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41話 初心者商人とロベリア王国の刺客



 キンッと剣が打ち合う音が夜の街に響く。


 私はスキル<剣聖>と魔物と戦ってきた経験から、戦闘はかなりの腕だと自負している。しかし、刺客との打ち合いは互角だ。



 ……何かしらの戦闘スキル、もしくは私と比べ物にならないぐらいの経験値があるのか?



 スキル<鑑定>を使おうにも、刺客は隙を見せずに絶えず攻撃を仕掛けてくる。



「……その年齢、しかも人族の女でその技術と精神力。ただのAランク冒険者ではない。周辺国にも情報がない……黒髪。お前、ロベリア王国から逃亡した異世界人か?」


「私の瞳の色は青なんだけど?」


「別におかしいこともない。異世界人が必ずしも黒髪黒目ではないことは、他の異世界人を見れば分かる」



 確かに、金髪とか赤髪とか高校生たちは校則違反かってぐらい珍しかったな。



「私は異世界人じゃないよ。森に住む変わり者の武芸者に育てられたのさ」



 適当なことを言ってみるが、刺客は特に驚いた様子もない。



「まあいい。異世界人を殺すことは、俺の任務じゃない・・・・・・・・


「へえ、見逃してくれるの?」


「誰であろうと殺すという意味だ」



 刺客がナイフをこちらへ投擲してきたので、私は移動して避けようとする。


 しかし、足が動かない。


 すばやく視線を向ければ足に黒紫色の鎖が絡みついていた。この技は以前荒野で倒した奴らから奪った<闇魔法>のスキルの記憶で知っていた。


 だが、闇魔法を使う際は必ず詠唱が必要だったはずだ。



「クソがッ」



 私は上半身を逸らしてナイフを避けようとするが間に合わず、足に思いっきり刺さってしまった。


 痛みが全身に奔るが、すぐにスキル<痛覚遮断>を使って負担を軽減する。



「……トロールすら一発で殺す猛毒が効かないだと?」



 持ってて良かったスキル<毒魔法>!


 私は闇魔法の拘束から逃れるためにスキル<転移>を使おうとするが……発動しない。


 代わりにスキル<サンドアーム>を使って足を拘束する闇魔法の鎖に触れると、パラパラと砂化して崩れていった。



 ……どうやら鎖が巻かれた部分だけスキルが発動しなかったようだな。この魔法の効果は身体拘束だけじゃなくて、スキルも限定的に拘束するものだったのか。



 <転移>は足も対象だったので発動せず、<サンドアーム>は手だけを使うスキルだから発動した。


 闇魔法の拘束から逃れたからか、自動で発動するスキル<超再生>が正常に起動し、足の傷口をゆっくりと塞いでいく。



「……勇者よりも強い、異世界人? いや、もしかすると――――この女こそ別の勇者なのか?」




 勘のいい刺客に私は奥歯を噛む。




「あんたはここで絶対に倒さないとね。情報を持ち帰られたら困るし」


「……勇者は殺す。ご主人様の望みの邪魔になるかもしれない」


「異世界人は良くて、勇者は殺すんだ。ロベリア王国の王族ならどっちも抹殺対象でしょ。あんたのご主人様って本当は誰なの?」



 私が疑問に思ったことを口に出すと、刺客の殺気が膨らんだ。



「……厄介な女だ。ここで殺す」


「いい女の間違いでしょ」



 刺客の動きは早い。目で追っているうちに、また足に闇魔法の鎖が巻き付いた。


 今度は毒ではなく、私の命を確実に刈り取るように刺客は剣を振りかぶった。



 ガキンッと私の首に剣が当たるが皮膚に刃は通らない。


 先ほどナイフで負傷するところを見せてからのスキル<防護皮>による防御だ。


 ヘルスコーピオンと戦ったから<防護皮>で剣ぐらいなら弾くと分かっていたが、ぶっつけ本番で緊張した。


 しかも、血は出ていないが剣が当たったところがジンジンと熱を持っているし、骨に響く衝撃があった。



「なにッ」



 刺客の意表を突くたった一度の隙。驚きで目を見開き、体勢を崩した刺客に私は剣を突き立てる。


 刺客は剣を避けたが地面に転がった。



「『ダークバインド』」



 攻撃の予測される可能性がある四属性魔法ではなく、あえて私が持っているとは思わないであろう別の刺客から奪った闇魔法を唱える。


 すると、闇魔法の鎖が刺客の下半身に巻き付いた。



「終わりだよ」



 何かをされる前に刺客の両腕を切り落とすと、私の足を覆っていた闇魔法の鎖が解ける。




「…………死んでるのか?」



 反撃がこないと訝しんでいると、刺客が事切れていることに気づく。


 両腕を切り落とした時、悲鳴すら上げなかったヤツがショックで死ぬわけがない。


 彼の口元を見れば、血と黒色の液体が混じったものが垂れていた。



「また毒で自決か。どいつもこいつも、そんな1円の得にならないことをするなら逃げればいいのに」



 戦いの衝撃で刺客の付けていたネックレスのロケットが開いていた。血をふき取ると、そこには満面の笑みを浮かべる女の子が映っている。



「これがあなたの守りたかった――――いや、守ったものなんだろうね」



 刺客の口元を覆っていたマスクを取れば、彼が満ち足りた表情で死んでいるのが分かった。



「私に勝とうが負けようが、利益は確保していたということか」



 刺客がどんな人生を送って、何を守りたかったのか。そんなことに興味はない。


 ぽつりぽつりと雨が降ってきたので、私はロケットを刺客の手に握らせて、彼の目を閉じた。





 後日、ティアラと指輪を落札したミレール商会の女傑が衰弱死した。


 彼女の所有する自宅を含めた建物、土地はすべて売却されており、銀行からは多額の融資を受けていた。


 しかし、ミレール商会の女傑の所持金は1ルネロもなく、金目の物は何一つ所持していなかった。


 彼女の資産と、落札したティアラと指輪はいったいどこにいったのか。 


 それは分からないが漠然と、刺客の『ご主人様』とやらが関わっているのだと私は思った。






    ☆




 オークションは大盛況に終わり、私はその3週間後に帝都の城にいた。


 黒と青を基調とした豪奢な軍服を身に纏い、髪を結い上げ、気合の入った面持ちで謁見の間の中央に敷いてある真っ赤な絨毯の上を歩く。


 そして、金髪赤目の美丈夫である皇帝の前に跪くと、周りにいた文官が私の魔力抑制剤開発の功績を読み上げる。




「リリナ・ハーチス。貴公の功績を称え、アシュガ帝国子爵位を授ける。引き続き、我が帝国のために尽力したまえ」



 皇帝が私に臣下の証である宝剣を渡した。



「謹んでお受けいたします」



 私は宝剣を恭しい態度で受け取る。



 

 これでもっとお金儲けができるな!



 未来は明るいと私は内心でほくそ笑んだ。




ロベリア王国の閑話を挟んで第2章終了です。

第3章は新興貴族編になります。引き続きよろしくお願いします。



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