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46話 ハーチス子爵とダンジョン 中編


「さすがに幼女の土下座は心にきんす」



 ツバキが眉尻を下げた。



「あーしは生きるために仕方なく……ごめんなさい!」



 幼女は涙を浮かべてこちらを見上げた。


 私は幼女の頭を撫でる――――と見せかけて、両頬を手で挟んでそのまま持ち上げた。幼女の顔面が潰れてえらいことになっているが気にしない。



「ちょちょちょっと! 絵面がヤバいことなっていますよ。完全に成人女性が幼女を虐待している図です!」



 焦るシロタに私は呆れた目を向けた。



「見た目に騙されるな。コイツは最低でも30人の人間を捕食している魔物でしかない」


「やぁめぇでぇ……」



 幼女は潰れた顔で号泣する。



「ウソ泣きはやめろ」



 私が試しに言ってみると、上下、左右から毒の香りがする矢が複数放たれた。



「死ねぇぇええ! ぐぞにんげん!」


「なんだ。本当にウソ泣きだったのか」



 身体を動かすこともなく、私はスキル<防護皮>を使って矢をすべて跳ね返した。


 ついでに幼女の頭を軸に床へと叩きつける。



「へぶぇッ」



 衝撃で幼女の頭が180度動いたが、痛がる様子もない。



「なんなんだよ、この人間わぁ。普通は女の子どもが一番弱そうで油断するんじゃないのかよ。今までの奴らは最後は油断したのに……死ねぇ! なんでもいいから死ねぇ!」


「今度はガチの号泣でありんす」 


「今のが最後の悪あがきだったんじゃないでしょうか」



 頭が180度動いたのが衝撃的だったらしく、ツバキとシロタは完全に魔物として幼女を認識しているようだった。



「ねえ、ツバキ。ダンジョンにある物を外に持って行っても消えたりしない?」


「消えんせん。魔物からのドロップ品はもちろんのこと、木材や水も持ち帰れんす。まあ、魔物が出現するし、冒険者も持てる量が限られているので、実際にダンジョンから持ち帰られるのは金銀財宝や魔物の素材ばかりでありんすが」


「木材に水……いいな」



 私は部屋の中央にある黒いクリスタルに手を触れて笑みを浮かべた。



「おい、ダンジョン。私の支配下に入れ。拒むならこれを砂にする」



 今までの反応や人間体のダメージの少なさから、この黒いクリスタルがダンジョンの本体であるコアだと予測できる。



「やめろ、クソ人間! そんなことをしたら、あーしが死んじまうじゃねーか。お前が死ねぇ。死ねぇぇええ!」




 キャンキャン吠える幼女を私は見下ろした。



「いいから選べ。無様なダンジョンとして記憶されたまま死ぬか、偉大なダンジョンと讃えられながら私の靴を舐めるか」


「……モカの時と態度が違いすぎませんか、ご主人様」



 シロタは引いているようだが、私は気にしない。


 そもそも魔物という存在は人間を捕食し狩られる関係なのだから敵対的で当たり前だろう。モカが特別なのだ。


 幼女は回った首を元の位置に戻すと、苦虫を嚙み潰したような顔をする。



「あーしは人間も他の魔物も捕食する食物連鎖の頂点なのに。こんなでかいだけの枯れ木とクソ亀男女のせいで……」


「返事をカウントダウンするぞ。ごー、よーん、さんにいち――――」


「クソ人間の配下になります!」


「おい。媚が足りないな」



 私は手に魔力を込める。



「素晴らしいお人間様。あーしのマスターになってください♡」


「よろしい。これから私の命令に絶対服従な」



 コイツはどうもシロタよりも人間を見下しているようだ。


 口に出す言葉すべてが信用できないし、手っ取り早く使役しよう。




*********



▶スキル<魔物使い>により、魔物ダンジョンを使役しました。


▶名前を付けますか?




種族:ダンジョン(魔物)


レジェンドスキル

ダンジョン作成ツクール



********* 



「名前か……」



 やはり分かりやすいのがいいか。ダンジョンに関連したヤツがいいだろう。


 私は5秒ほど考えた。



「名前はメイズで」


「あーしの名前はメイズっすね。おけマルです、マスター♡」



 メイズが上目遣いで媚びた声を出すが、これは本心ではなくただの演技だ。



「色々と聞きたいことがある。嘘を吐くなよ、メイズ」


「もぉ。あーしがマスターに嘘を吐く訳ねーじゃないっすか」



 わざと甘えてくるメイズを身体から引き離した。



「お前はいつから聖地である世界樹にダンジョンを作ったんだ?」


「えーとぉ、50年ぐらい前かなぁ。生まれたばかりで寄生する場所を探してさ迷ってた頃いい感じに映える大木があってぇ、エモい最強ダンジョンで魔物も人間も喰いまくりぃ! と思って取り付いたら――――それが世界樹でぇ、逆にあーしの生命力を吸い取られて強制共依存みたいな」


「なるほどな。世界樹は本来、もっと早くに枯れるはずだったが、無知なダンジョンを逆に利用し生き残っていたのか。世界樹には意思があるのか?」



 私が疑問を口に出すと、メイズがしかめっ面をした。



「全部クソ亀男女のせいだし」


「クソ亀男女?」


「世界樹のかんなぎのこと。中身は腹黒自己中野郎でーす」


「どこにいるんだ?」


「ここだよーん」



 メイズが白い壁を押すと、自動ドアのように壁が開いて部屋が現れる。


 私がそこに入ると、まるで近未来の研究所のような機械装置が並んでいた。



「な、なんでありんすか、ここは……」



 ツバキも驚いているところを見ると、これは一般的な設備ではないらしい。


 奥に進むと十代前半に見える白髪の少女が透明なポッドに入っている。いわゆる聖職者を連想させるような白い服を着ていて、周りの機械とも合わさりアンバランスな雰囲気だ。



「よくぞ、参られました。自由と繁栄の神の勇者。さすがの手腕と言わざるを得ないでしょう。褒めて遣わします」



 目を瞑り、口を動かしていないのに周囲のスピーカーを通じて白髪の少女の声が響く。



「大精霊の後継者よ。本来の運命から外れながらも、よくぞここまで来てくださいました」


「もしかして、ボクのこと……ですか?」



 シロタはおずおずと答えた。



「もちろんでございます。前任の大精霊が殺され、予定よりも早くあなたは生まれてしまった。力が足りずに苦労をされたでしょう」


「つまりボクは虐めてきた精霊たちよりも上位の存在……」


「あなた様の使命は世界樹のために生きることですよ。魔素の源泉を汲み上げることはできませんが、精霊たちを呼び世界樹の糧にすることはできます。大精霊の命令は絶対ですから」


「はは! 復讐してやるぞ。ボクを見下してきたすべてに」



 シロタが目を血走らせて言った。


 白髪の少女が言っていることはつまり、自分では苦労せずにシロタを使って精霊を集め、その命で世界樹を生き長らえさせるということだ。



「調子に乗るな。お前は私の物だろう」



 私はシロタの目を覚ませるように壁に叩きつけた。



「痛てぇ。……あれ、ご主人様?」



 キョトンとするシロタを見て、私は溜息を吐く。



「お前、何様だ? 私の領地で勝手するなら許さない」



 私は白髪の少女を睨みつけた。


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