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閑話 浅葱美桜の失恋と不安 / エリーゼ姫の野望

 エリーゼ姫が世界を救うために、ロベリア王国が召喚したのは日本の片田舎にいた4人の高校生とたまたま近くにいたOLがひとりだ。


 OLの蜂須はちす莉々菜りりなは、持ち前の危機意識で早々に離脱したが、ロベリア王国ではまだ4人の高校生が残っている。



 戦闘スキルに特化したエリーゼ姫に選ばれた勇者、鯨岡くじらおか星斗せいと。日本では運動部の助っ人を頼まれるほどの運動神経を持ち、困っている人がいたら放っておけない男の子だった。



 他の3人は勇者召喚に巻き込まれた少年少女たちだ。



 火・水・風・土の基本の四属性を持つ魔法使い前橋まえばし蒼真そうま。眼鏡で学年主席とインテリ感満載の男の子であり、星斗とは親友だ。


 

 蝶野坂ちょうのざか茉莉まつりは、背が低くふわふわな髪と可愛らしい顔立ちで誰にでも優しい、クラスで一番モテる女の子だ。回復魔法のスキルを持ち、ロベリア王国に来てからは積極的に怪我をしている人をスキルで癒していた。



 最後に金髪で華奢な体格の浅葱あさぎ美桜みおは、見た目は気が強そうな美少女ギャルだが、性格は控えめで怖がりだった。家が隣同士の蒼真とは幼馴染で、星斗は中学からの友達、茉莉は高校からの友達だった。



 そんな4人は同じ高校の3年生で同じクラスだった。



 周囲が羨むほど4人は仲良しだった。けれど、ロベリア王国に来てから少しずつその関係性は変化している。




 勇者一行の歓迎会がロベリア王国で開かれている。


 貴族に囲まれ、隣にいるエリーゼ姫に愛しい視線を向ける鯨岡星斗を見て、浅葱美桜は溜息を吐く。


 美桜にとって星斗はただの友達ではなく、片思いの相手だった。


 長く一緒にいても恋愛対象に見られないことから、成就する恋ではないと薄々感じていた。


 けれど、勇者召喚されて初めて出会ったエリーゼ姫に星斗が一目惚れする様を見てしまい、心中は複雑だった。



「……失恋、しちゃったな」



 初めて出会った中学生の時、星斗に「綺麗な瞳じゃん」と言われて私はすぐに恋に落ちた。


 とても嬉しかったし、心が救われた。だからこそ、星斗に好きな人ができたのなら応援しようと思っていたのだ。


 けれど、美桜にとってエリーゼ姫を含めたロベリア王国の人たちは、ただの誘拐犯だった。


 突然、希望もしていない異世界に星斗のついでに召喚され、魔王と戦うことを強要される。そんな状況なのに、美桜以外の3人は魔王との戦いに乗り気だった。


 幼馴染と友達がいるはずなのに、どこか孤独を感じる日々だ。



「あのお姉さん、無事かな」



 美桜が最近思い出すのは、勇者召喚に巻き込まれた莉々菜のことだった。


 状況把握が出来ずにパニックを起こしていた美桜と違い、莉々菜はすぐにロベリアの王宮から逃げ出した。


 移動速度上昇系か身体強化系のスキルを持っていると思われ、即日指名手配となった。


 美桜たちも莉々菜のことを知っているかと、ロベリア王国の偉い人に問いかけられた。他の3人は偶然居合わせただけの莉々菜を知らなかったが、美桜は少しだけ知っている。


 日直の時にだけバスの時間が合う、日本では珍しい黒髪青目のスタイルのいい美人。常に堂々としていて、仕事で電話をする姿は理知的だった。



(あたしもあんな女性になりたい)



 心からそう思っていたので、美桜はロベリア王国の人間には莉々菜の情報を教えなかった。むしろ、彼女が一般的な日本人の特徴である黒髪黒目だと誘導したのだ。



「ミオ殿。少しよろしいですか?」


「な、なんでしょう」



 派手な歓迎会に馴染めず、美桜は壁の花になっている。そこに声をかけてきたのは、豪奢な衣服を纏った壮年の貴族男性だった。



「手を割れたガラスで切ってしまって……恐れながら、回復魔法で癒して貰えますか?」



 貴族男性の手には5センチほどの切り傷があり、ダラダラと血を流している。それなのに、彼はなぜか微笑んでいた。



(もしかしてわざと怪我をしたの? だけど、こんな大勢の前で回復魔法を拒否することはできないし……)



 美桜が回復魔法の使い手であることは、すでに貴族全員に周知されている。



「わ、分かりました。『ヒール』」



 手から淡い光が放たれ、身体から魔力が抜ける不思議な感覚がするが、いくら力を注いでも貴族男性の手の出血が一時的に止まるだけで、傷の修復がされない。



(ど、どうしよう)



 焦る美桜だったが、やがて魔力が付きて光が消える。



「これはどういうことなのでしょう。勇者の御付きがこんな怪我すら治せないなんて。我が国の神官の方が優秀だ」


「ごめん、なさい」



 美桜は泣きそうだった。


 異世界に来てからというもの、幼馴染と友達が才能スキルを開花させていく中、一人だけ取り残されている。



「どうしたの美桜!」



 現れたのは、友達の蝶野坂茉莉だった。


 彼女は貴族男性の手を見ると、慌てて駆け寄る。



「大丈夫ですか? すぐに治療しますね。『ヒール』」



 茉莉の手から美桜よりも強い光が出ると、貴族男性の手はあっという間に治癒される。


 それもそのはずだ。


 茉莉の回復魔法のスキルレベルはAランク。美桜は最下層のGランクなのだ。



「ありがとうございます、マツリ殿」


「いえいえ。気を付けてくださいね?」


「よろしければ、あちらでお話でもどうですか?」


「ごめんなさい。クレイトス王子に呼ばれていて」



 茉莉が断ると、貴族男性は残念そうにこの場を離れて言った。……美桜に一瞥すらせず。



「まったく。最初から、わたしたちと関わりを持ちたくてわざとあんな怪我をしたんだわ」


「……そうだね」



 ぷりぷりと怒る茉莉に美桜は愛想笑いを浮かべる。



「そうだ、美桜。これからクレイトス王子のところに行くんだけど、一緒にどう?」


「ごめん。体調が悪くて……」


「確かに美桜の瞳が充血しているね」


「そういうことだから」



 美桜は逃げるように歓迎会の会場から出ていき、与えられた自室に閉じこもる。


 大きさだけはあるベッドでブランケットに包まりながら、ステータス画面を開いた。




*********




名前: 浅葱 美桜


性別:女


年齢:18歳


種族:異世界人


レベル:1

HP:100/100

MP:65/65


筋力:7

攻撃:7

防御:12

知力:10

素早さ:6

幸運:5



ユニークスキル

回復魔法G


ノーマルスキル

巫女G



<巫女>

祈りの術が使える。




*********



「弱いし、スキル<巫女>の祈りの術って何? そんなの全然使えないし……」



 回復魔法を使える茉莉とは、否が応でも比較される。


 なのでスキル<巫女>を鍛えようと色々と試してみたが、発動すらしなかった。同じスキルを持った人に教えを乞うたのに。


 おそらくだが、美桜の家が神社だからお情けで表示されているスキルなのだろう。



「パパ……ママ……帰りたいよ」



 美桜の頬に自然と涙が零れた。


 現実に押しつぶされそうになっていると、部屋の扉がノックされる。


 恐る恐る開けてみれば、そこには幼馴染の前橋蒼真がいた。



「蝶野坂から変な貴族に絡まれたって聞いたぞ。美桜、大丈夫か? もしかして、泣いていたのか」


「ううん! ちょっと、体調が悪くなったから休んでいるだけ」



 美桜は無理に笑うが、蒼真は彼女の頬にある涙の後を見逃さなかった。



「……俺が美桜のことを守るから。安心してくれ」


「あ、ありがとう」



 手を握って、蒼真が美桜を慰めた。


 けれど美桜はなぜか漠然とした不安を感じるのであった。





     ☆





「セイト様。少し風にあたって来ますわね」


「わかったぜ、エリーゼ!」



 粗方、貴族との挨拶を終えると、エリーゼ姫はテラスへと向かった。


 優雅にシャンパンを一口飲むと、闇に紛れている従者に向かい話しかける。



「それで、指名手配犯は見つかりましたの?」


「……まだです、殿下」


「さすが勇者召喚に巻き込まれただけあって優秀なのですね。それともお前たちの努力が足りないのかしら。引き続き捜索を続けて」


「かしこまりました」



 正体不明のOLも気になるが、エリーゼ姫を不安にさせているのは別件だった。



「それで神々を動かしたのは、どこの勇者ですの」



 先日、突如全世界の人々に数百年ぶりの福音が響いた。


 勇者の要望により、ステータス画面に金銭の項目が増えた。


 それ自体は便利になった、あるいは金を隠したい人は面倒ごとが増えたといった感じに、歴史的だが世界を揺るがすほどの出来事ではない。



 けれど、エリーゼ姫は腸が煮えくり返る思いだった。


 

(神々の寵愛は、わたくしだけのものなのに!)



 今までエリーゼ姫は、自分は姫を冠するスキルを持つ唯一の存在だと思っていた。


 それもそのはず。王族の血を持つ女児はすべて生まれてすぐに姫を冠するスキルがないか<鑑定>が行われ、その後も定期的に死ぬまでスキルが発現していないかチェックされるのだ。


 どの国でも<鑑定>は厳重に行われており、少数種族の姫であったとしても姫を冠するスキルが発現すれば、すぐに全世界へと噂が伝播する。


 なのに、エリーゼ姫が選んだ星斗ではなく、別の勇者が神々を動かした。


 ということは、エリーゼ姫と同等の尊き存在がいたということだ。


 自分こそがこの世界の人々の頂点だと思っているエリーゼ姫は我慢ならなかった。



「……姫も勇者も見つけ次第殺しなさい。この世界の姫は、わたくしだけでいいの」


「御意」



 従者の気配が消えると、エリーゼ姫はテラスからシャンパンの入ったグラスを捨てる。



「腑抜けた魔王だけでも大変なのに、未知の姫と勇者ね。久しぶりの逆境なのかしら」



 エリーゼ姫は無表情で呟くが、次の瞬間には姫らしく柔和な微笑みを浮かべていた。



「いつだって勝つのは、戦と遊戯の神に選ばれたわたくしよ」


 

 エリーゼ姫がこの世で一番愛しているのは自分だった。


 わざわざ異世界から召喚した勇者の星斗も愛しているが、それはペットに向ける感情に似ている。



「わたくしの勇者で、わたしくしが世界を救ってみせるわ。それが姫の役目ですもの」



 エリーゼ姫の自信は揺るがない。


 彼女は今まで何度も勝ち続けてきたのだから――――




 



ロベリア王国逃亡編はこれで最後。

次回からは、アシュガ帝国に入り冒険者・商人編となります。

やっと主人公に拠点ができて商売ができる!


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作者のモチベーションが上がります!


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