが動かすの?」


 カホは馬車を不思議そうに見ている。


「車? 車ってなんだ?」


「なんかシンデレラになったみたい」


 カホは馬車に乗るとさっきまでの不安そうな顔がなくなって喜んでいる。シンデレラというのが良くわからないがまあ喜んでいるのならいいだろう。


「うわっ! ガタガタする。車のほうが良いよ〜」


 確かに王家の馬車と比べて揺れが酷いが、車というのはなんだろう?

 カホは馬車に慣れていないようで座っていても右によろけたり左によろけたりコロンコロン転がる。その姿があまりに滑稽で笑いを隠すのに苦労する。


「大丈夫かい? 後で馬を叱っておこう」


「えっ? お馬さんを叱らないで。お馬さんは悪くないの私が慣れてないだけなの」


 必死に転ばないように体に力を入れながら訴える姿が可愛い。


「ああ。わかったよ。カホが大丈夫なら叱らないよ。でもそこに座ってると怪我をしそうだから私の隣に座りなさい」


 カホを抱き上げて隣に座らせた。これなら倒れて転ぶ事はないだろう。未だ先は長い。二カ所ほど酷い揺れがある場所がここ先にある。体重の軽いカホが転びそうな時は支えられるように肩に手を置いた。


「ありがとう。サイラス様ってお父さんみたい」


 お父さん! まだ22歳なのにお父さんはないだろう。


「さっきはお兄さんって呼んでくれたのに酷いなぁ」


「ごめんなさい。お父さんよりも若いのはわかるけど、優しいところが似てるなって思ったの」


「お父さんは君に優しいのかい?」


「うん。だからきっと心配してると思うの。早く帰らないと泣いちゃうわ」


 父親のことを思い出したのか、カホのほうが泣きそうな顔だ。

 帰れないなんてとても言えないぞ。さっきまでは自分で言おうと思っていたが撤回したくなった。

 ガタゴトと揺れる馬車がこのまま到着しなければ言わなくて済むのだが馬車がスピードを緩めた事で第一の門に到着したのがわかる。王宮までに三つ門があるがこの門の中に入ってしまえば、彼女はもう何処にも逃げられない。誰かに攫われることもなければ自分から逃げることも出来ない。短い手続きで入ることができた。

 知らずに力が入っていたようだ。王宮まではまだ長いがホッとした。


「家に帰るのではないの?」


「まずは君の家が何処にあるのか調べないとね。調べている間に夕飯だ。お腹空いてるだろう?」


 なだめるように言うとコクリと頷いた。食べている間にどう言うか考えないとな。父上や母上にも説明しないといけないし、どうしたものか。







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